『第3章 距離(side 壁の内側)』

『第3章 距離(side 壁の内側)』


 「ごめん」


 その一言の重みを、今まさに実感している。結芽と喧嘩のようなものをしてしまった日、謝るのならなるべく早い方がいいと思い、電話で謝ることにした。相手が電話に出ないことも危惧していたが、その心配は無用だった。


 私は、あのときの経緯をちゃんと説明すると、相手はうんと頷き、特に怒っているというわけではなさそうだった。どちらかと言うと、私が急に自転車を走らせたのでびっくりしたのだと言っていた。結芽がこういう優しい人で良かった。そう心から感じる。


『私もちょっと悪かった部分はあると思う。ごめんね。ただ、瑠夏も❝ごめんね❞ってちゃんと謝ってくれたら、許すことにするよ』


「うん、結芽、ごめんなさい」


『よし、よろしい。ってかさ、瑠夏が行った先の道、何もなかったと思うけど大丈夫だった? 迷子にならなかった?』


 結芽はもう完全に許してくれたみたいで、別の話を振ってきた。


「あ、うん。違うことが分かって引き返したけどね。たださ、私とほぼそっくりの絵がトンネルの壁に描かれてたんだよね」


 私は帰れたという報告をするとともに、今日あった少し不思議な壁の絵について結芽にも話してみた。何か解決の糸口でも見つかると思ったのだろうか。


『えっ、マジ!? 実は瑠夏って街を救ったヒーロー的な存在だったりする? もしくは瑠夏のストーカーがいて、落書きしたとか!?』


「えっー、どっちもおそらく違うよ! ヒーローでもないし、ストーカーされるほど可愛くないし。じゃあさ、明日、見にいかない?」


『うん、いいよ! 私も興味あるし』


 私は明日、私とほぼそっくりの絵を一緒に見に行くという約束をすると電話を切り、お風呂に入ることにした。お風呂では青くんの誕生日、1週間後だなと、彼のことが本当に好きなんだと自覚してしまうことを呟やいてしまった。そして、お風呂の鏡に青くんと指で書いてしまい、慌てて消した。青くんの連絡先は持っている。一度係の連絡時に使っただけでそれ以降は使っていない。今日もまた、何も送れなかった。でも、誕生日には直接言えなかった時には、一言だけでも、「誕生日おめでとう」を送りたいと思う。もしくは正面から伝えたい。それができるかは、私次第だ。




 喧嘩して、仲直りした翌日の結芽は普段と変わらない様子で私と接してくれた。もう忘れてしまったよとでもいうかのように。どのブランドの服が好きかとか、かき氷にかけるシロップといえば何とか、そういう何気ない会話が、それを物語っているのだろう。放課後になると、約束通り私たちは私みたいな人が描かれていたトンネルに行くことにした。


 トンネルは当たり前かのように、昨日と同じ場所に存在していた。ただ、昨日と1つ違うところがあったのだ。私はその絵を見た瞬間に足が地面に固定された。いや、地面に引き込まれるような感覚がした。


「えっ……」


「あー、確かに、瑠夏に似てるかも。まあ、右のほっぺに、瑠夏にはないほくろとかあるけど、ほとんど似てるね。なんでだろう?」


 結芽は今、目の前にある私の顔とほぼそっくりの壁を見て確かに似ているということを私に伝える。でも、私は動揺を隠せなかった。確かにその壁には私のような人が描かれているのだけれど、そうじゃない。違う。違うんだ。昨日と。


「どうした……?」


「き、き、昨日と絵が変わってる……。昨日の絵は笑ってなかったのに、今日は笑ってる……。その絵が……」


 私は、絵を指で指しながら後ずさりする。昨日との違いに驚愕したのだ。隣にいたはずの幼稚園生ぐらいの女の子は消え、その代わりに大人の男性が描かれていた。どちらも朗らかに笑っていた。


