第4話 女友達とギャル

「よっしーって彼女いるの?」

「え」


 思考停止。

 そして物理的にも急ブレーキ。


「……な!?」

「あ、ごめん深い意味はないよ。でも最近よっしーのこと気になってて。なんか、せっかくクラスが一緒になっても全然話しかけてくれないし」


 花園はそう言って、あの頃と変わらない笑みを浮かべた。

 俺は思わず目を瞬かせる。


 ……花園にはそう映ってたのか。


 疎遠になったのは、単に俺が話しかけなかったから。

 それは分かっていたつもりだったけど。

 

「よっしー?」

「いや、花園だって話しかけてこなかっただろ? さっきだって全然目合わせないし」

「だって喋ることなかったし」

「ちょっとは気まずそうに言ってくれる!?」


 俺の反応に、花園はクスクス笑った。

 どうして笑えるんだまじで。

 相変わらず……マイペースなやつ。


「それで、彼女いるの? 気になってるんだー」

「か、彼女なんている訳ないだろ。なんだってそんな質問してくんだよ、新手のイジメですか!」


 ちょっとだけ期待した。

 複数回同じ質問をしてくるなんて、相当気になってるのか。

 花園って、もしかしたらもしかするのか。

 受験を挟んだから疎遠になっただけで、一年越しのイイ感じ説?


「だって、彼女さんに悪いと思ってるから喋りかけてこないのかなって。柚葉さんと付き合ってるって噂も回ってたし」

「それは柚葉も直接否定してただろ! つーかやっぱそういう理由か……!」

「気遣って損した!」

「こっちのセリフな!?」


 俺のツッコミに、花園は「あははっ」と気持ちの良い笑い声を上げた。

 まあ笑ってもらえたら悪くない気持ち。

 花園はひとしきり笑うと、微笑んだまま口を開いた。


「そっかぁ。一時期噂されてたけど、やっぱり違ったんだね」

「そりゃな。あいつと俺じゃ釣り合わねえし」

「そんなことないけど」

「そんなことあるだろ」


 花園は「うーん」と小首を傾げた。

 可愛い。

 未だに一動作に対してそう思ってしまうなんて。

 それにしても、柚葉との噂を記憶に留めていたのは正直意外だな。


「花園って、恋愛の噂話にあんま興味がないと思ってたけど」

「え、全然興味あるよ? 人に訊かないだけだもん」

「なるほど。やっぱ花園も人間なんだな」

「あはは、なにそれ。人間ですよ、ついでに可愛い女の子です」

「自分で言うな!」


 俺たちは中学のハンドボールの試合を機に急接近した。

 初めて対面して暫くすると、花園は時折こういう冗談を混ぜるようになった。

 心を開いてくれたようで、家で一人喜んだのをよく覚えている。

 実際可愛いので、捉え方によっては冗談になっていないけど。

 

