第11話 久しぶりの誘い
羽瀬川先生から終礼の終わりが告げられるとともに、教室にチャイムが鳴り響いた。
皆んなが続々と腰を上げる中、俺は座ったままチャイムの音を最後まで聞き届ける。
別にチャイムの音色に心地よさを覚える訳じゃない。
久しぶりに幼馴染と二人で帰りたい俺にとって、これは必要な時間だ。
「麗美ちゃん、放課後予定ある? ていうかインナーカラー可愛すぎ、ソレどこの美容院!?」
「れみれみ、うちの部活見学来てよ! バレー部皆んな仲良いし楽しいよ!」
こんな調子で麗美がワッと皆んなに囲まれる光景だって本来喜ばしい。
だけど待機中の俺にとってのみ、歓迎できるものじゃなかった。
「二階堂って名字カッコいいよねー、どこ出身なの? 吉木君となんで知り合いなの?」
「確かに、二階堂さんって吉木となんか仲良さそうだよね!」
……うん、あの場から連れ出す勇気がない。
俺が目立つことなく二階堂と下校できるのは転校初日の今日だけなのに。
元々知り合いだったという名目がある今なら、俺が下校に誘っても誰も違和感を覚えない。
裏を返せば、今日を逃してしまうと好奇の視線に晒される可能性が高い。
柚葉との恋仲が噂された時は、柚葉の人望や、柚葉自身が真っ向から「全然ちがうんですケド」と否定して終了した。でも麗美は転校生だし、噂が面倒事に発展しないとも限らない。
「うーえ……最悪だ……」
麗美の周りに次々と男女が群がる様子に、思わず溜息を吐いた。
柚葉と喋ることで自然に麗美に近付く予定だったのに、彼女は終礼が終わるや否や俺の席に来て「じゃー
一人で麗美の席を眺め続けるのはどう考えても不自然だ。
……諦めるしかない、か。
そう考えた時、前の席のタケルが、カバンを肩に掛けながら振り返った。
「オイオイオイ、なんでお前が溜息吐くんだ。そんなに恵まれてるのによ!」
「一人で帰るのが恵まれてるなら、部活でエンジョイしてるタケルは超絶恵まれてるよ。エースになってんのはお前の努力だけど」
「あーそっち? 確かに、俺たちそこで採算取ってんだな!」
タケルは上機嫌に言った。そんなことで上機嫌になるな。
カバンに乱雑に教科書を入れながら、また一つ息を吐く。
「ねえ」
「なんだよ」
目の前に麗美がいた。
「なっ!? なんでこんな男臭いところに、タケルかと思っただろ!」
「俺に失礼だなそれは!?」
タケルがクワッと言葉を挟む。
麗美の席に目をやると、群がっていた女子たちは皆んな好奇の視線を向けてきている。
この幼馴染には、全員の視線を集めてきてるのを自覚してほしいものだ。
「吉木君の案内って、放課後もあるんだっけ?」
「え? あー、ああうん。えっとなー」
テンパりかけた頭を何とか整理する。
そうか、俺には案内役という素晴らしい口実があった。
正直今日は案内役なんて仕事は殆どしてないし、昼休みだって別々で過ごした。
それどころか二時間目の休み時間からはクラスの女子が案内し始めて、俺の仕事なんてどこにも残っていなかった仕末だ。
放課後の案内だって先生からお願いされた訳じゃない。
だがしかし、最速であの頃の仲を取り戻すチャンス。
何ももう一度イイ感じになる必要もないのだし、この機を逃すほどヘタレじゃないはずだ。
そうして意を決した途端、横からタケルが要らない助け舟を出した。
「放課後は案内とかいらないんじゃね?」
「うぉおおい余計なこと言うな!?」
タケルに噛み付くような返事をして、慌てて取り繕う。
「た、確かに先生から案内はお願いされてないけどな。でも──」
「やっぱりそうなのね。案内とかないなら大丈夫かな」
「あっ、そう……だよな。ウン」
がっかりして言葉を返した。
よし、タケルを一生恨むことを決めた。再来年までおみくじが大凶になる呪い。一生彼女ができなくなる呪い。
肩を落として、大人しくカバンを背負う。
しかし、麗美はまだ席の前に佇んでいた。
「ん……どうしたんだ」
麗美は少しムズッとした表情を浮かべ、口を開いた。
「……えっと。久しぶりに一緒に帰らない?」
「へ?」
素っ頓狂な声を出す。
麗美はクルリとこちらに背を向け、先に廊下へ歩き出す。
思わず振り返ると、タケルは口をぱくぱくさせていた。
タケルに向かってニヤけようとしたが、周りの目を気にして止めた。
◇◆
二人きりで帰っていると、公園で告白し損ねた日を思い出す。
あの時の俺は失敗した際のリスクを考え、足が竦んでしまった。
……今思えば、それで良かったのかもしれない。
公園に行ったあの時には、麗美の転校は既に決定事項だった。
仮に告白に失敗していたら、再会初日に二人きりの時間なんて気まずくて過ごせなかっただろう。
だが、それと上手く喋れるかは別の話みたいだ。
さっきから全く気の抜けない空気が流れている。
互いが無言になってから、あっさり数十秒経った。
午前中は割と普通に話せてた気がするのに、一体どうしてこうなった?
