第24話人喰い枕

「待ってください、師よ――!」




 小生が克と目を見開いた瞬間、まずめに飛び込んできたのは――やはり暗闇だった。


 これはどうしたことだろう。小生は寝ぼけて枕にでも顔を突っ込んで寝ているのだろうか。


 しかも今顔を突っ込んでいる物体は枕と違って温かいし、枕以上に柔らかいし、それになんだかいい匂いがする気がする。




 あれ!? なんだこれは!?


 小生が思わず自分の顔の周りをぺたぺたと触ると――あろうことか枕が口を利いた。




「んむっ……くすぐった……」




 何ィ!? 西洋の枕は人の言葉を喋るのか!? 


 おのれ面妖なる人喰い枕め、喰われてたまるか――!




 小生が思わずいきり立ち、枕元にある刀を探して視線だけで周囲を見渡したその途端。


 なんだか物凄く見覚えのある人物の顔が飛び込んできて、小生は絶句した。




 その人物は、どうやら寝床に横になっている小生を抱き枕にしているらしい。




 しばらく、くっちゃくっちゃと口を動かし、薄目を開けたエステラ・マリナウスカイテは――抱きしめられ、その豊満な胸に顔を埋めたまま硬直している小生を見て、ふっと微笑んだ。




「あら、早いじゃない。――おはよう、クヨウ」




 叫、と小生は遠慮なく悲鳴を上げて寝台から転げ落ちた。


 あわ、あわわ……! と震える小生を見て、エステラは不思議そうな顔をする。




「どうしたのクヨウ? 朝からやたらと元気じゃない」

「んな、なななな……! なんでエステラがここにおる!? しかも寝間着で!! ここは小生の部屋ではないか!! そ、それどころか男子寮……!」

「あら、畏くもカウナシアの第二王女に添い寝してもらった感想がそれ? 大八洲の人間って本当にユーモアがないのね」

「ユーモアもへったくれもあるか! そもそもこの状況、洒落にも冗談にもならぬではないか!!」

「あら、これが冗談や戯れだと思ってるの?」




 ふふん、と、この状況なのにエステラは得意げに鼻を鳴らした。


 いつものゴワゴワした生地の制服姿ではなく、薄い生地で出来た寝巻き姿のエステラは、本人の肉付きの良さが全く隠れていない上、寝乱れ姿がハッキリ言って物凄く目の毒だった。


 思わず小生が唸り声を上げて目を背けると、エステラの声が聞こえた。




「クヨウ、聞いたわよ。あなたってルームメイトがいないのよね?」

「る、ルームメイト……!? よ、要するに同室の生徒、ということか?」

「そうそう」

「あ、ああ、一人だ。なんだか寮の管理者は特別待遇だとか何とか言っておったが……」

「そう。やっぱり一人は寂しいでしょ?」

「え?」

「寂しいでしょ?」

「は、はぁ……!?」

「だから、今日から私があなたのルームメイト、ね?」




 は――!? と小生は再び言葉を失った。




「あなた、東洋の辺境国からやってきたばかりで色々とこっちの作法や生活には慣れてないでしょ? せっかく友達になったんだもの、これは私がつきっきりであなたの西洋での生活をマネジメントしてあげようという太っ腹な行動なのだけれど、迷惑ではないわよね?」




 なんだか物凄く早口でエステラはそう言った。

 

 小生はと言うと――その申し出に、素っ頓狂な声を上げて驚いてしまった。




「んな――! 何を申すエステラ!? だいたい男子寮だぞ!? なんで女子が生活していい道理があるのだ!?」

「そんなことは心配いらないわ。寮の監督官に少し贈り物をしたの。そしたらどうぞどうぞって凄く親切にしてくれたわ」

「んぐ――! エステラ、そちらの国ではこういうことは普通のことなのかも知れぬ! だが小生の国ではこれは普通のことではない! 男子が女子とひとつ屋根の下などという不埒な行いは武人として著しくふしだらな行い――!」

