第10話特別親善試合③

 一瞬、奇妙に弛緩したイワンの厳つい顔が――数秒後には赤黒く変色した。




「ああ――!? 今のはどういう意味だ!? 勝負を捨てるってのか!!」

「捨てるも何も、最初から貴公では相手にもならぬ。貴公は剣技の素人同然だ。構えを見ればわかる」

「ふざけんじゃねぇ! ホワイトと比べて低知能のイエローが構えを見ただけで何がわかるってんだ!! あんまり馬鹿にしてけつかると本気で――!」

「わかるとしか言いようがない。――ほら、どうした。せっかく小生はここから動かぬと言っておるのだ。丸腰相手だと意気地がなくて斬りかかれぬか?」




 小生の挑発に、イワンの顔が壮絶な怒りに歪んだ。




「今の一言、後悔するなよ――! 一刀両断で終わらせてやらァ!!」




 その一言とともに、イワンが地面を蹴って剣を大上段に振り上げた。


 ふん、と鼻を鳴らし――小生は体を躱してそれを避けながら、イワンのがら空きの足元を鋭く払った。




 パァン! という乾いた音が発し、イワンの巨体がぐるりと空中で一回転する。




「は――!?」




 何が起こったのかわからないというような絶叫と共に、イワンは地面に倒れ込んだ。




「軽い、軽いな――地面をまるっと敵に回しておる。それでは恵まれた体躯を活かせぬどころか、却って重荷にしかならぬ――」




 小生が地面にひっくり返ったイワンの顔を覗き込むと、周囲からどよめきが上がった。




「な――!? て、てめぇ、今何をしやがった……!?」

「いやはや、何をされたかすらわからぬのか。ますます拍子抜けだ。さっさと立て。時間の無駄である」

「くそ、くそが――! もう許さねぇ、ぶち殺――!」




 そんな罵声とともに立ち上がり、剣を構え直そうとしたイワンの足を、小生は再び払った。


 ズシャ! という重苦しい音が発し、今度はイワンが顔面から地面に落ちた。




「ガ――!?」

「ほらほら、何を寝転んでおる。さっさと立て。それとも手を貸すか?」

「ぐ、ぐっ――! て、てめぇ……!!」

「そうだ、五回、五回だ。五回貴公がひっくり返ったら負け、ということにせぬか?」




 小生が欠伸を噛み殺しながら提案すると、イワンの両眼が零れ落ちんばかりに見開かれる。




「どうせ己から負けを認める度量も貴公にはなさそうだ。意地でも負けを認めないのであれば足腰立たなくなるまでこれを繰り返すことになる。それは小生も流石に嫌なのであるがな――」




 がああああああ!! と、イワンが咆哮した。


 一瞬隙を与えてやると、イワンはようよう飛び退って剣を構え直す。




「ここ、この腐れイエロー……! 俺たちをコケにするつもりか、ド三流国の猿の分際で……!」

「こちらにはもとより白も黒もない。貴公が勝手に下に見て勝手に怒っているだけである。貴公は己が吐いた言葉に首を絞められておる」




 小生は呆れて忠告した。




「やれやれ、剣士でありながらこれぐらいのこともわからぬ、か。西欧列強の人々が誰しも貴公と同じではないと信じたいものだな――そうでなければ、西欧列強はどうしようもない精神未熟国の集まりということになってしまう」