「そういう花園は彼氏いるのかよ」

「私?」


 自然な流れでこの質問をできたことに、我ながら拍手したい。

 花園は目尻を下げた。


「どう見える?」

「いない」

「ひどい!」


 花園はちょっと目を丸くした。

 でも次の瞬間には口角を上げる。


「でもさすがよっしーだね。ご名答。やっぱり彼氏ってそう簡単にできるもんじゃないね」

「そりゃ、男子にとっての彼女だってそうだしな」

「よっしーならすぐできるじゃん」


 ……うっ、遠回しに"その対象は私じゃない"って言われてるような。

 ていうか今更どんな答え期待してるんだ、俺。


 別に告白した訳でもないし、一方的にイイ感じって思ってただけだろ。


 だけど、会話自体は相変わらず心地良かった。


 塾の帰り道でも今のように喋れていたし、学校が違うからこそ何でも言えた。

 中学で上手くいっていない頃の話だって、花園は全部知っている。

 でも、あの頃関係性は好きだった。


 幼馴染、、、以外であの関係を築けたのは、花園が初めてだったから。


 それが継続できそうな気がして、俺は僅かに高揚感を覚えた。


「花園なら知ってるだろ? 俺ってどうも、そういうの苦手なんだって」

「えーと……イイ感じだと思ってたら、ワルイ感じだった話だったっけ。それとも、その後よっしーが中学の半年間くらい孤立してた話?」

「ちょっとはオブラートに包んでくれませんかね!?」


 あまりに明け透けに事実を連ねてきたので、思わず大きな声を出してしまった。

 廊下を見回すが、顔見知りがいる様子はない。


 花園は気にした様子もなく、「でも塾は楽しんだじゃん」と口元に弧を描く。

 ……まあお陰様で青春ぽいことできましたけど。


「そんなことがあったのに、柚葉さんみたいな女の子と喋れるのはすごいよ。柚葉さんって、私でも緊張しちゃうもん」

「いや、あいつは同中だし……中学の最後らへんに仲良くなったから、それが継続してるだけだよ」


 花園は頬を緩めた。


「じゃあ緊張とかないんだ?」

「全然。皆んなが思ってるようなこともないし、普通の友達よりも友達って感じくらいかな」 


 あれ、なんでこんなハッキリ否定してるんだ俺。

 これじゃまるで勘違いされたくないみたいじゃないか。

 花園は「ふーん」と返事をすると、ふと付け足すように言葉を紡いだ。


「よっしーってほんと素直だよね。あんまりこういうデリケートな話って、訊かれても他人に言わない方がいいのに」

「き……訊いておいてそれはないだろ!? しかも別に、元塾友なんだからこれくらいはいいと思ってる! どうせもう色んなこと話しちゃってるし!」

「聞こえちゃうよ」


 花園は自身の口元に人差し指を当てた。

 いつの間にか、遠くに見える廊下にタケルたちがたむろしていた。


 でも、言いたいことは変わらない。

 共通の友達がいないからと明け透けに自分の意見を話してくれる花園に、沢山胸中を曝け出したあの頃。


 俺が唯一言えなかったのは、花園との関係性をイイ感じだと思っていたことくらいだ。


「でも実際そうだったろ?」

「まぁね、一本取られちゃった。よっしー、何かある度に沢山話してくれてたし」


 当の花園は然程気にした様子もなく言った。


「たとえば俺が彼氏だったらとか、そういう話もしてたよな」

「あはは、懐かし。全然ないのになぁ」

「ひでぇな!?」

「だってよっしーは友達なんだもん」


 花園はこともなげに言ってから、続けた。


「それによっしーは、幼馴染さん、、、、、が帰ってくるの待ってるんでしょ?」

「それは──」


 幼馴染。

 五年前の記憶が蘇る。

 多分あれが、人生で初めて女子とイイ感じになった瞬間だった。

 

「──いつ帰ってくるかも分からないのに、待つわけにはいかないだろ。どうすんだジジイになってたら!」

「老夫婦の完成だ!」

「今からそのプランは立てたくないんですけど!?」


 花園はグッと両手に力を込めて、エールを贈るポーズをした。


「でも、恋愛頑張ってね。私、よっしーの恋路を応援してる」


 そう言って、花園は一歩先へ駆ける。


 陽だまりのような、木陰のような、今しがたの時間が幻だったような。


 そんな不思議な気持ちに包まれる。

 そして会話の内容たちを思い返すと、俺はあることに気が付いた。

 後半の会話の中で、やたらと友達を強調されたような。

 だとしたら多分、結構本気の牽制をされたんだよな。


 俺が、今更変な気を起こさないように。

 今の俺を確かめるために。


 生ぬるい風が頬を撫でる。


 ──中学で上手くいっていない話だって、花園は全部知っている。


 だけど、俺は花園のことをあまり知らないのかもしれない。

 花園はあまり自分の話をしなかったから。

 むしろ、遠回しに振られたのかもしれない。

 俺は一人になってからそう思った。


 ◇◆

 

