第13話 ダミアの職務



「奥様。どうか本日は夫婦の寝室でお休みくださいませ。旦那様は本日、邸に戻ってこられますので」


私が食事を終えると、ダミアが旦那様が帰宅することを伝えてくれた。そして夫婦の寝室に戻るようにと言ってきた。


四日間、旦那様は王宮へ出仕する為、王都に宿泊されていた。


王都へは馬車で二時間ほどかかる。毎回往復四時間をかけてわざわざ邸に帰ってくるより、王都に泊まり、まとめて仕事を片付けた方が効率的だ。

戦後の後処理でやるべきことが沢山あるらしいので、当分はそういう日が続くだろう。


「私が夫婦の寝室で眠っていると、旦那様がマリリンさんの所へ行きづらくなるでしょうから。私は自室で休みます」


「どうか、事を荒立てるのはお控えください。今日は必ず、私が阻止します」


ダミアは職務に忠実だ。事を荒立てるなという理由は、はっきりしている。

私がバーナードと夫婦喧嘩でもすれば、邸の使用人たちが動揺するだろう。

ただでさえマリリンさんの件で邸内が混乱している。


「阻止?」


「はい。旦那様がアーロンさんの所へ行かれるのを阻止します。旦那様が王宮でお泊りになられているときは、アーロンさんは普通にぐっすり眠ってらっしゃいます。お帰りになられた日だけ、ぐずって眠らないのはおかしいですから」


確かに、ダミアのいうのは一理ある。

メイド長の手を煩わせることになって申し訳ない。夫婦のことで心配されているなんて恥ずかしい。


私は子供みたいに、旦那様が寝室に戻られないだけで、拗ねて自室のベッドで寝てしまっていた。


「みっともないわね私、子供みたいな行動だわ。まるで構って欲しくてわざとやっているみたいね」


ダミアは首を横に振った。表情を変えずに私の傍まで歩み寄ると。


「奥様。旦那様としっかり話をしてください。そして嫌なのなら、はっきりおっしゃって下さいませ。旦那様の行動は間違っています。この屋敷に勤めて二十年になりますが、これほど旦那様が情けないと思ったことはございません」


伝えなければ伝わらない。


分かっているけれど、彼はマリリンさんのことを『親友の恋人で、自分は第二夫人になど考えていない』とおっしゃった。

そして、私が意見をすれば、気の毒な女性に手を差し伸べない、狭量な冷たい女だと思われる。


話し合ったとしても多分平行線でしかない。


「ダミア。大丈夫よ。心配かけてごめんなさい。分かりました。今日は夫婦の寝室で休みますね。旦那様がマリリンさんの所へ行きたいと思われるのなら、わざわざ阻止しなくてもいいです。本人が嫌なら行かなければいいだけなのですから」





その晩旦那様は寝室を出ていくことはなかった。


「ソフィア、今度町に食事に行くか。新しくできたレストランが人気らしい。モーガンが予約を取ってくれた。昼間は王都から来た劇団の公演を観に行こう。なんとか一日休みが取れたから、久しぶりに君と過ごしたい」


旦那様はそう言ってくださった。


マリリンさんのことで、心が離れてしまいそうだったけど、旦那様は私のために休みを使ってくださると聞いて嬉しかった。


二人でどこかへ出かけるなんて何年ぶりだろう。

着ていくドレスがないわ、既成の物でもいいから新調しなくてはいけない。

その日は嬉しくてなかなか寝付けなかった。




「どういうことですか?何故、旦那様をお呼びしてはいけないのでしょう」


その時マリリンさんの部屋の前では、新しくマリリンさんについた担当メイドと、ダミアのいい争いが続いていた。


「旦那様はお疲れです。夜中に呼び出すなどもってのほかです。夜泣きくらいなんとかしなさい。それができないのなら、子育てに精通した新しいメイドに担当を変えます」


「そんなこと旦那様が許されるはずありません」


「いいえ、許されないはずありません。マリリンさんはそもそもメイドなど必要ない立場の方です。子供の世話がご自分でできないのなら、子供を預けることも可能です」


「まぁ!なんて酷い」


「酷いと思うならマリリンさん本人に聞いてごらんなさい。ご自分の立場をちゃんと理解されていらっしゃるなら、旦那様に迷惑がかかるようなことはおっしゃらないでしょう」


メイド長は頑として新人メイドの意見を聞き入れなかった。



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