第11話特別親善試合④

 そう、「なまくら」――人を斬ることなど叶わない鈍刀。


 それがこの刀の名であり、この刀に込められた願い。


 小生はその事を念じながら、硬直しているイワンを見下ろした。




「ひ、ひぐ……! う……! や、やってみろよ。言っておくが俺は死んでも負けなんか認めねぇぞ! 黄色い猿相手に負けを認めるぐらいなら死んだほうがマシだ!!」




 勇気故ではない、つまらぬ虚勢故の一言とともに、冷や汗に濡れるイワンが喚いた。


 そんなことはわかりきっていることだ。この男は己の負けを認められるほど出来た人間ではない。


 ならば採るべき道はひとつ――圧倒的な暴力による脅迫だ。




「安心せよ、情けをかけてやると申したであろう。殺しも傷つけもせぬ。これより小生が斬るのは――貴公の心よ!!」




 瞬間、両手で構えた刀を引き、小生は全力の突きを放つ。


 ウッ、と悲鳴を上げて顔を背ける幾多の声の後――周囲が水を打ったように静まり返った。




 小生の刀の鋒が、イワンの灰色の瞳の左、その半寸前で止まっていた。


 殺気も憎悪も、何もかもが霧散した表情で呆けていたイワンが――数秒後に悲鳴を上げた。




「あ、あ……!? ひぃ――!?」

「こら、あまり動くな。手元が狂ったら一撃であの世行きぞ――」




 瞬間、小生は同じ動作を繰り返し、今度はイワンの右目、その半寸前で突きを止めた。


 今度はイワンも何が起こっているのか理解したらしく、情けない悲鳴を上げて尻餅をつく。


 この距離を寸止め、しかも複数回――剣士ならば、その力量がわからぬはずはない。




「これぐらいでへこたれるな。そら、どんどん行くぞ――」




 刀を構え直し、今度は左から振り抜いた刀の物打ちを、イワンの首筋寸前で止める。


 返す刀で今度は右からイワンの首筋、頸動脈寸前で止め、今度は大上段から――。




 ヒュンヒュン、と、小生が振るう【鈍】が風切り音を立てる。


 周囲から悲鳴の声が上がり、中には顔を手で覆ったり、目を背けるものまで。


 もはや糸の切れた操り人形と化したイワンの急所、その全てに半寸前で寸止め――それをニ十回も繰り返したか。




 もう十分、寸寸ずたずたになったことであろう。


 最後の突きを鼻先で止め、小生はゆっくりと、刷り込むかのように問うた。




「負けを認めよ。それで彼女に謝罪したことにしてやる」




 小生の言葉に、イワンの放心した顔が、僅かに動いた。




「み――」




 つっ――と、イワンの額から滴った脂汗が、目尻を伝って顎の下まで流れ落ちる。




「認める――」




 その声は小さくも、はっきりと周囲に響き渡った。




「し、勝者――く、クヨウ・ハチースカ君――」




 試験官のその声に、誰も何も声を上げることはなかった。


 小生は刀を鞘に納め、まだ放心しているイワンに一礼し、闘技場を降りた。



 

 硬直している生徒たちの中に、エステラの顔を探した。


 周囲の生徒と同様、固まったままのエステラは、小生が歩み寄ると、ちょっと怯えたように身を竦ませる。




「大丈夫だ、エステラ。もう心配はない」




 エステラの肩に手を置き、安心させるように気をつけながら声をかける。


 小生が側にいればもうあの男に脅かされなくてもよいのだと――そう伝えたかった。




「あ、あの、クヨウ……」

「よい、何も申さずとも。友なればこそ、こういうときは言葉など不要でござろう?」




 エステラの顔が、泣きそうに歪んだ。


 委細はわからぬ。委細はわからぬが――きっと、今まで何度も何度も、我慢してきたのだろうと思わせる表情だった。


 小生が肩に置いた手に、エステラの手が重ねられ、エステラが蚊の鳴くような声を絞り出した。




「……ありがとう、クヨウ」




 うむ、と、小生は頷いた。


 ありがとう。その言葉だけで如何なる誉より十分と思わせる、暖かな言葉だった。






「面白かった」

「続きが気になる」

「いや面白いと思うよコレ」


そう思っていただけましたら、

何卒下の方の『★』でご供養ください。


よろしくお願いいたします。

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