第8話特別親善試合①

「クヨウ、さっきの適性試験、本当にあの数字でよかったの? 魔力ゼロなんていくらなんでも――」

「いや、よい。それに、小生の魔力量が規格外すぎて石板の方が数え切れなかったのかも知れぬしな」

「――それ、どこまで本気の冗談?」

「おや、小生は冗談ならばもっと面白いことを言うぞ。馬が小料理屋に来て言った、『ウマいもんをくれ』、なんちゃって――どうだ、ユーモアがあるであろう?」

「え……思ったより最低」

「え?」




 ユーモア、ジョーク――この学園に来る前に、欧州ではそういう戯言の類が意外に人物の評価になるとは聞いていたし、それ故小生も諸々の書籍などを読み漁ってそのテの話題に備えていたのだが――。


 小生渾身のユーモアは、エステラの無慈悲な一言によって粉微塵に破壊された。




「どうやらサムライにはユーモアを期待しない方がいいみたいね……今まで聞いた中でも結構ワースト級につまんないわ、今のジョーク」

「そ、そうであろうかな!? 我が国の我が朋輩ならば今の一言で地に伏して転げ回っているところなのであるが……!」

「い、いや、それもなかなか最低の話よ。っていうか今の、そもそもジョークになるのかしら? 単なる駄洒落では……?」

「や、やめてくれ! そこまで分析されると物凄くいたたまれぬ! おっ、欧州のユーモア情勢は複雑怪奇……!」

「そ、それでは、次に特別親善試合に移ります! あっ、あの、静かにしてもらえると助かるんですが……!」




 さっきのメガネの試験官の女性が声を張り上げ、小生は口を閉じた。




「ここでは無作為に選ばれた選手同士、一対一で剣術試合を行ってもらいます! 現段階では魔術の使用は不許可、純粋に剣技だけでの試合をしてもらいます!」




 魔術は使わない、純粋に剣技の腕前を見るための試合ということか。


 しかし、それでは試合う意味がないのではないだろうか。




「この試合は勝っても負けても入学後の席次には関係しませんが、試合する相手は入学前の選考の結果を見て決定されています! くれぐれも怪我がないようにお願いいたしますね、皆さん!」




 入学前の考査、そんなものがあったのか。


 しかし、席次には関係しない特別親善試合、とは妙な呼び方である。


 小生は小声でエステラに訊ねた。




「なぁエステラ、今のはどういう意味であろうか? 入学前の考査がどうのこうのと……」

「……あなた、本当になんにも知らないのね。この親善試合こそが最悪なのよ。この試合はまさに国際関係の縮図……」




 エステラは苦い顔で小生に耳打ちした。




「考査って誤魔化してるけど、今のは要するに、この試合はその生徒の出身国の国際的な立場を加味してます、ってことよ」

「それはどういう……」

「つまり、一番弱い国の生徒と強い国の生徒が試合させられる、ってこと」




 エステラはゴニョゴニョと小生に耳打ちを続ける。




「つまり……列強国っていうのは軍隊が強い、つまり傾向的にその国出身の生徒は他より強いと思われる、ってことでしょ? そこに比較的弱い国の生徒をぶつけて、ぶちのめさせて、列強国のメンツを潰さないようにしてるらしいの。要するに私やあなたのような小さい国の人間が恥をかくようにしてます、ってことよ」




 その話の内容を、小生は流石に冗談だと思いたかった。


 小生は顔をひん曲げてエステラを見つめた。




「……そんなことが許されるのであろうか。剣士というものは何よりも名誉を重んじるもの。そのような仕組みを学園側が許すとは……」

「それが残念ながら魔剣士学園の不思議なところよ。この学園に本当の意味での騎士道なんてない、全てが列強国の思惑によって操作されるってことよ」




 それがこの試合、国際関係の縮図とは、なんとも嫌なものだ。


 小生が視線を前に戻すと、試験官の女性が手元の紙を見て読み上げた。




「えー、選抜された選手のまず一人目は――リューリカ出身、イワン・バザロフ君、一般入試枠!」




 リューリカ帝国――それは極北の大地一円に覇を唱える古き国。


 列強国の中では比較的後発で列強の仲間入りを果たした国であるが、その国土の広さや軍隊の強さから、最近はメキメキと周辺国への影響力を強めているという大国である。




 その声に、周囲の生徒を押し退けて前に進み出た大柄を見て、小生はあっと声を上げた。



 

 あの金髪、この体躯、そして何よりも――周囲に振りまかれる目線の陰険さに見覚えがあった。


 先程、エステラが怯えていたあの生徒である。




 案の定、名前を呼ばれただけで、エステラがびくっと身を竦ませた。




「エステラ――」

「大丈夫、心配無用よ」




 後は何も言わないぞ、という表情でエステラは大柄な男子を射殺すような視線で見つめている。


 大柄は前に進み出るなり、太い首を掌でさすった。




「やれやれ、親善試合の選手に選ばれるとは名誉なこったな。……おいお前ら、悪いが勝ちはリューリカが拾わせてもらうぜ!!」




 野太い胴間声が辺りに響き渡り、何人かの生徒が怯えたように男子生徒を見た。




「リューリカはいずれ世界最強の超大国になる帝国だ! お前ら弱小国の小者がいくら努力したってこの学園では無駄だってことを刷り込んでやる! よぉく見とけよ!」




 そう言って、男子生徒は狂犬そのものの笑顔で嗤った。


 成る程、エステラが蛇蝎の如く嫌っているのも納得の、少し傲慢に過ぎる振る舞いであった。




「対する相手は――大八州出身、クヨウ・ハチースカ君! ……えっ――!? とっ、特別推薦枠です――!」




 おや、あの大男の相手は小生か。


 ということは、この居並んだ生徒たちの出身国では、我が大八洲が最も弱小国だと見做された、ということか。舐められたものである。




 しかし――その憤りも、周囲の生徒たちのどよめきの声に半ばかき消された。


 特別推薦。その言葉に、居並んだ子弟たちがぎょっとし、何よりも隣りにいたエステラが一番驚いたようだった。




「くっ、クヨウ――!? あなた、特別推薦枠なの――!?」

「元よりこの学園に入学が決まった経緯には興味はない。知らぬな」

「とっ――特別推薦なんて有り得ない! そっ、それって――!」

「試合の時間だ、行って参る」




 小生は器用に片目を閉じて微笑みかけた。ういんくなる、西洋の一種の愛嬌であるそうだ。


 入学前にまぶたが痙攣するほど練習した成果か、エステラが何故か少し赤面したように見えた。




 特別推薦――この学園に入学する要件については、小生も入学前の手引書で確認していた。


 この学園に事前試験無しで入学する特別推薦枠を勝ち取る条件はただひとつ。




「このざわめきだけはあの女に感謝であるな……我が大八洲の名声を天下に轟かせるよい機会だ」




 その条件とは、現在世界に七名存命している【剣聖】、その一人以上の推薦があること――。




 小生はその文言を思い出しながら、唇を歪め、小生は闘技場に上がった。






「面白かった」

「続きが気になる」

「いや面白いと思うよコレ」


そう思っていただけましたら、

何卒下の方の『★』でご供養ください。


よろしくお願いいたします。

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