第4話入学③

「あなたどんだけ世間知らずなの!? さっき今後の接触がないようにって言われておきながら堂々と友だちになりたいなんて言い出すとか正気なの!? ただでさえファーストインプレッションが最悪だったのに!」

「それはもう過ぎたことである。今からまた出会い直せばよろしい。さようなら、はじめまして。――では改めて、友になろうではないか」

「どういう理屈よ!? あのね、あなたの国ではそういう文化があるのかもしれないけれど、ただでさえこっちの世界では特に親しくもないうちに女性にホイホイと交際を申し出るなんて物凄く無礼な行為――!」




 と――そのとき。


 小生が左手にまだ握ったままの抜身を見て、はっ、と女子生徒が沈黙した。




「あれ――? あなたの剣、刀身がなんか変――?」

「ん? ああ、刀を見るのは初めてであるか?」

「カタナ?」




 女子生徒が不思議そうな顔で復唱した。


 小生は刀を右手に持ち替えて刀身を示した。




「これが小生の国における伝統的な剣、カタナである。この僅かに入った反りが美しいであろう?」

「何よこの剣――こんなの、見たことがないほど精巧ね……」




 流石この学園の生徒と見えて、女子生徒は興味津々の顔で刀に顔を寄せ、じっくりと観察し始めた。


 鋒、帽子、物打ち、脛巾、鍔、柄――と、じっくりと十数秒もかけて観察した女子生徒は、ほう、とため息を吐いた。




「綺麗――なんというか、まるで芸術品みたいな……」

「ふふっ、芸術品、か。それはあながち間違ってはおらぬな。小生の国では既にそんなものの仲間入りを果たして久しい。小生の国の民は既に大半が刀を捨てておる」

「大半が、って――あなたの国ではみんなが剣を持ってたの?」

「ああ、サムライにとっては魂であるからな」

「サムライ?」




 女子生徒はしばし何かを考える表情になり、手を顎に添え、眉間に皺を寄せた。




「そう言えば聞いたことがあるわ……極東にある島国、そこではサムライという勇猛な戦士たちがいるって。確かその国は最近、眠れる獅子と呼ばれていた大国、シンと戦争して、しかも圧勝したって……」




 小生の国がシンと呼ばれる大国と戦争をし、勝利を収めたのは一年前のこと。


 今、辺境の小国という古い着物を脱ぎ捨て、世界を統べる列強に名を連ねようと躍起になっている我が国にとっては、世界に名だたる大国であったシン国を降すことが出来たのは、その戦争の理非は別にして、幸先の良い門出だったと言えたかもしれない。


 小生がそんなことを考えていると、女子生徒が小生を見た。




「ということはあなた、そのサムライなの?」

「もはや我が国に本当の意味でのサムライはおらぬよ。全てをお上に返して久しい。一般市民になったものもおれば、小生のように軍人になったものもおる。それに、サムライとは士族身分であればそうであるというものでもない」

「どういうこと?」

「そうだな――サムライとは身分であるというよりも、サムライという生き方なのだ」




 女子生徒が理解に苦しんだ表情になる。


 小生は刀を鞘に納めつつ説明した。




「サムライとは武士道と呼ばれる道徳、もしくは価値観に生きる人のことを指すのである。努力を怠らぬこと、無精をせぬこと、言行を正しくすること、何よりも誠たること――それら全てがサムライの徳目である。たとえ百姓でも、子供でも、たとえ我が国の人間ですらなくとも、武士道を奉じ、武士道に生きる者がいれば、それはサムライなのである」