「えっ、昨日と絵が変わってる? そんなことあるの? 見間違えじゃない?」


 自分でもそう思いたい。でも、私の記憶がそれを否定し、体が震えてしまう。心に暗い影が差し込み、何かが異なると感じる。限りなく怖い。泣きたい。


「誰かが描き変えたとか……? でも一日でこんなに緻密な絵を描くって相当な力がないと無理か」


 友達はホラー系の小説を読むのが趣味だと言っていて、普段から怖いものに触れ続けてきたせいもあってか、全く怖いという素振りを見せず、とても冷静だった。ただ、私の言ったことは信じてくれたようで、考えられる原因をいくつも言ってくれた。だけど、どれも無理のあるもので結局なぜ変わったのかは分からなかった。


「んー、でもさ昨日は落ち込んでる顔だったのに、今日は和やかに笑っている顔ならまだいいんじゃない。逆だったら怖いけど。それにさ、都市伝説とかこのあたり沢山広がっていそうだし。でも、怖いでしょ。ほら……」


 結芽はそう言うと、私の心臓の辺りに手を当ててきた。その手を感じると、段々と心拍数が平常時に戻ってくる。

 

 魔法みたい。


 なんだか急に怖さというものがどこか山の中に消えていった。そして、代わりに安心感が満ちてくるようだった。


「どう? 落ち着いた?」


「うん、驚くほど落ち着いた。なんかもう、大丈夫みたい」


 なんでだろう。もう絵が変わったことがおかしくないと感じてきてしまった。普通なら昨日見た絵と変わっていたらおかしいと思うだろう。でも、一日ごとに天気が変わるのが何もおかしくないように、これもそんな風に感じられるようになってきたのだ。もしかしたら、どこかで途中、夢を見ていたのかもしれない。仮に、そうでなくても隣に結芽がいるから怖いことはもう1つもない。


「ん? これ、ミサンガかな?」


 結芽は何かに気づいたのか、下を向く。そして、地面に落ちていた紐のようなものを手に取った。それはミサンガだった。ピンク、赤、白の3色の糸で作られたミサンガ。私は気づけば、結芽に触らせてと言ったようで、それを触っていた。


 確か、昨日はこのあたりに四葉のクローバーを置いたはずだ。そのことに気づき、辺りを見回してみるが、四葉のクローバーらしきものはなかった。もしかしたら、これが四葉のクローバーの代わりのようなものなのかもしれない。


 理由はわからないけれど、この壁の向こうにはここではない世界が広がっている。


 そんなことは嘘だろうなと思いながらも、心のどこかで思ってしまう。


「あのさ、私、青くんの誕生日に気持ち、伝えてみようと思う。それでさ、私、編み物が得意だからミサンガを作って見ようかな。このミサンガと同じようにピンク、赤、白の3色で」


 このミサンガを見て思いついた。何かを贈ることで、気持ちが伝わらなくても意味があり、後悔は生まれないと思ったのだ。


「おお、いいんじゃない。もしかしたら、7月下旬にあるお祭りに一緒に行けるかもしれないしね!」


「まだ成功するか分からないけどね。でも、ありがとう」


「じゃあ、成功するおまじないかけちゃおう! 『幸せが瑠夏を包み込みますように!』」


 私は結芽からのおまじないをかけられた後、そのトンネルの壁を写真に収めた。もう、なんだか全てがうまくいく気がしてきた。


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著者より編集者さんへ:高校生って「どのブランドの服が好き?」とか話するんですか!? 大人だな。自分が高校生の時はゲームの話してるやつが多かったですね。男の子で服の話は一回もしてない……。

(7月17日午後7時記入)

編集者から著者さんへ:あとは女子高生はインスタ映えを大切にしてると思います!

めちゃくちゃかわいいキャラクターのグッツには目を光らせてました! 今度、写真見せますね。その時に、あなたの写真も拝見します。おもしろ画像に期待して(笑)

(7月20日午後5時記入)

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