第3話入学②

「この学園の敷地内で正当の許可なく抜剣するのは校則違反だ。如何なる理由があろうとも看過されることはない。そこの君、剣を収めたまえ」




 その低い声には、小生の個人的な事情などに価値を認めない、絶対的な響きがあった。


 その声に冷水を浴びせかけられ、小生は慌てて刀を鞘に戻して頭を下げた。




「こ、これは相すまぬこと……どうか平にご容赦を」



 

 そう言った瞬間、ふん、と目の前の青年が鼻を鳴らして小生を睨んだ。


 おや、この反応は……と小生がぽかんとすると、青年は顔を歪めて吐き捨てた。




「ふん、誰かと思えば、噂の特例で入学を許された東洋人か。入学早々この歴史ある学園の敷地内で騒ぎ立てるとは――やはり黄色イエローは野蛮だな。君のような人間が行くべきところはここではなく、祖国の森の中ではないのかね?」




 あまりにも直接的な侮蔑の言葉に、小生は一瞬、怒るとか憤るとかいう前に、単純に驚いてしまった。


 はっ、と思わず呆気にとられた小生を一瞥して、青年は踵を返した。




「いずれにせよ、この学園は君のような野蛮人が来るべきところではない。次にこの学園を騒がせたときには君の席などあっという間になくなるぞ。せいぜい気をつけて生活することだな」




 青年はそれだけ冷たく言い捨てると、脇目も振らずに校舎に歩いていく。


 その毅然とした足取り、立ち居振る舞い、全てが完成された武人の所作とはわかったが――不可解なのは今の言動である。


 小生が、何? 森に住むべき野蛮人、と言ったのか?




「――あなた、入学早々どえらいことをしてくれたわね……」




 不意に、隣の女子生徒が呻くように言い、小生は横を向いた。


 女子生徒は手のひらを額に当てて苦い顔をする。




「今の人、この学園の上級生よ。しかもかなりの実力者。そんな人に目をつけられるなんて最悪だわ。ただでさえ私の国は国際関係では立場が軽いってのに……」

「ぬっ、やはりそうか! 今の立ち居振る舞いや視線の配り方、いずれもが熟練の剣士のそれであった! やはりこの学園にはかなりの実力者がいる様子……!」

「なぁにを喜んでんのよ、このスカタン!」

「うぇ!? す、スカタン――!?」




 突如として罵声を浴びせられ、小生は仰天して仰け反った。


 女子生徒はぐいぐいと顔を近づけて罵倒を続ける。




「今の人! ゆくゆくは【剣聖】になるって誉れ高い三回生のアデル・ラングロワよ! そんな人に向かってどペーペーのあなたや私のような人間が立ち居振る舞いがどうのこうの品評する資格なんてないでしょうがッ!! あなた自分の立場わかってんの!?」

「え、えぇ――!?」

「そんな凄い人に目をつけられたら今後の学園生活がどうなるかぐらい想像がつかないのかしら!! 今この瞬間にあなたと私の学生生活はハードモード確定じゃないの! わかってんのあなたはッ!!」




 思わず首根っこを竦めて、手で落ち着けという動作を繰り返すと、女子生徒の怒りはようやく落ち着いたらしかった。


 腰に手を当て、偉そうに小生を睥睨した女子生徒は、ふん、と形の良い鼻を鳴らした。




「……とりあえず、今後のために忠告よ。この学園内ではあまり目立つ行動はしないことね。ただでさえここは国際関係の縮図、弱いもの弱い国の人間はあっという間に押し潰されて立場を無くす。よく覚えときなさい」

「は、はい……」

「わかったならいいわ。今後、あなたとはなるべく接触がないことを祈るわ。全くもう、開始早々とんでもないやつに出会った――」




 そこですたすたと歩いていこうとする女子生徒の手を、小生は素早く取った。


 歩き出そうとしていたところに急制動をかけられ、ギャ、と女子生徒が短く悲鳴を上げる。




「な、こ、今度は何――!?」

「そう言えば、自己紹介がまだであったな。小生はクヨウ・ハチスカ。遥か極東の島国、大八洲からの留学生だ」

「は、はぁ――?」




 女子生徒が怪訝な表情を浮かべて小生を見る。


 小生が身体を開いて包容直前のような体勢になると、女子生徒が困惑全開でそれを見つめた。




「袖擦り合うも他生の縁、というもの。早速にも友になろうではないか。な?」




 その言葉に、女子生徒が数秒かけて、思い切り顔を歪めた。


 おや、この表情は――と小生が不思議に思うと、女子生徒が素っ頓狂な声を発した。




「あのね、今の話聞いてた――!?」





次話は20:00更新予定です。


「面白かった」

「続きが気になる」

「いや面白いと思うよコレ」


そう思っていただけましたら、

何卒下の方の『★』でご供養ください。


よろしくお願いいたします。

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