校内だと二人でも喋れるのに、帰り道で二人になったら喋りづらくなる現象は一体なんだ。
──吉木と二階堂さん、恋愛だってノーチャンじゃないと思うよ。
……柚葉の発言が余計なプレッシャーになっているのかもしれない。
くそ、イイ感じ云々の話よりも遥かに重いぞ。
沈黙が何か喋れと急かしてくるみたいだ。
「ていうか、ほんと久しぶりだな! 何年振りなんだろ!」
思い切り声が上擦った。
だが、麗美は気付かないふりをしてくれたのか普通に答えてくれた。
「ええ、何年だろ。小学校卒業以来ってことは五年とかかしら。実際、ほんとに久しぶりだし」
「だ、だよなー」
沈黙。
逃げ出して帰りたい。いや帰ってるんだけど。
二人きりに緊張する理由なんていくらでもあるが、歩を進めるうちに"柚葉からの無意識プレッシャー"以上の理由を見つけてしまった。
帰り道という状況そのものが、あの告白未遂を彷彿させてくるからかもしれない。
多分、いや絶対そう。
これなら初対面の転校生と話す方がいくらか気楽だった。
「に、二階堂は今日一日どうだったんだ? まあその、大した学校じゃないけどさ」
どういう立場なんだ俺。
自分の発言に死ぬほどツッコミどころがあるのは自覚できるのに、それを自覚するのは全部言葉にした後なのがしんどすぎる。
「え? あ、まあ……良い学校だと思うけど」
麗美は戸惑ったように数回瞬きした。
無理もない。麗美の記憶の中にいる俺は、きっともっと饒舌なはずだ。
怖いもの知らずだった幼少期や、人見知りが発動し始めた小学低学年時代、何となく世渡りを掴み始め、失敗を重ねた高学年時代。
どんな時代も、麗美の前では変わらず自分を出せていた。
ここでぎこちない空気のまま解散したら、それが俺たちのデフォに落ち着きやしないだろうか。
そんな焦燥感も、緊張に拍車をかけてくる。
「さっきからどうしたの?」
ついに麗美が不機嫌そうに口を開いた。
「え?」
「涼太、なんで私に緊張なんかしてるのよ」
「あ、あー……」
バレてた。
死ぬほどバレてる。
「本音言うと、さっきからかなり喋りづらいんだけど」
麗美は眉根を顰めて俺を見た。
………そんな顔したら男が余計に緊張するのが分からないのかこの幼馴染は。
それが分からないから、その昔男子に冷ややかな態度を取っていたのかもしれないけど。
麗美には、自分が元来唯我独尊が許されるほどの美人だということに気付いてほしい。
今ではそれに抜群のスタイルまでついてきて、もう私たち思春期男子には太刀打ちできません。
しかし悲しいかな、そんな反論が口から出るなら今苦労していない。
「ご……ごめんなさい」
「は、はい? 違う違う、謝ってほしいんじゃなくて」
麗美は小さくかぶりを振って、溜息を吐いた。
「ねぇ、どうしたら緊張解いてくれるの? 昔みたいに手でも繋げばいい? あなたなら全然良いわよ」
「余計緊張するからやめて!?」
確かにそういう時期もあったけど、小学生になる頃には卒業してた。一体いつの話だ。オオクワガタ探しに行ってた時か。
ていうか、この感じじゃそもそも男子って認識されているかすら怪しいな。
悲しいかな、そう考えると何とか喋れるような気がしてきた。
「やっぱ緊張してるの分かっちゃうんだな」
「分かるから言ってるのよ。気のせいだったらよかったのに、そうじゃないみたいだし」
「む、無茶言わないでくれ。緊張するもんは仕方ないだろ?」
むしろ久しぶりの再会の当日に二人きりという状況で、普通に喋れる麗美のコミュ力が高いだけだ。
さっきだって初対面の女子たちとずっと和かに喋ってたし。
まあアレは多少猫を被ってたけど、何にせよ著しくコミュ力が上がっていることは確かだ。
「だ・か・ら、緊張しないでよって。昔みたいに接してもらえる方が、私も嬉しいんだから!」
「まあ……うん。じゃあ、そうするわ」
イライラし始めた麗美を目の当たりにして、とりあえず場をおさめるために返した。
だけど正直そんなこと言われても、意識的に治るものなら苦労はない。
こちとら麗美が知らないだけで、実質告白に失敗してる身。
この調子じゃ、アレをイイ雰囲気と捉えたジャッジも怪しいところだ。
そう考えていると、麗美は不満げにジトッと睨んだ。
「……あなた、今そんなこと言われてもって思ってたでしょ。顔すごい分かりやすいんだけど」
「え!? いやっその、こっちにも色んな事情あるって思ってるだけであって!」
麗美は目をパチパチさせた。
しまった、余計なこと言った。
「なに? 色んな事情って」
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