『第1章 夏といえば(side 壁の内側)』

【短編小説タイトル】壁の向こうの君 《初稿・未完成》


『第1章 夏といえば(side 壁の内側)』


 夏といえば――どんな言葉が浮かぶんだろうか。どんな言葉が溢れているのだろう。


 海。


 そうめん。


 かき氷。

 

 夏祭り。


 花火。


 ――この❝花火❞っていう言葉は、私なんかには似合わない気がする。真っ暗な夜空に、突如として花を咲かせる花火。友達と見に行くのも楽しいけれど、高校生ぐらいの年頃になるとやっぱり好きな人――恋人と行きたい。


 私と親しい友達は「高2の夏までに絶対に彼氏作るんだー!」と意気込んでいて、実際に全員高2の夏までに彼氏を作ってしまった。だから、この子たちは夏祭りに行くなら彼氏と行くだろうから、そもそもの話、友達と行く選択肢は消えてしまっている。


 では、私に彼氏がいるのか――。小さい頃から顔が可愛いねとか、いつも優しいよねと近所の人たちや同性の友達からよく言われてきた。自分の顔が可愛いかは「うん」とか「はい」とかは答えられない。だけれど、優しいという部分については自分で言うのもあれかもしれないけど、けっこう当てはまっていると思う。最近だって、掃除当番を変わってあげたり、日直の仕事を忘れていた人がいたから、代わりに教室で飼っているメダカに餌をやっておいたし。もちろん、その優しさの大部分は人に見られないのだけど。


 そういえば、私のクラスでは、いつも元気のいい男子たちが、クラスラインで変な(?)投票をしているんだけど、その1つに「恋人に求める第一条件」というのがあった。その投票で70%が優しさと投票していた。ちなみに2位は15%で容姿だった。私はもちろん優しさに投票した。こういう結果があるのも事実だ。


 ここまで聞くとああ、この子も恋人いるんだな……とか思われるかもしれない。


 でも、実はいない。ここまで言っておいて恥ずかしながら、仲の良い男子友達とかもいないのだ。もちろん、全く男子と話さないわけではないけど……。結論、いない。空いている状況なのだ。


「おーいー、瑠夏るか。ぼーとしてどうしたん? 暑さにでもやられた?」


「……」


「おーい! 聞いてる?」


 変なことを考えていたせいか、結芽ゆめに声をかけられているのに、全く気かなかった。確かに、今年の夏は41度超えを記録したところもあるらしく、例年にないぐらいの猛暑で、何かが起きてもおかしくない。だけど、別に暑さにやられたわけではない。ただ、考え事をしていただけだ。私にとって、胸にしまっておきたいことを。


「考え事してた、ごめん!」


 私は自転車を持っていない結芽と帰っていたため、引いていた自転車をごめんねポーズをするために、一旦足で支えながら、結芽に向かってごめんなさいのポーズをする。


「考え事……?」


「うん。あのさ、結芽は夏祭り、やっぱり彼氏と行くの……?」


「ん? どうした急に? まあ、せっかく彼氏できたんだし、行きたいなって思ってるかな……。りんご飴とか奢ってもらいたいな……、あとはたこ焼きとか2人で食べて間接キスとかー!」


 私はその2人の姿を思い浮かべながら、目の前に見える結芽の甘酸っぱい幸せそうな顔を見る。まるで夢の中に入ってしまったような幸せな顔。ちょっとずるいな、羨ましいなと思ってしまう。


「あー、ごめん! 一人だけ別世界に入っちゃって……。てか、瑠夏は好きな人すらいないの?」


 1分ほど別世界に入っていた結芽が、目の前を通った大きなトラックの音のおかげでこちらの世界に戻ってきてくれた。ありがとうトラックと思いながらも、私はこの質問の回答に困ってしまう。


「まあ、いなくはないけど……。んーなんというか……。私、知ってると思うけど、人と話すのが苦手だから……」


「まあ、瑠夏、人と話すのあんまり上手じゃないもんね。……え、ってかいるの!?       誰、だれ!?」


 困っていた理由がこれだ。結芽がこうやって問い詰めてくるから。そんなこと分かっていたのに、結芽の圧に押されてか、いるという風に答えてしまった。時間を止める機械があったらこの自転車に乗って今すぐ逃げたい。


「……教えなきゃ、だめ?」


「うん」


 結芽は真面目な表情でただうんとだけ頷いた。これは、逃げることができそうにない。結芽もその私の好きな人を知っているはずだ。だからこそ恥ずかしい。きっと私の顔が今、りんごのように赤くなっているのは砂漠世界かと思うほど容赦ない太陽のせいではないんだろう。


せいくん……」


 私はこの空気に消してもらえるぐらい、小さな声で好きな人の名前を言った。


 青くん――特別にかっこいいわけではないけれど、青くんはいつも周囲の人々に温かい眼差しを向けていて、その優しさにいつの間にか心を奪われてしまった。彼は私たちのクラスの学級委員長。噂によると全員の誕生日を覚えているとか。けれど、同じクラスだった一年生のころを含めて、私たちが交わした言葉は数えるほどしかない。心の奥で芽生えたこの思いは、静かにそして確かに私の中で育っている。


 なんだか、息がしづらい。


「ん? 何って? 小さすぎて聞こえなかった」


 意地悪か、はたまた本当に聞こえなかったのか……。この顔は前者だ。絶対聞こえていた。だって、私の声は風に乗って結芽の耳の中に入っていったんだから。


「言わないってことはバレたかー、本当は聞こえてたこと。まさか、青くんだったとは……。確かに、青くん、私たちの部活にラムネやアイスの差し入れをしてくれた事もあったし、気が利く人だから、瑠夏が好きになるのもわかるなー。話すのが苦手なのも分かるけど、それのせいにして逃げないの!」


