第25話三百年の太平

 アーサソール魔剣士学園――それが小生が入学する学び舎の名前である。



 一応、入学前に最低限の知識は確保していたはずだが、基本的にこの学園に入学が許可されるのはヨーロッパ世界の列強国の子女子息ばかりで、小生のような東洋人には門戸が開かれていない。


 とにかく、それなり以上の身分である列強の貴公子たちが集まる剣術学校――その程度の予備知識しか持ち合わせていない小生とは違い、エステラは流石にこの学園のことを事前に調べ尽くしているようだった。



「アーサソール、という名前はあなたには馴染みが薄いでしょう? アーサソールとは私たちの世界では有名な神話に登場する神様の名前よ。裁きの神・トール――その別名がアーサソール。私たちの世界では正義と力を象徴する神様ね」




 入学式典の席で、小生の隣に座ったエステラは得意顔で説明する。




「この学園にその名前が使われているのは、アーサソールが私たち魔剣士の理念を体現しているから。魔剣士は決して自分の私利私欲のためには剣を振るわない。常に国家の正義のために剣を振るう……その理念によって設立されたのがこの学園よ」

「ほーん、そうなのであるな。小生はもっとこぢんまりとした剣術道場のようなものを考えておったのだが……」

「そんなわけがないじゃない。いい? 健全な精神は健全な肉体にこそ宿る。私たちはこれから三年間、この学園で魔剣士としての技術、そして何よりも、その生き方、精神性を学ぶわけ」




 エステラはこう見えてなかなか話し好きであるらしかった。


 ほとんどの学生が鯱張り、無言で着席しているのに、エステラは饒舌に講釈を続ける。




「なにせエーテルの発見による魔術理論と、それによって誕生した魔剣士の技術はまだ歴史が浅い技術だからね。この学園はそのエーテル魔術のより優れた活用方法、そして魔剣士技術の発展を研究する研究機関としての側面もあるの。私たちは学生であるのと同時に研究者でもある。滾るわね――つまり私たちがこれからの人類史の発展に貢献していくってことでもあって――」

「まぁ、それがこの学園の建前のひとつなのも――残念ながら事実なのであろうな」




 小生が言うと、エステラが口を閉じた。


 小生は周りに居並んだ学生たちの顔を見つめた。


 小生と目が合うと、露骨な嫌悪感を顕して顔を背ける生徒もひとりやふたりではない。


 いや、小生の視線に、だけではない。どの生徒も、顔には陰険な感情が滲み出ていて、まるで噛み付く寸前の野良犬のようであった。




「どれもこれも、同窓に向ける視線とは思えぬ。如何に周囲を出し抜いて上に上がるか、そればかり考えているのが丸分かりである。嫌な雰囲気であるな――」




 小生がため息をつくと、エステラが声を潜めた。




「――そりゃそうでしょ、ここにいる生徒たちは列強国の上流階級の子ばかりだし。お互いに仲がいいってことはないでしょ」

「それにしてもこれからは同窓になるのであろう。朋輩とまではゆかずとも、もう少し仲間意識というものがあってもいいように思うが」

「お互いに戦争中、もしくはかつて戦争した、いつか戦争になる国同士の国民が仲良く出来るはずないじゃない。それにいずれ私たちは魔剣士になって軍人になる。戦場で出会ったときに情が湧いたら戦えないわよ」