 小生の説明に、女子生徒はしばし何かを考え、何度か頷いた。




「私たちが教えられた騎士道――みたいなもの、かしらね。私たちが持つ騎士道は――」

「ああ、死が訪れるその瞬間まで己に恥じぬ生き方をすること――であるな?」




 女子生徒が少し驚いたように小生を見つめた。




「驚いた、ちゃんと知ってるのね……」

「これでもこの学園に入学する身であるからな。最低限のことは頭に入っている。だが騎士道と武士道は少し違うのだ」

「え、違うの?」

「そうだ。一言で言えば、騎士道は善く生きるための道だ。だが武士道はその逆、善く死ぬための道なのである」

「し、死ぬため、って――!」




 物々しい言葉に、女子生徒が息を呑んだ。




「そう、我々武士道に生きるものが求めるものは、如何に善く死ぬかなのである。人間はいずれ死ぬ。ならばその限りある命をどう使い、何のためにどう散らすか――これこそが武士道の蘊奥、究極の悟りの境地――」




 小生がそう言うと、女子生徒が怪物を見るような目で押し黙ってしまう。


 その反応を見て、小生は苦笑した。




「まぁ、初めての人間には少し難しい教えであろうな。小生もまだ全てを理解できているわけではないのだ」

「そ、そうなの……? なんだか東洋の人の価値観ってよくわからないわね……」

「それを申すならおあいこである。そう言えば、あの西洋人がやる挨拶、あれは一体どういう理念であんなことをしておるのだ?」

「え? 挨拶って?」

「男女が人目も憚らず公衆の面前でチューチューチューチュー頬に唇で吸い付きおって。ここに来てから既に十回は見ておる。あれは我が国ではとんでもない行いだぞ」




 さっき降り立った駅で行われていた行為を脳裏に思い返し、小生はどこか興奮しつつも、口では奮然と言った。




「大体淑女というものは気安く男に触れるものではない。それどころかしゃぶりつくなどとは不埒も不埒、破廉恥な行いである。小生にとってはそちらの方が余程理解に苦しむ文化であるのだがな……」

「は、破廉恥って何よ!? チークキスのことを言ってるならアレは単なる挨拶じゃない! 別に唇にしてるわけじゃないからいいでしょ! どこが破廉恥よ!」

「な――!? く、く、唇だと!? 異人たちはそんなこともやるというのか! 口吸いなどというものはたとえ夫婦の仲にても滅多にせぬ破廉恥行為ではないか!」

「こっちだって滅多にやらないわよ! いい!? あなたそんなことこの学園で口にしたらみんなに袋叩きにされるわよ! こっちに来たならこっちの文化に慣れて!」

「はっ――!? と、と、いうことは! 小生はあなたと友になったらアレをやられるということか!? や、やめろ! 小生は断るぞ! 友への挨拶などというものは少し頭を下げるぐらいでよいであろうが!」

「な――!? 現時点で一体何を想像してんのよ!? まだ友達にもなってないレディに向かってなんてことを想像して――!」




 その瞬間であった。視界の横から飛び込んできた何かが、小生と女子生徒の間をすり抜けるように走り去ってゆく。


 うわっ!? と女子生徒が仰け反ると、その男子生徒が一瞬、女子生徒に何故なのか、意地悪い笑みを向けた。




「おっと、悪いな!」




 その目に含まれた険に目を細め――。


 小生は素早く右手を伸ばし、走っていこうとする男子生徒の腕を掴んだ。


 ぎょっ、と、掴まれた手首を見て男子生徒が顔を驚かせた。




「うおっ!? ――な、なんだよ急に!」

「女性にぶつかった非礼は見逃してやる。だが流石に、その手に握ったものは返していけ」

「は、はぁ――!? 何を言って――!」

「これはこの方のものであろう?」




 その言葉とともに、小生は掴んだ男子生徒の右手ごと、首飾りを持ち上げた。


 銀と思しき素材で作られた、まるで星のように飾りがついた不思議な形の十字架の首飾り――それはこの女子生徒が腰に帯びる剣の柄に巻かれていたはずのものであった。





次話は21:00更新予定です。


「面白かった」

「続きが気になる」

「いや面白いと思うよコレ」


そう思っていただけましたら、

何卒下の方の『★』でご供養ください。


よろしくお願いいたします。

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