第26話天才

 小生が突然の事実発覚に目を白黒させていると、壇上の女と目が合った。




 途端に――金髪の妖婦が妖しく笑った。




「おやおや、今年の入学生の中には随分珍しい国からの入学生もいるようだな。この学園も随分国際色が豊かになりつつあることを嬉しく思う。だがこの学園で重要なのは肌の色でも髪の色でもない、剣を振るう腕そのものだ――そうだよなぁ?」



 

 瞬間、妖婦は明らかに小生を見つめ、そして実に蠱惑的に片目を閉じて見せた。


 途端に、小生の全身に嫌な悪寒が走り、小生はオエッと短くえづいた。




「まぁ、挨拶はこの辺にして――君たちによく言っておく。君たちはいずれ、戦場に斃れ、そこで死ぬ存在だ」




 その言葉に、学生たちの表情が強張った。


 それを意地悪く楽しそうに見つめ、妖婦は続けた。




「だってそのために君たちはここへ来たのだろう? 剣の目的は人を殺傷することであり、他人を殺傷するということは、当然己がそうなる可能性もあるということ。遅いか早いか――それだけだ。だがそうなる時期を先延ばしにすることは出来る。己の腕を磨き、己を殺さんとする人間を斬り伏せることでな」




 随分物々しい言い草には違いなかったが、あの女ならそれぐらいのことは言う。これでもまだ加減して口にしている方なのだという確信があった。


 小生がやれやれと見つめると、妖婦マティルダは薄笑みを浮かべた。




「何、そこまで構えることはない。要するに君たちがこれから学ぶことは人殺しの技術だということさえ忘れなければいい。君たちは正義の意思も悪の意思も込めて振るうことが出来る。だが所詮、どんな意思を込めて振るったところでそれで出来るのは人殺しのみ――そういうことだ」




 妖婦の言葉に力が篭った。


 あの女が【剣聖】なのであれば――その言葉は明らかに経験の話だったはずで、事実、それを聞いた学生たちの表情にも一層の緊張が走る。




「私がこの学園で徹底したいことはただひとつ。いたずらに剣を振るうな、ということだ。君たちが今もその腰に帯びている剣、この学園の敷地内でそれを鞘から抜くときには、常に人を殺す覚悟で抜け。遊びや脅しで剣を振るう奴はこの学園にはいらん。反対に――明確に人を殺す意志を持って剣を振るい、なおかつそれを達成してしまった場合には――この私が如何なる超法規的措置を持ってしてもその行為を不問としよう」




 その言葉に、学生たちからどよめきの声が上がった。


 つまりこの【剣聖】、学園長は、学園内での殺しを許可する、ということか。


 何かしらの脅迫とも、逆に強烈な軛をかけたとも思えるその一言に怯え、慄く学生たちをもう一度見回して――妖婦は妖しく笑った。




「さて、あまり血腥いのももういいな。私からの餞、祝辞は以上だ。善い学生生活を、諸君」




 そう言って、妖婦は手のひらを口に当て、チュッと音を立てて片目を閉じた。


 投げ接吻――あの妖婦の得意技である。


 小生は再び顔をしかめた。




「えー、次に、新入生答辞に移ります。新入生代表、アルビオン王国出身、アイズ・ブラッドレイ」




 その声に返答し立ち上がった新入生に一斉に衆目が集まる。


 瞬間、ほう、と小生は嘆息した。




「これはこれは――なんと面妖な……」

「何よクヨウ、何を感動してんのよ」



 

 思わずの小生の呟きに、エステラが小声でぼやいた。




「あの子、世界最強の国家であるアルビオンの公爵家令嬢らしいわよ。つまり王族よ、王族」

「む――王族、とな。それはまたなんと高貴な……」

「それだけじゃないわ。あの子、この学園の入学試験を史上最高得点で通過したらしいわ。見て、あの立ち居振る舞い――まさに天才って奴らしいわね」

「天才……」

「天は二物を与えず、って嘘よね。あの子を見て。その魔術や剣の才能だけじゃない、あの金髪の綺麗なこと――」




 ほう、と、あまりの艶やかさに感嘆するように、エステラがため息を吐く。


 確かに、今まさに壇上の妖婦に向かって歩いていくらしい少女の気配の鋭さは、明らかに同年代の女子のそれではない。


 いついかなる時も、何ならば今この瞬間に抜き打ちで首を狙われても、髪の毛一本散らすことも出来そうにないと思わせる、一切の隙のない雰囲気がある。


 それにしても――王族ともあろうお方が、随分物々しい殺気を持つものだ。他の学生にはわからないらしいが、あの少女が椅子を鳴らして立った瞬間、まるでこの大講堂が鮮血で満たされたかのような、腥い臭いが隅々まで満ち満ちたのを小生は感じた。




 この臭い――どう考えても、人を斬ったものだけが持ち得る殺気だ。


 それも一人や二人ではない、十人、いや、或いはそれ以上の人間を……。




 いや――そんなことはどうでもよい。それ以上に。


 それ以上に、これは、これは一体――?




「ふむ。アルビオンの王族、天才……か」

「え?」

「まぁ、格別の才があるのは事実かもしれぬが……あれはどう考えても普通ではないな。もっと別の何ものか、であろうな……」

「それってどういう意味よ? まさかあの子が人間じゃないとでも言うの?」

「まぁ、それについては後でわかろう。これはますます手合わせが楽しみになってきたぞ……」

「て、手合わせ、って……あなたでも敵いっこないでしょ。史上最高得点で入学した天才よ? それもあの子の実技試験に関しては教授陣すら手を焼いたとか……」

「いや、あれでは単に手を焼かせたどころではなかろう。あの御仁が加減しておったのだろうよ」

「は――?」




 小生の確信的な言葉に、エステラが眉間に皺を寄せた。

 

 小生がそれ以上答えずに薄笑いを浮かべた、その時だった。




《クヨウ・ハチスカ君。学園長閣下より内密のお話しがあります。入学式典を中座し、可及的速やかに学園長執務室へ出頭しなさい》




 ピリッ、と、こめかみを錐で一突きしたような衝撃とともに、小生の頭の中にそんな文言が流れた。


 この声、この余計な装飾のない簡潔な物言いは――。


 小生は思わず虚空を仰いだ。




「うげっ、こ、これは……!」

「どうしたのクヨウ? お腹でも痛いの?」

「あっ、ああ……小生は少し腹の調子が悪い。少しお花を摘みに行ってくる」

「あ、ああ、そうなの? なるべく早く戻って来なさいよ」

「それが、なかなか長期戦になりそうだ。エステラ、後の小生のことは気にするな」




 小生はそれだけ言い残し、こそこそと大講堂を抜け出した。





「面白かった」

「続きが気になる」

「いや面白いと思うよコレ」


そう思っていただけましたら、

何卒下の方の『★』でご供養ください。


よろしくお願いいたします。



【VS】

もしよければこちらの連載作品もよろしく。ラブコメです。


『魔族に優しいギャル聖女 ~聖女として異世界召喚された白ギャルJK、ちょっと魔王である俺にも優しすぎると思うんです~』

https://kakuyomu.jp/works/16818093073583844433

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