 ただいま一人で下校中。

 タケルを始めとした友達は全員部活勢なので仕方ない。

 後ろからギャルグループのワイワイ声が聞こえて、振り返った。

 …………金髪が猛ダッシュしてきている。


「突撃ーーーー!!!!」

「うぉぉぉおおお!?」


 受け止めようと両手を広げたが、時すでに遅し。

 鎖骨あたりにとんでもない衝撃がして、それを逃すために必死に一周、二周とグルグル回る。

 スケート選手並の回転を決めた後、柚葉を丁寧に地面に下ろした。

 ストンと降りた柚葉は、得意気な顔で親指を立てた。


「ディスイズ・ヨッシーアトラクション!」

「あっぶねんだよ何やってんだ頭おかしいのか!?」

「運動得意じゃん、よゆーよゆー!」


 柚葉はペシペシ肩を叩いて、振り返りざまに後ろのギャルズ二人へ向かってブンブン手を振った。


「じゃー、今日あーし吉木と帰るから!」

「オイ勝手に決めんなよ!?」

「えっダメ?」

「別にいいけど……」

「いいんじゃーん!」


 今度は胸をツンツンついてきて、柚葉は何事もなかったかのように隣を歩き始めた。

 このギャル、自由奔放すぎる。

 柚葉グループのギャルズの視線を感じて暫く黙っていたが、道を曲がった瞬間言葉を吐き出した。


「お前、こういうことするからすぐ勘違いされるんだぞ!? 皆んなに付き合ってるって思われたのお前のせいだからな!」

「にひひ、満更でもないクセに」

「満更でもないだけで喜んではない! 太陽に巻き込まれる身にもなれ、いつか死ぬぞ!」

「まーまー落ち着きたまえよどーてーくん。中学の時に助けてあげたのは誰だと思ってるー?」

「こいつ……! 俺が強く言えないのを良いことに……!」


 柚葉はケラケラと面白そうに肩を揺らす。

 クラスの太陽と言われる所以は、この明け透けな笑顔。

 愛想笑いではない本気笑いを、至る所で見せるからだ。

 柚葉の笑顔に釣られて口角が上がったのを自覚して、俺は内心ちょっと悔しくなった。


「吉木」

「なんだよ」

「さっき何か悩んでた?」


 思わず目を見開いた。

 柚葉はふざけた笑顔ではなく、思慮深い表情になっていた。

 中学時代から、柚葉は人の感情には敏感なところがあった。

 高校で同じクラスになったことで、より俺の感情が顕著に伝わってしまったのかもしれない。

 まあ、柚葉は他人に吹聴するようなやつじゃない。

 中学にも助けてもらった恩があるし、教えても構わないだろう。


「以前イイ感じになったはずの女子にフら……牽制された気がしたんだよ」

「フーン? 吉木、今までの人生で女子とイイ感じになったことあったんだ」

「あるわ舐めんな!?」

「必死ー!」


 ケラケラ笑う柚葉に、俺は少し迷いながらも言葉を続けた。


「でも、イイ感じになってもそこから進展したことはないんだよ。今日だって……」

「ナルホド、だから朝真面目に語ってたんだネ」


 柚葉は合点がいったように、ポンと手のひらに拳を置いた。

 ……語ってたって思われてたの恥ずかしすぎるんですけど。

 ええい、恥ずかしさついでに訊いてやれ。


「柚葉なら、イイ感じだと思った相手に壁感じた時はどうするんだ?」


 柚葉は目をパチクリさせて、ニヤリと口角を上げた。


「そんなの突き破るしかないよね。燃えるっしょ!」

「あー……だろうな、柚葉ポジティブの塊って感じだし」

「誰が単細胞だって!?」

「言ってねぇだろ!」


 柚葉がポジティブな回答をするのは分かっていた。

 それでもあえて柚葉から回答を引き出したのは、俺自身が一歩踏み出したいからなのかもしれない。


 高校生になって数ヶ月経った。


 このまま何の行動も起こさなければ、大学生になっても、社会人になっても、きっとズルズル恋愛できないままだ。

 変わるのには勇気がいる。

 だけど柚葉と自分が同じ意見と思い込むことができれば、それだけで勇気づけられるから。


「よし。俺も、イイ感じを突破するために頑張ってみようかな」


 そう言葉に紡ぎ出した。

 何事も、きっかけなんて作為的でいい。

 自然に気持ちが湧き上がればそれがベストかもしれない。

 だが自分を変えたい時に、タイミング良くきっかけが転がってくれているとは限らない。

 だったら自分できっかけを作り出すしかない。