「て、てめぇ、それ以上は――!」

「おっ、おいデカブツ! 何を遊んでんだ! 真面目にやれよ!」




 そこで周囲からイワンに対する罵声が吐かれ、イワンの注意がそちらに逸れた。




「相手はイエローだぞ! そんな相手にいいようにされて悔しくねぇのか!」

「そうだそうだ! リューリカ帝国の人間が三等国の人間に遊ばれてんじゃねぇ!」

「そいつはまだ剣すら抜いてねぇんだぞ! 恥を知りやがれ!!」




 ――どうやら、列強国の人々が黄色人種を下に見る差別意識は思った以上に根深いようだ。


 小生は眉根に皺を寄せて肩を竦めた。




「……だ、そうであるぞ。貴公は如何する?」

「ぐ、ぬぬ……! うがああああああああ!!」




 もはや獣同然の咆哮を上げて、イワンが突進してきた。


 しかし、この期に及んで相変わらず爪先立ち――真剣の重さを知らぬ打ち込みであった。


 もはや同じ動作を繰り返す気力もなく、刹那、小生は大上段で振り抜かれたイワンの白刃を両手で挟み込んだ。




 急遽、やり抜こうとしていた動作を阻まれたイワンの巨体が揺らいだ。


 何が起こったのか見極めようとしたらしいイワンが、小生が大剣を両手で受け止めているのを見て――ぎょっと目を見開いた。




「うぇ――!?」

「秘技・真剣白刃取り。――貴公の国にはない技であろう?」

「ば、ばばばば、馬鹿な――!? おっ、俺の剣を素手で受け止めやがったのか――!?」

「もっとも、実戦でやるのは初めてだ。貴公の一撃があまりにも軽きに失するから出来ることである――」




 瞬間、小生は両手で挟んだままの大剣に捻る動きを与えた。


 一瞬で伝導した動きはイワンの巨体にも伝わり――剣を握ったままのイワンの身体が三度地面に叩きつけられた。




「ぐ――おおおおお……!!」

「これで三度だ。あとニ回、やるか?」

「て、てめぇ……! こ、この……!!」

「それとも、あとニ回は勘弁してやろうか、ん?」




 小生は刀の柄に手をかけた。




「こっちでやればもっと早く済む――試験官殿!!」

「はっ、はいぃ!!」

「確かこの学園生活を通じて剣を持ち込めるのは入学時の一回のみ――その剣が破壊された場合、如何なる理由があろうとも即刻退学、でよかったかな? それはこの試合でも有効であろうか?」

「はっ、はい! ……ええーっと、皆さんは既に入学手続きを終えて適性検査に進んでいますから、あの、そ、その規定は、ゆ、有効かと……」




 徐々に小さくなってゆく試験官の言葉に、イワンの顔が青ざめた。


 そこで小生は固唾を飲んで見守る生徒たちの中にいるエステラを見た。




 どうする? 


 小生が視線で尋ねると、エステラがはっとした表情になり――数瞬の後、首を振った。




 優しいなぁ――小生はなんだか救われたような気持ちで頷き、地面に這いつくばるイワンを見下ろした。




「剣を納めよ。武士の情け、それだけは勘弁してくれよう」

「ぐ、ぬぬ……! て、てめぇ、俺に情けをかけるってのか……!?」

「イエローの分際で、であろう? かけるとも。何しろ余りに貴公は情けがない。かけてやらねばどうしようもない」

「こ、このヤロ……!」

「無駄だ」




 あまりの憤りに立ち上がろうとしたイワンの肩を、小生は素早く抜いた刀の鞘でどついた。


 それだけであっけなく重心を崩したイワンの体が側頭部から地面に激突した。そのせいで完全に平衡感覚を失ったのだろうことは、焦点の合わなくなった瞳の動きからわかる。




「ぐ、ぐおおおお……! お、おええぇっ……! う……!!」




 イワンが地面に這いつくばり、巨体を捩ってえづいた。


 もうこれでは立ち上がることもできまい。




「もはや普通に立っていることすら出来ぬ、か。終わりにしよう」




 小生はそう宣言し、そこでやっと、刀を抜いた。


 抜いた瞬間、周囲の学生から驚きとも感嘆ともつかぬ声が上がった。




「な、なんだ、あの剣――!? 見たことねぇぞ、あんなの……!」

「片刃の剣……いや、それだけじゃねぇ、なんだあの刀身の反り方は……!」

「し、信じられないほど精巧な研がれ方……! まるで鏡みたい……!!」




 その驚きの声が収まらぬ中、小生は刀の鋒をイワンの鼻先に突きつけた。




つたえ神州じんしゅう景衡かげひら作刀、号を【なまくら】と申す。――今よりこれで、貴公を斬る」






「面白かった」

「続きが気になる」

「いや面白いと思うよコレ」


そう思っていただけましたら、

何卒下の方の『★』でご供養ください。


よろしくお願いいたします。

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