1-3 誰が世界のためになんか闘うもんか、僕は僕のために闘うのみ(2)
「ちょっと、お父さん……
とある、日曜日のお昼どきのことだった。
春まだ遠き、北国の3月。コタツで横になりながら、ぬくぬくと昼ごはんのできるのを゛うたた寝゛状態で待っていた知良が、妻の啓子にたたき起こされたのだ。
「何だい、母さん。最近は聞いたことないような高い声を出して……そういえば、昔の母さんの声、か
「あん? そういうのはいいから。とにかく、テレビを見てみなさいって」
「はいはい……わかりました。見ればいいんでしょ?」
知良は、どっこらしょという掛け声とともに、上半身を起こした。
コタツ天板の先にあるテレビ画面をしばらく澱んだ目で眺めていた知良――だったが、ふとした瞬間に、彼の目が大きく見開かれる。
「あ、
そうなのである。
そのテレビ番組は、某公共放送の有名な番組で、
「斉藤さんのご実家は北海道ということですが、ご両親は今日、ご覧になってますか?」
アナウンサーの中年男性が、さも
リハーサルにはないアドリブだったのか、典史は露骨に嫌な顔を見せた。
「いえ。両親には特に言っておりません……」
「あれ!? そうでしたか、それは失礼いたしました! で、では気を取り直しまして、歌っていただきましょう――曲は懐かしの、そして知る人ぞ知る『
すると典史の顔が、一転。
うっとり聴き入るような表情となった彼は、曲に合わせて肩を小刻みに揺らしながら、マイクを口に寄せた。
「
「っていうか、何で私たちに黙ってるのよ。テレビに出るなら教えてくれてもいいじゃないの?」
「それはきっと――言えない理由があるんだよ」
「言えない理由?」
こくりと頷いた知良がじっと見つめた先には、派手な『鐘』をもらってご満悦の表情になった自分の息子の、頭部があった。
☆
一方、その頃。
とある場所にある、とある建物の中の、とある空間。
そこに、陽の当たらない薄暗い空間に浮かぶテレビモニターのような大画面を見つめる一人の女性がいた。
「た、隊長――大変ですッ。ちょっと、モニターを見てくださいっ!」
女性の背後に座る、『隊長』と呼ばれた男が、恐らくは昼寝をしていたのであろうと思われるくらいに眠たげな眼を
「……どうしたんだ、そんな素っ頓狂な声を出して……? やや、これはまさか――」
彼の眼が、その持てる力の最大限に大きさで見開かれる。
あまりの衝撃に咳き込み、過呼吸に陥りそうな彼を横目にして、女性が冷静な判断を下す。
「そうです、隊長。緊急事態ですよ、これは。彼の゛アレ゛が、増えてます!」
「確かに。これは
「テレビなんか見てません。私は彼の行動を尾行するという大事な任務を遂行していただけで……。というのは嘘です。すみません。私、日曜日のお昼はこの番組を見るってことが私にとって必須の行事になってまして。たまたま、彼を見つけた、というのが本当です」
「……まあ、いい。結果オーライだ。今日のところは許そう。だが、感覚だけでものを言ってはならないし、ここはきちんと比較検討せねば……」
゛隊長゛と呼ばれた男が、そう言って手元の写真資料と画面映像との比較をする。
存分に比較検討を重ねた結果、彼は叫んだ。
「確かに、増えてるッ! これは、実に由々しき事態だ。地球の運命にも関わることだからな……。彼の覚醒をじっくりと待っていたのだが、もう待ってはいられない。例の作戦をすぐに決行せよ!」
「
手刀型にした右手をさっと額に当てた女性隊員が、足早に去っていく。
その背中を眺めながら、隊長と呼ばれた人物がぽそりと呟いた。
「これは、事を急がねばなるまい……。すみません、先輩。少し手荒なことしますよ」
その視線の先には、アナログな写真立ての中に納まる、彼が『伝説の隊長』として
「……にしても、SDG‘sとか地球にやさしいとか言って、昼休み時間に電気を消すのはやめないか? ここは一応、非常時には命を張って活躍しなければならない、特殊機関なんだからさ」
彼の言葉は、お昼時間で誰もいなくなってしまった部屋の空間に溶け込んだまま、悲しいことに、誰にも聞かれることはなかった。
☆
生中継の『のど自慢』番組出演を終えた
夕暮れ時の街景色が窓ガラスに映る、電車の中。
車両の内部空間が、恐ろしく広い。いや、広く感じる――と言った方がよいだろうか。夕方の休日の電車は驚くほど空いていて、普段会社を行き来する電車では考えれないくらいに、ゆったりと席に座れた。
ビルの谷間に入り、景色が暗くなると、窓ガラスに映るのは自分の姿。
典史は、人生でもこんなにほほ笑んだことはないだろうと思うくらい、盛大ににやけた笑顔を見せた。
(うむ、うむ。強硬軍で行った
そう、今の彼の関心事は自分の頭部の状況である。
髪に自信が持てれば、自分という人間にも自信が持てる――妙な肯定感を心に抱えつつ、何故か彼は正月の帰省のときのことを思い出した。具体的には、久しぶりに日本に帰って来たという、
(そういえば、あのときの蘭ちゃん……寂しそうだったな)
゛あのとき゛というのは、1月3日、朝7時のことである。
4日からの会社出勤に合わせて、渋々、千歳空港へと向かう典史。
吹雪でも起きて飛行機が飛ばなけりゃいいのに――と、ため息交じりに実家の玄関を出て最寄りの地下鉄駅に向かって歩き出した彼は、昨日、毛増の神社にお参りした仲間のひとりである蘭の立ち姿を道端に認めたのだった。
(どうして彼女は、あんな時間、あんな場所でぼーっと立ってたんだろう)
雪道なので引き摺ることもできない旅行鞄が重たくて、立ち止まる気が起きなかった。
あのとき、思いつめたような表情の彼女に優しい声のひとつも掛けられずにその場から去ってしまったことに、自分に対して残念な気持ちになる。前の日はそれなりに明るかった彼女だったが、もしかしたら、それはただ自分が鈍感なだけで、アメリカから単身帰国した彼女は、本当は思い悩んでいたのかもしれないのに。
(だけど不思議だな。彼女は幼馴染でもあるけれど、
SNSの連絡先を教えてもらったものの、それ以後、彼女とは特に連絡を取ってはいないという程度の間柄。電車の席で自分の『深層』を解析してみたが、納得できる答えは出てこなかった。
深い溜息を吐いてシャツの胸ポケットから、例の赤い御守りを取り出した。神様に訊けば解るかもしれないと思ったわけだが、その瞬間、急に電車が揺れて彼は大事な御守りを床に落としてしまった。
(わあ、大変だ!)
急いで御守りを床から拾い上げる。
と、そのとき紐で縛られた御守りの口が開き、中から一枚の紙が飛び出した。それは、元旦の朝に夢の中で゛神様゛から渡された、例の紙切れだった。四つ折りにしてあったのだが、開かれた状態でひらひらと宙を舞って、彼のジーンズの太もも部分へと静かに落下する。
慌てて紙切れをたたんで御守りの中に押し込んだ典史は、それを胸のポケットへとそそくさとしまい込んだ。紙は捨てずにとってはあったが、そこに記載されたWeb連絡先には一度もアクセスはしていない。
(僕は、決して世界のためになど闘わない。僕は、僕のために闘うのみ!)
改めてそう決心した典史は、窓から差し込む赤い夕陽の眩しさに目を細めた。
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