「あら、あなたはサムライなんでしょ? なら女子と一緒の部屋でも変な気は起こさないってことよね? なにしろサムライなんだから」




 その一言に、小生は思わず絶句してしまった。




「っていうか、ふしだらって何よ? ただ一緒の部屋で生活しようって言ってるだけなのにあなたは何を想像したの? ただの友達相手に」

「なな、ななななな……!」

「あなたさえしっかりしてれば何も問題ない話じゃない。いいわよね?」

「し、しかし――! あ、あの、エステラ、友達と言えども小生は男なのだぞ!? あなたは気持ち悪いとか怖いとか思わぬのか!? 思うであろう!? 四六時中風呂も便所も一緒などとは――!」

「そりゃ、ちょっとはね。でもあなたとだったら、それほど嫌じゃないというか……」




 瞬間、エステラの顔がほんのり紅潮し、もじっと身体を捩らせる。




「さっ、流石にお風呂とかは別々で入るけど、今みたいに一緒に寝るぐらいなら平気よ? なんてったって友達なんだし……それぐらいは戯れの範疇じゃないの」

「えっ、えぇ……!?」

「とっ、とにかく! この元カウナシア王家の王女である私が畏くもあなたの私生活をサポートしてあげようってことなの! 戸惑うより喜びなさいよ! 王女の献身よ! 有り難き幸せじゃない!」




 エステラが頑強に言い張ったのと同時に、廊下の奥からドヤドヤと大勢の屈強な体格の男たちがやってきた。


 男たちは手に手に様々な日用品や家具を抱えて、呆然としている小生を無視して部屋の中にどかどかと入り込んできた。




「王女殿下、この家具はどこに置けばいいんです?」

「ああ、ありがとう。それはそうね、そこのベッドの横でいいわ」

「殿下、この箪笥は? 下着とか入ってるから見られたらまずいんじゃねぇですかい?」

「それはそっちね。いいわよ見られたぐらいで減るもんじゃなし」

「ちょちょちょ、エステラ! 誰だこの人たちは!? 何をやっておる!?」

「ああ、この人たちはカウナシア王家に仕える人たちよ。王国がなくなったからって王室はまだそれなりに力を持ってるし。これは私が祖国から持ってきた家具。どれもこれも最高級品なのよ?」

「な、なんだか物凄くあっさりと侵略されておらんか!? っていうか小生の断りなしに家具を搬入するな! まだ小生は納得しておらんのだぞ!」

「ああ、うるさいわねぇ。とにかく、わかるでしょ! もう私は女子寮の部屋を引き払っちゃったの! あなたがなんて言ってもここに転がり込むから! あなたの同意や納得なんてそれほど重要じゃないの!」




 エステラは小生の顔を堂々と指さしながら強弁する。




「それにあなたみたいな人を放っておいたらいつどこで変な虫がつくかわからない! それならいっそのこと生活そのものを一緒にして生活を監視してしまおうっていう目論見なんじゃない! あなたがなんと思うかは二の次なの!」

「今の一言になんだか物凄く下心ある本心が混じった気がするぞ! 変な虫ってなんだ!? 小生は樹液ではない!!」

「うるさいわね、サムライでしょ! いつまでも細かいことに拘ってんじゃないわよ!」

「おい、うるせーぞ! 何時だと思ってんだ!!」




 言い合いの中に遂には隣室の学生の野太い声まで混じり、入学式当日の朝の学生寮は物凄い喧騒に包まれた。


 その後、小生は遂に根負けし――小生はエステラというルームメイトを獲得してしまう結果となったのである。






「面白かった」

「続きが気になる」

「いや面白いと思うよコレ」


そう思っていただけましたら、

何卒下の方の『★』でご供養ください。


よろしくお願いいたします。



【VS】

もしよければこちらの連載作品もよろしく。ラブコメです。


『魔族に優しいギャル聖女 ~聖女として異世界召喚された白ギャルJK、ちょっと魔王である俺にも優しすぎると思うんです~』

https://kakuyomu.jp/works/16818093073583844433

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