第5話入学④
あ、と、女子生徒と男子生徒が同時に声を上げた。
「そ、それ、私のロザリオ――! あ、あなたまさか――!」
「あ、い、いや、これは――!」
「ただ、間違って掴んでしまっただけでござろう?」
小生の言葉に、えっ? と男子生徒が目をひん剥いた。
小生は微笑みとともにもう一度問うた。
「こういうことはよくあることなのである。たまたま意図せず掴んでしまった――そうなのでござろう?」
「あ――そ、それは……」
「そうであった方がよいのだ。ゆくゆくは同窓、もしくは朋輩になる仲とはいえ、まだ我々は入学の手続きも終わっておらぬ。要するに現時点では赤の他人だ。――ならばこれは巾着切りも同様の所業、場合によっては無礼討ちも十分に有り得る、ということだ」
小生が男子生徒の手首を握った手に力を込めると、ぎしっ、と手首の骨が軋み、男子生徒が短く悲鳴を上げた。
「ひ、ひぃ……!? わ、悪い、その通りだ! たまたまなんだよ! わ、悪かったって……!」
「そうか。ならば赦そう。……そちらはどうだ?」
「え? ――あ、ああ、別にそれが返ってくるならいいけど……」
「ならば一件落着である。そら、首飾りを返したら、もう行け」
小生が男子生徒の手から首飾りを受け取って手を離すと、しばし掴まれていた右手首と小生の顔を交互に見比べた男子生徒は、そのままよろよろと駆けて行ってしまった。
「ほら、お宝は取り戻した。大事なものなのであろう?」
「――ありがとう。その通り、とても大事なものなの」
女子生徒は首飾りを受け取ると、両手で包み込み、胸に押し当てた。
己が魂である剣に巻き付けているのを考えれば余程大切なものなのであろう、という小生の予想は当たっていたようだ。
しばらく安堵するかのように瞑目して――女子生徒はなにかに気づいたように長いまつげに縁取られた目を開けた。
「……まさかあなた、さっきの一瞬でこれが盗られたのを見てたの?」
「そりゃあ、まぁ。なんだか妙な間合いで飛び込んで来たのもあるがな。これぐらいの目がなければ武人は務まらぬよ」
「それに比べて、私は未熟者ね……自分の命に等しい宝物なのに、スリ盗られたことにも気づけないなんて……」
女子生徒は悔しそうに唇を噛み締めて俯いてしまった。
おや――なんだか相当に落ち込んでいる様子である。
小生がなにか慰めの言葉を吐こうとすると――急に、女子生徒が小生の顔をまっすぐに見つめた。
「エステラ」
「は――?」
「私の名前、エステラ、っていうの。エステラ・マリナウスカイテ、よろしく」
「ま、まりな……? 相すまぬこと、もう一度……」
「マリナウスカイテ。東洋人のあなたには呼びにくいでしょ? エステラでいいわ。それに敬称も不要よ」
そう言って、女子生徒はまるで手刀のように右手を差し出してきた。
え? と小生はその手と女子生徒――エステラの顔を見比べた。
「ち、チューじゃない――のか?」
「これは握手。これも西洋では立派な挨拶の作法よ」
「そ、そうか、どのようにすればよい?」
「何よあなた、英語は話せるのに握手は知らないの?」
そう言って、エステラは呆れたように笑った。
はっ、と思わず息を飲むほどに、儚くて、そして美しい笑みだった。
「痛くない程度に私の手を握って、少し上下に振る。それだけでいいわ」
「そ、そうか。いざ失礼する――」
「じゃあ、お互いによろしくね、えーと……クヨウ・ハチスカ、だったかしら?」
「ああ、小生の方もクヨウ、で構わぬ。よろしくな、エステラ」
小生はエステラに言われた通り、エステラの手を握った。
武人のものとは思えないほどに華奢で、冷たさの奥に仄かな温かさを感じる手であった。
◆
「面白かった」
「続きが気になる」
「いや面白いと思うよコレ」
そう思っていただけましたら、
何卒下の方の『★』でご供養ください。
よろしくお願いいたします。
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