第3話 一度疎遠になった女子
「よっしーって彼女いるの?」
「え」
思考停止。
そして物理的にも急ブレーキ。
「……な!?」
「あ、ごめん深い意味はないよ。でも最近よっしーのこと気になってて。なんか、せっかくクラスが一緒になっても全然話しかけてくれないし」
花園はそう言って、あの頃と変わらない笑みを浮かべた。
俺は思わず目を瞬かせる。
……花園にはそう映ってたのか。
疎遠になったのは、単に俺が話しかけなかったから。
それは分かっていたつもりだったけど。
「よっしー?」
「いや、花園だって話しかけてこなかっただろ? さっきだって全然目合わせないし」
「だって喋ることなかったし」
「ちょっとは気まずそうに言ってくれる!?」
俺の反応に、花園はクスクス笑った。
どうして笑えるんだまじで。
相変わらず……マイペースなやつ。
「それで、彼女いるの? 気になってるんだー」
「か、彼女なんている訳ないだろ。なんだってそんな質問してくんだよ、新手のイジメですか!」
ちょっとだけ期待した。
複数回同じ質問をしてくるなんて、相当気になってるのか。
花園って、もしかしたらもしかするのか。
受験を挟んだから疎遠になっただけで、一年越しのイイ感じ説?
「だって、彼女さんに悪いと思ってるから喋りかけてこないのかなって。柚葉さんと付き合ってるって噂も回ってたし」
「それは柚葉も直接否定してただろ! つーかやっぱそういう理由か……!」
「気遣って損した!」
「こっちのセリフな!?」
俺のツッコミに、花園は「あははっ」と気持ちの良い笑い声を上げた。
まあ笑ってもらえたら悪くない気持ち。
花園はひとしきり笑うと、微笑んだまま口を開いた。
「そっかぁ。一時期噂されてたけど、やっぱり違ったんだね」
「そりゃな。あいつと俺じゃ釣り合わねえし」
「そんなことないけど」
「そんなことあるだろ」
花園は「うーん」と小首を傾げた。
可愛い。
未だに一動作に対してそう思ってしまうなんて。
それにしても、柚葉との噂を記憶に留めていたのは正直意外だな。
「花園って、恋愛の噂話にあんま興味がないと思ってたけど」
「え、全然興味あるよ? 人に訊かないだけだもん」
「なるほど。やっぱ花園も人間なんだな」
「あはは、なにそれ。人間ですよ、ついでに可愛い女の子です」
「自分で言うな!」
俺たちは中学のハンドボールの試合を機に急接近した。
初めて対面して暫くすると、花園は時折こういう冗談を混ぜるようになった。
心を開いてくれたようで、家で一人喜んだのをよく覚えている。
実際可愛いので、捉え方によっては冗談になっていないけど。
「そういう花園は彼氏いるのかよ」
「私?」
自然な流れでこの質問をできたことに、我ながら拍手したい。
花園は目尻を下げた。
「どう見える?」
「いない」
「ひどい!」
花園はちょっと目を丸くした。
でも次の瞬間には口角を上げる。
「でもさすがよっしーだね。ご名答。やっぱり彼氏ってそう簡単にできるもんじゃないね」
「そりゃ、男子にとっての彼女だってそうだしな」
「よっしーならすぐできるじゃん」
……うっ、遠回しに"その対象は私じゃない"って言われてるような。
ていうか今更どんな答え期待してるんだ、俺。
別に告白した訳でもないし、一方的にイイ感じって思ってただけだろ。
だけど、会話自体は相変わらず心地良かった。
塾の帰り道でも今のように喋れていたし、学校が違うからこそ何でも言えた。
中学で上手くいっていない頃の話だって、花園は全部知っている。
でも、あの頃関係性は好きだった。
それが継続できそうな気がして、俺は僅かに高揚感を覚えた。
「花園なら知ってるだろ? 俺ってどうも、そういうの苦手なんだって」
「えーと……イイ感じだと思ってたら、ワルイ感じだった話だったっけ。それとも、その後よっしーが中学の半年間くらい孤立してた話?」
「ちょっとはオブラートに包んでくれませんかね!?」
あまりに明け透けに事実を連ねてきたので、思わず大きな声を出してしまった。
廊下を見回すが、顔見知りがいる様子はない。
花園は気にした様子もなく、「でも塾は楽しんだじゃん」と口元に弧を描く。
……まあお陰様で青春ぽいことできましたけど。
「そんなことがあったのに、柚葉さんみたいな女の子と喋れるのはすごいよ。柚葉さんって、私でも緊張しちゃうもん」
「いや、あいつは同中だし……中学の最後らへんに仲良くなったから、それが継続してるだけだよ」
花園は頬を緩めた。
「じゃあ緊張とかないんだ?」
「全然。皆んなが思ってるようなこともないし、普通の友達よりも友達って感じくらいかな」
あれ、なんでこんなハッキリ否定してるんだ俺。
これじゃまるで勘違いされたくないみたいじゃないか。
花園は「ふーん」と返事をすると、ふと付け足すように言葉を紡いだ。
「よっしーってほんと素直だよね。あんまりこういうデリケートな話って、訊かれても他人に言わない方がいいのに」
「き……訊いておいてそれはないだろ!? しかも別に、元塾友なんだからこれくらいはいいと思ってる! どうせもう色んなこと話しちゃってるし!」
「聞こえちゃうよ」
花園は自身の口元に人差し指を当てた。
いつの間にか、遠くに見える廊下にタケルたちがたむろしていた。
でも、言いたいことは変わらない。
共通の友達がいないからと明け透けに自分の意見を話してくれる花園に、沢山胸中を曝け出したあの頃。
俺が唯一言えなかったのは、花園との関係性をイイ感じだと思っていたことくらいだ。
「でも実際そうだったろ?」
「まぁね、一本取られちゃった。よっしー、何かある度に沢山話してくれてたし」
当の花園は然程気にした様子もなく言った。
「たとえば俺が彼氏だったらとか、そういう話もしてたよな」
「あはは、懐かし。全然ないのになぁ」
「ひでぇな!?」
「だってよっしーは友達なんだもん」
花園はこともなげに言ってから、続けた。
「それによっしーは、
「それは──」
幼馴染。
五年前の記憶が蘇る。
多分あれが、人生で初めて女子とイイ感じになった瞬間だった。
「──いつ帰ってくるかも分からないのに、待つわけにはいかないだろ。どうすんだジジイになってたら!」
「老夫婦の完成だ!」
「今からそのプランは立てたくないんですけど!?」
花園はグッと両手に力を込めて、エールを贈るポーズをした。
「でも、恋愛頑張ってね。私、よっしーの恋路を応援してる」
そう言って、花園は一歩先へ駆ける。
陽だまりのような、木陰のような、今しがたの時間が幻だったような。
そんな不思議な気持ちに包まれる。
そして会話の内容たちを思い返すと、俺はあることに気が付いた。
後半の会話の中で、やたらと友達を強調されたような。
だとしたら多分、結構本気の牽制をされたんだよな。
俺が、今更変な気を起こさないように。
今の俺を確かめるために。
生ぬるい風が頬を撫でる。
──中学で上手くいっていない話だって、花園は全部知っている。
だけど、俺は花園のことをあまり知らないのかもしれない。
花園はあまり自分の話をしなかったから。
むしろ、遠回しにフられたのかもしれない。
俺は一人になってからそう思った。
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