第13話 妹・吉木セイラ
二階建ての一軒家。
閑静な住宅街に建つこの吉木家は、特別狭くもないが決して広くはない、ごく一般的な間取りだ。
変わってることがあるとすれば、
兄の俺、六畳一間。
妹のセイラ、十畳一間。
昔は同じ部屋だったのに、引っ越してから数年。今年中学三年になったセイラは、俺が部屋に入るたびにあからさまに嫌な顔をする。
「なんだよその顔。俺ノックしたのに」
「無視したってことは入らないでってことなんだケド?」
「そう言うなよ。大変なことが起こったんだ!」
セイラは俺とは全く異なる、大きな瞳を向けた。
実に興味無さそうな表情だが、予言しよう。コイツは三秒後に腰を抜かす。
「聞いて驚くな。麗美が帰ってきた!」
「知ってる」
「なんでぇ!?」
自分の部屋より一回り広い妹部屋にて、俺は声を荒げた。
「おまっ、あいつが戻ってくること知ってたのかよ!」
「知らないのはお
セイラはモデル雑誌越しに顔を顰めて、盛大に溜息を吐いた。
短パンと太ももの間からは見たくもないパンツがガッツリ露出しているが、言うと怒るんだろうな。
黒髪ショートの毛先は、覚えたてのようにクルンと巻かれている。
中三に進級したばかりのくせに、兄に向かって呆れたような声色で返事をしてくる生意気ぶりだ。
しかし全てがとうの昔に慣れっ子の俺は、ゲンナリしながら言葉を返した。
「母さんが最近電話多いのってそれだったのか。電話も長いと思ってたんだよな」
最近、母さんがリビングで一時間ほどの電話をしているのは、週に何度も見かけた。
てっきり先日通い始めた絵画教室で新しい友達でもできたのかと思っていたのだが。
……ていうか、全然麗美の家電話に繋がらなかったのってそれが理由か。
「まぁ別に良くない? 麗美ねぇが戻ってくることなんて、お兄にとって得しかないし」
「向こうにとってはどうか分からないけど」
「ほーら自分は得って思ってる。欲望ダダ漏れでまじキモいんだけど」
「こ、こいつ……」
我が妹ながら、びっくりするくらい口が悪い。
口の悪さだけなら今の麗美をも上回る。
「大体、あっちはマンション、こっちは一軒家じゃん。場所は隣同士かもしれないけど、早々会わないだろーし。実際まだ私も見かけてないもんね」
「まあなぁ……しかし俺たちの日照権を脅かすマンションにまさか麗美が住むとはな」
日照権ギリギリであろう立地に、母さんはいつも文句垂れていた。
最近音沙汰ないのは、そこに二階堂家が住むからか。俺の現金な性格は絶対に母譲りだろう。
「あー、くそ。朝ゴミ捨てする時とか、だる着の時に会ったらどうしよう! 俺変なやつに思われないかな!」
「すっぴんを見られて嫌がる女子大生か、絶対向こうはなんも気にしてないから! 大体、麗美ねぇなんて小学生の頃から色んなスカウトされてたくらいなんでしょ? そんな美人サマに顔忘れられてなかっただけで奇跡そのもんだし!」
「どうしてそういうこと言うかなぁ!?」
俺は頭をガシガシ掻いて喚いた。
いやまあ、周りから見たら実際その通りなんだろうけど。
いつの間にか"ダントツ仲良い男子"という自負が蘇っていたみたいだ。
どんだけ単純かつ現金なんだ俺。
兄の情けない様子に、セイラは「でもさー」という言葉とともに溜息を吐いて、雑誌をパタンと閉じた。
「お兄ぃって別の人好きじゃなかった? 中学の時さ。今でもそうだと思ってたけど、違うんだ?」
頭を掻いていた手がピタッと止まる。
セイラは顔を顰めた。
「うへぇ、図星かい。それがすぐ麗美ねぇに乗り換えるなんて、そんな男絶対モテないよ」
「……うっせー。別に、久しぶりの再会に舞い上がるのはフツーだろ。つーかセイラの言ってる人が俺の思ってる人と一致してるかも分かんないしな」
「は? お兄ぃが中学に好きになった人って一人じゃないの?」
「知らないのか? クラスが替わって一ヶ月もすれば、好きな人が変わることだってあるんだぜ!」
「うっっわキモ!? 男子キモ!?」
「お前だってアイドルの推しとかしょっちゅう変わるだろ!」
妹は「それとコレとは死ぬほど別でしょ!」と言ってから、俺の視線に気付く。
同時に、俺も口を開いた。
売り言葉に買い言葉ではないが、兄として物申したいことがある。
「セイラ」
「な、なに」
「お前最近ずっとパンツ見えてる──」
「出てけクソ兄!」
勢いよく飛んでくる枕が俺を追い出した。
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