「そんな仲の悪い子弟たちをここに集めているということは、やはり我々は人質、ということなのであろうな――」




 小生が言うと、エステラは露骨に苦い顔をした。




「……あなたこそ、皮肉なこと言うじゃないの。それはその通りだけどさ」

「成る程よくわかり申した。ここは欧米列強の貴族子弟を人質として一括に管理し、無用な争いを少しでも食い止めるための江戸上屋敷のようなものか」

「その上屋敷ってのはわからないけど、あなたの国にもそんなシステムがあるわけ? 随分合理的な支配体制じゃないの」

「ああ、かつてはあった。あったからこそ平和であったのかも知れぬ。何しろ、我が祖国は三百年近くも戦のない世の中であったからな……」

「さ――三百年!? ウソでしょ!?」




 エステラが素っ頓狂な声を上げて立ち上がり、周囲がざわついた。


 小生も少々驚きながらエステラを見た。




「さっ――三百年も戦争のない国なんて有り得ないでしょ! 百年、いや、十年でも有り得ない! あなたの国ってそんなに平和ボケしてる国なの!? どういう国なのよ!?」

「そ、それほど驚かれるのも逆に驚きなのであるがな……。逆に問うが、欧州とはそれほどまでに争いの絶えない地域なのか?」

「え――? そ、そりゃそうよ。国家なんて結局、戦争をするためのシステムじゃない。それぞれの国ごとに争いあって憎み合うなんて当たり前のこと……」

「そうなのであろうかな……我が国にはついこの間まで三百を超える諸侯がいたが、最後に主君を守らんと争ったその時を除いて、お互いに憎しみ合ったりなどせず、まして戦などしなかったが」




 エステラが意表を突かれたような表情で言葉を飲み込む。


 小生は更に言った。




「誰か飽きて争うのをやめようと言い出す者とか、平和を実現しようと立ち上がる者が、欧州にはおらなんだのか? 我が国にはいたぞ。今日、神君として崇められる偉大なる武士だ。その神君が戦国の世を終わらせ、三百年にも渡る太平の世を築いた。平和に浄められた戦なき世界――神君御自らがそう願ったのだ。だからそれこそが全ての武士の理想なのである。西欧の騎士はそうではないのか?」




 エステラだけでなく、周囲で小生の言葉を聞いていた学生たちも、なんだか一瞬、己を恥じたように見えたのは、小生の気の所為だったのか。


 数秒後、エステラが己に集中した周囲の視線に気づき、きまり悪そうな表情で着席した。




「……信じられない、大八洲ってそんな国なの? そんな平和ボケした国がどうやってシン国なんかと戦って勝てたのよ……?」

「勝負には時の運、ということもある。それにシン国の方も色々と腐敗やら制度疲労やらあったようであるからな。全てが実力差、ということもござるまい」

「それにしたって、でしょ……国力なんか欧州の国とも比べ物にならないぐらいだったはずなのに。サムライってのは余程イカれた戦闘民族らしいわね……」

「こらそこ、口を閉じろ。入学式典が始まるぞ」




 教授の服装をした人物に注意され、エステラが口を閉じた。


 途端に落ちてきた静寂の中、登壇した人の姿を見て――小生は一瞬、目を疑った。



 

 あの美しい金色の髪、そして毒婦のそれのような真っ赤な口紅は――。


 小生は有り得ない事態にぎょっと目を瞠った。




「あ、あの女――!?」

「え、何、どうしたのクヨウ?」

「な、何故にあの女がこの学園におる!? あ、あ、有り得ぬ、一体これはどういう――!?」

「こら、そこの学生! 口を閉じろと言っただろう!!」




 再びの叱責の声を受けて、小生ははっと口を閉じた。


 と、同時に、登壇した美しい金髪の女が周囲を眺め渡し、朗々とした声で言った。




「やぁ諸君、はじめまして。私は今年からこのアーサソール魔剣士学園の名誉学園長を務める女、【剣聖】の第ニ席、【裂空】のマティルダこと――マティルダ・スチュアートだ。以後お見知りおきを」






「面白かった」

「続きが気になる」

「いや面白いと思うよコレ」


そう思っていただけましたら、

何卒下の方の『★』でご供養ください。


よろしくお願いいたします。



【VS】

もしよければこちらの連載作品もよろしく。ラブコメです。


『魔族に優しいギャル聖女 ~聖女として異世界召喚された白ギャルJK、ちょっと魔王である俺にも優しすぎると思うんです~』

https://kakuyomu.jp/works/16818093073583844433

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