 わざとだろうか。周りにはミーンミンミンと鳴き、空気をさらに閉じ込めていくセミ以外何もいないけれど、まるで誰かに聞いてもらいたいかのように、少し大きな声でそう言ったのだ。そう、わざと言ったのだ。


「……もう、帰る!」


 私はこれになぜだか堪忍袋の緒が切れた。何か馬鹿にされているように感じたのだ。結芽は彼氏がいるけど、私はいないからって。もしくは私が青を好きなことを馬鹿にされているように感じたのだ。


 その瞬間、セミの鳴き声も静まり、私の足元に落下する。いつもなら動揺する私だけれども、そんなことは石ころのように気にもせず、自転車を漕いで誰もいない道を全速力で進んでいったのだ。


「えっ……どこいくん?」


 結芽から何か声をかけられたような気がしたが、振り返ることなく距離を遠ざける。無視して逃げる。


 なぜここまでしなきゃいけなかったのか、私自身もわからなかった。それぐらいで友達から逃げる私ではないはずなのに。でも、なぜか離れようとした。自転車を全力で漕ぐたびに、汗が吹き出してくる。その汗が足首に滴り落ち、不快感を生む。


 ――私がそのようにしてしまったのはきっと❝嫉妬❞なんだろう。


 もういいや。その気持ちが先行し、私は知らない道を通ることにした。普通ならこの道を曲がらなくてはならない。でも、もうこのスピードを緩めることはできなかった。だから、きっとこっちも同じ道に出るだろうということを考え、自転車をさらに加速された。




 ――だめだ。やっぱり違う。なにもない。迷子になる。


 無の世界に向かって進んでしまう。さらに5分程走らせたが、このあたりは民家すらない。あったとしても、ボロボロと屋根が崩れ落ちた空き家と思われる寂しい景色が広がるだけだ。流石に間違っていると思い、引き返そうとするが、喉がカラカラで漕ぐ気力がどんどんなくなっていく。持久走の残り2周……そんな感じ。


 ただ、砂漠の中には川が流れていた。そういう比喩を用いてもよさそうな景色が私の瞳にくっきりと映った。10メートルほどの小さなトンネルの近くに、迷子になったかのようにして、ひっそりと置かれている自動販売機が1つあったのだ。


 私はその自販機の近くに自転車を止める。このようにただ永遠に道路が続く何もない場所だから、もしかしたら壊れているかもとどこかで心配していたが、ちゃんと稼働しているようだった。


「……高い」

 

 ただ1つ問題があった。どの飲み物の値段も高いのだ。山の中かと思ってしまうぐらいだ。一番安い、聞いたこともないメーカーの水でさえ、500円するのだ。この水でバイト30分ぐらいと同じ価値があるのには少々納得がいかなかったが、流石にこのままではいつか身体から魂が抜けてしまうと思い、私はキラキラと異常に光っている500円玉を入れて、水を買った。ってか、この自販機ビールまで売っているのかよ。


 私は、少しでも涼しい所を求め、トンネルの中に入って座る。


「えっ、ここ洞窟みたいに涼しい」

 

 そのトンネルは異常なほど涼しく、まるで洞窟のようであった。今さっき買った水で口の中を潤すと、呼吸数も徐々に安定していく。こんなに水が美味しいと思う瞬間は、今後ないだろう。半分ほど飲んだところで、体力もみるみる回復したのだ。


「魔法?」


 そう呟やいてしまうかのように力がみなぎってきた。そして、私は冷静になり、自分がひどいことをしてしまったとこを強く自覚した。ごめんっていう感情が出てきた今の私はもう正常だ。私は、ペットボトルの蓋を締めながら、何度も何度もうなずく。


 うん。


 うん、うん……うん……? 


 ?


 ?


 ?


 ……!!


「ん? これ、私?」


 絵。


 私の目の前には、不思議な絵が描かれていたのだ。トンネルの壁に私そっくりの絵が描かれているのだ。それもかなり緻密に表現されている。瞳の大きさ、顎のあたりの滑らかな輪郭、唇の形までも。さっきまでは水を飲むことにしか視点がいかなかったか、そんなものに全く気づかなかった。


「ん……?」


 私はその絵に近づき、探偵かのように観察していく。よく見ると、私に似ているけれど、少し大人のような気がする。ロングの髪型も、目の大きさも私と同じようだけれども、顔つきが今よりも若干大人っぽいのだ。ちなみに、私のような人の隣には、幼稚園生ぐらいの子供も描かれていた。


 私だとしたらなんで私が? 私、実は有名人だったりする? 逆に、私じゃないとしたらこの近くに私のような人、もしくは私のような人を目撃した人がいるのだろうか。おそらく価値があるわけではないのに、その絵に妙に惹かれてしまう。


 ただ、壁の向こうの私は、なんだか落ち込んでいるようなそんな顔のように思えた。まるで、友達と喧嘩してしまった、今の私と同じように。


 私は少し考えてから、ラッキーとでも言おうか、近くに四葉のクローバーが咲いていたので、その四つ葉のクローバーを壁の近くに置いて、その場を後にした。「バイバイ」を言葉にしながら。どこか、気になる。壁の向こうにいる人が。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

著者より編集者さんへ:確かに、性格もいいしかわいいらしいし、彼氏いても不思議じゃなさそうですよ。ちなみに、元彼とかはいたのでしょうかね(笑)

(7月15日午後7時記入)

編集者から著者さんへ:嫌味ですか……(笑)この方に対して失礼な! 多分いないと思いますよ。この方が恋に目覚めたのは高校生とかじゃないかな……。もしかしたら、青という人物が初恋かもですね。

(7月20日午後3時記入)


 



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