第12話 波乱の帰り道

「なに? 色んな事情って」

「くう……」


 過去に告白未遂をしました、なんて言える訳がない。

 でもこれ以上気まずい雰囲気になるのは嫌だ。

 ……もう深く考えるのはやめよう。

 麗美を男子だと思え。

 そうだ、相手はタケルだ。あれなんかムカついてきた。


「お前こそなんだよ!」

「うわっ」

「お前こそ今日ずっと変だったし、オオクワガタ見つけて俺よりはしゃいでたやつがいきなりオトナ女子気取ってお淑やかぶるなんて卑怯だぞ! 何が高嶺の花だ、一体それで何人の男子オトしてきた! 何人に恨まれてる!」

「なっ……!? 緊張しないでって言っただけなのに、どうしてそんな悪口ばかり出てくるのよ!」


 麗美は頬を赤くしてこちらを睨んだ。


「うるさい! 俺だって色々必死なんだよ!」

「はあ、必死……?」


 不意に吹いた風が、麗美の前髪を微かに動かす。

 めちゃくちゃ後悔しそうになった瞬間、麗美はしたり顔になって、俺の肩をトンッと指で突いた。


「あーなるほど? そういえば涼太って昔肝心な時にはヘタレだったっけ。久しぶりの私にどう接したらいいか分からなくての緊張してるのね。小学生の頃はあれだけ私をいじってたのに、内弁慶ここにありか、情けない」


 麗美はサラッと毒舌を並べてきた。

 低学年の頃、周りのはしゃいでいる男子に容赦なく「くだらない」という言葉を浴びせていた頃の彼女だ。

 こうして毒舌を目の当たりにすると、連鎖的に記憶が蘇ってくる。

 懐かしい、乱雑なやり取り。

 この不貞腐れたような麗美の顔も、今まで何度見たことか。

 暫く眺めていると、麗美の表情はからかいから不安へと変化した。


「……ねぇ、ちょっとは反応してくれるかしら。そんなに嫌だったなら……………謝るけど」

「あ、ごめん全然嫌ではない。その通りだし、二階堂は実際元々毒舌だったから違和感もない」

「や、ややこしい態度取らないでくれる!? ていうか昔からコレ、、で話し込むのも涼太の前だけなのよ、私だってマトモになってからは柔らくなってたでしょ!」

「おお、やっぱこのノリならなんか喋りやすいな!? なんか懐かしいぞ小二時代の麗美!」

「急にキラキラしないでよ!?」


 恋愛感情を自覚する前のやり取りなら問題なさそうだ。

 麗美はゲンナリとした表情を見せて、諦めたように溜息を吐いた。


「ったく……普通の会話は難しいのに、この感じならいけるのね?」

「そうみたいだな。これからも昔みたいによろしく頼むわ」

「昔すぎるのよ、この口調もほとんど卒業してたのに。これじゃないと普通に喋れないなんて、あなたって全然変わってないのね」

「わ、悪かったなガキのままで。俺だって色々変わろうとしたけど、上手くいかなかったんだよ」


 俺はポロッと本音を言った。

 風が吹く。

 俺の反応に麗美は目を瞬かせ、控えめに頬を掻いた。


「……ううん、逆。中身変わってなくて安心したわ。涼太に雑に扱わられるの、結構好きだったし」

「……麗美ってそんなに雑に扱われたかったのか?」

「調子に乗るな!」

「ごめんなさい!」


 思わずあの頃のような、おどけた声が出る。

 すると、麗美は目尻を下げた。


「ていうか、やっと私の名前呼んだわね」


 それは教室では見せたことのない、親しげな笑みだった。

 ……これだけ時間が経ったのにもかかわらず、こんなにもすぐに、前のように受け入れてくれるなんてな。

 俺が幼稚園に馴染めない時も、小学校で馴染めない時も、いつも傍には麗美がいたっけ。


「俺が名前、呼んでもいいのかよ」

「それくらい当たり前でしょ。二人きりの時だけの方がありがたいけど」

「……分かった、ありがとな。お陰で昔の空気感思い出せたわ」

「いいえ。涼太は根っからデリカシーないんだし、戻るの簡単でしょ」

「今良い感じに纏まりかけてたのに……!」


 麗美はプッと吹き出した。

 俺は彼女に目をやって、小さく口角を上げる。

 緊張はすっかりほぐれ、麗美の目を真っ直ぐ見れるようになっていた。

 きっと明日から、元の仲に戻れる。

 そう直感した。


「じゃあ私、新しい家こっちだから。今日はありがとね」

「うん。何もしてねえけどな」

「そりゃまあ、デリカシーを捨てただけだしね」

「うるせー!」

「あはは」


 麗美は気持ち良さそうに笑って、三叉路の前で立ち止まった。

 左側は大通り、中央は公園、右側は住宅街へ繋がっている。

 ここを通る大抵の生徒は左側で、麗美が昔住んでいた家も此処を左側だった。


「麗美は左側だよな」

「ううん、今は右よ」

「へ?」


 俺は素っ頓狂な声を上げた。

 右側の住宅街は車や自転車の通り抜けることができないドライバー泣かせの道であり、そちらへ進むのはこの辺りの住民しかいない。


「前の家はもう更地になっちゃったから」

「あ、そうか。そうだったな」


 麗美が引越しした後、更地になってしまった土地を暫く眺めたのは今でも記憶に残っている。

 麗美は苦笑いして、ヒラヒラ手を振った。

 暫くしても俺はその場で佇んでいたので、彼女は目を瞬かせる。


「なに。送ってくれるの?」

「いや、まあ……」


 返事を濁らせると、麗美は小首を傾げた。

 しかしそれ以上は気にした様子も見せず、また二人で歩き始める。

 暫く無言の時間が続く。

 俺は密かに胸を高鳴らせていた。

 麗美の申し訳なさそうな視線は、次第に訝しげな視線に変化する。


「ねえ、いつまでついてくる気?」


 ついに不思議そうに言われた時、俺は確信していた。

 気付いていないのは麗美だけだ。


「なあ、麗美」

「なによ」

「俺の今の家、麗美ん家の隣だ」


 麗美は目をパチクリさせる。

 それから数秒フリーズした後、こう叫んだ。


「ふっ、ふざけないでよ!?」


 あのー、柚葉さん。

 これのどこが脈アリなんでしょうか?

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