 さっきの発言だって、結果的に自分を鼓舞できればそれでいいのだ。

 柚葉はキョトンとした表情で言葉を返した。


「フーン。何言ってんのか分かんないけど」

「いいんだよ、俺だけ分かってれば!」

「そっかー。まー私、吉木のそーいうとこ嫌いじゃないよ。吉木ってめちゃくちゃ捻くれてるようで実は真っ直ぐ的だよね。ヘタレと思いきや、勇気のあるヘタレ的な?」

「褒め言葉として受け取っていいよな!?」


 柚葉は親指をグッと立てた。

 それならありがたき幸せ。


「まあ、誰しもが柚葉みたいに自然に勇気が出るわけじゃないからな。持って生まれたエネルギーの総量が違うとでも思っててくれ」


 柚葉は「フーン?」と小首を傾げた。

 まあ、柚葉にはピンとこないだろうな。

 ゴチャゴチャ考えるのなんて性に合わなさそうだし。


 柚葉は側にあった自販機でコーヒーを買って、プシュッと缶を開けた。


「それで、具体的にイイ感じを突破ってどーすんの? もー牽制されたんでしょ?」

「うーん。もう一回その人にいくっていうのじゃなくて、次の恋愛に備えて確かめておきたいんだよな。今日のは別に、今明確に恋心抱いてます!って感じではなかったし」

「ヨッ負け惜しみ!」

「うっせー! メンタルに致命傷は負ってないって話だ!」


 本当に花園を好いていたのなら、今の柚葉のテンションについていけるはずもない。

 まあ多少落ち込みはするけど、来週には吹っ切れられるレベルだ。

 柚葉はひとしきり笑った後、「そんで?」と続きを促してきた。


「そもそもイイ感じって基準は人それぞれだから、感覚擦り合わせるのもむずいんだよ。今日の例もそうだけど、イイ感じイコール"好き"でもないし。タケルから言わせたら俺と柚葉だって未だにイイ感じ見えてるらしいしな」

「へー、やっぱヨッシー私のこと狙ってたんだ。そりゃ牽制されるわ、浮気者!」

「話聞いて?」

「だってー童貞の話長いんだよぉ」

「今童貞は関係ありませんよね!?」


 柚葉は俺のツッコミに笑ってから、コーヒーをゴクゴク飲んだ。

 ダメだこいつ、俺の悩みが大したことないと思うや完全に頭の電源をオフにしてやがる。

 まあ、柚葉みたいに恋愛に何の苦労もないトップカーストに理解しろというのが無理な話か。

 いやコレに関しては柚葉が特別な気がしなくもないけど。


「つまり、自分にとってのイイ感じがズレてないかを擦り合わせするところから始めたいってことだ。まあ問題はその確かめる相手がいるかなんだけど」


 俺が呟くと、柚葉は同意だったようで言葉を放った。


「私は無理だかんねー。ソッコー告っちゃえって思うタイプだし、繊細そうな考えとかしないモン」

「だろうなぁ。だから柚葉には元々聞けない話だよ」

「アレー、ナンカそれはムカつくな!?」


 柚葉はものすごく不満そうな顔をした。

 俺は慌ててかぶりを振った。


「ごめんごめん、そういう意味じゃなくて。俺が過去にイイ感じって思った人に確かめないと、擦り合わせなんてできないだろ?」

「あー、そーいうコト。確かに吉木が直接訊ければ話早そーだけど。そーなると実際吉木って過去にイイ感じになった女子どんくらいいんのかが問題だよねー」

「……多分三人。過去にイイ感じだったか、なんて訊けそうなやつは一人しかいない」

「へー、一人いるんだ。マジで」

「まあな。こっちも完全に主観だし、ぶっちゃけ訊くのにめちゃくちゃ勇気いるけど」


 中学の時木っ端微塵に振った女と、花園の二人を除外すると、イイ感じになったと思えるのはただ一人。


「もしかしていつか話してた、転校していった幼馴染?」

「……そうだ」

「ウワァ、じゃあ詰みじゃん……コーヒー飲む?」

「詰んでない! 訊くだけなら電話とかでいけるだろ!」


 唯我独尊の幼馴染。

 だけど俺には優しかった幼馴染。


 ──絶対帰ってくるから。


 アイツの言葉が脳裏に過ぎる。

 でも、所詮小学生の戯言だ。


「……アイツが帰ってくれば、話は早いんだけどな」


 そんなに都合よく、過去にイイ感じだったアイツが帰ってくるはずなんてない。

 そう分かっていても、呟いてしまった。

 言霊になって、現実に現れてくれないかと祈りながら。

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