第5話 二ヶ月遅れの転校生が幼馴染だった件
「転校生がやってきまーす」
気の抜けた声で、羽瀬川先生が日常を破壊した。
沈黙。
そしてチラホラ「おおっ」とか「まじか!」と声が漏れ、それを皮切りにクラスがガヤガヤとし始める。
六月といえど、クラスは既にグループが固まっているから当然の反応。
俺は別のことで固まってしまった。
……まさかな?
いやいや、いくらなんでもそれはない。
柚葉と話したのなんてつい先週だぞ。
確かに、幼馴染に繋がるはずの家電は何故か永遠に通話中で、未だに話せていない。
それ故に幼馴染の動向は不明なのだが、この高校に転校してくるのは宝くじより低い確率だろう。
ただの時期ハズレな転校生と考えるのが妥当。
……だとしたら、こんな時期に可哀想だけど。
まだ見ぬ転校生を慮っていると、振り返ったタケルが俺の思考を代弁した。
「四月の転校だったらもっと良かっただろうになー。この時期に転校って、多分大分気まずいよな」
「だろうよ。でも冬に来るよりマシかもな」
「確かに、そりゃ地獄すぎ」
タケルは大袈裟に溜息を吐く。
そして、面白いことを思い付いたと言わんばかりのニヤケ面になった。こういう時のタケルはロクなことを言わない。
「吉木が女子なら案内役したいって言ってたって報告していい?」
「一言も言ってねえよ、お前の口は週刊誌か!」
「ダハハ、ゴシップ好きではあるよな!」
その時、先生はパンパンと手を鳴らした。
すぐに喋り声が止む。
いつもよりも早く静かになったのは、これから自分たちの前に現れる転校生が待ち遠しいからか。
「今日の日直に案内役任せるわー。今日は誰だっけ、っと」
先生が振り返り、皆んなも黒板に書かれた名前に視線を移した。
吉木涼太。
そこにあったのは自分の名前だった。
「吉木か。じゃあ吉木、一日二日くらい頼むわ」
「うぇぇ……はい……」
内心めちゃくちゃ断りたかったものの、こんなことで面と向かって断れるほど尖れてない。
タケルが前で笑っているのが分かる。
反応しようとすると、柚葉が前からジェスチャーを送ってきていた。
親指を空に走らせている。
俺がこっそりスマホを手に取ると、案の定柚葉からメッセージが届いていた。
Yui『幼馴染さんが帰ってきたのかな?』
……まさにさっきの俺が考えていたこと。
もう一度柚葉に視線を移すと、彼女は頬杖をついてこちらにニヤニヤと笑いかけてきていた。
くそ、これじゃ良い笑いものだ。
「おーい。なんだ吉木、できるだろ?」
「はい……頑張ります」
「よしよし」
先生は満足げに頷いた。
周りのクラスメイトも自分じゃなくて良かったと安堵したり、吉木ならいいかと言わんばかり。
入学して一ヶ月、早くもクラスでの立ち位置はほとんど固まっている。
俺をスクールカーストの概念に例えるなら、多分中の上くらい。
──と、周りには思われているのかもしれない。
男友達はタケルを始め一定数いるが、何よりあの柚葉由衣と友達というのが皆んなをその認識にさせているのだろう。
さっきの柚葉のジェスチャーだって、きっとクラスメイトの何人かは目撃していたはずだ。
それでもやっかみを受けないのは、柚葉のカーストがトップだから。
中三の時も、先月柚葉と恋仲というガセ噂が回った時もそうだが、俺は人気ギャル・柚葉由衣という目立つ女子に引っ張られているだけの存在だ。
肝心の俺自身はというと、そんな周囲の認識に全く追いつけていないのが実情だった。
本当の俺は彼女なんて一度もできたこともなければ、イイ感じとやらさえ分からない。
中学の時は、認識の齟齬がきっかけでボッチを経験したくらいだ。
異性との距離感なんて、イイ感じになった(はず)の過去の栄光を想起しては口元を緩め、次の瞬間後悔するくらいが関の山。
転校生が女子だった時のことを考えると、今から緊張してしまう。
特に初対面の異性と喋るなんて、正直一番避けたいことなのに。
花園と初めて会った時だって、事前にメッセージのやり取りがなかったらどうなっていたことやら。
転校生が女子だった日には、その人には気まずい時間を過ごしてもらうしかないな。
「案内役っていーよな。女子だったら代わってやらなくも──」
「女子とか関係ない、そもそも一日限りの案内役なんて無理難題なんだ。"今日は天気がいいね?"とか、"どこ中出身だっけ?あーそっか転校生か"なんてド下手な世間話をする光景を哀れに思うなら今すぐタケル代わってほしい」
「ごめんって、まじごめん!」
俺の怨念めいた言葉の羅列に、タケルは慌てて前に向き直った。
……とはいえ、面倒事でも引き受けなくちゃいけないのが、クラスでの自然な立ち振る舞いなのも分かってる。
「順序が逆になったな。じゃあ、入ってきてください」
先生の呼びかけに応じて、すぐに教室の扉がガラリと開いた。
皆んなの視線が一斉に注がれる。
姿を現したのは──可憐な女子生徒だった。
思わずこめかみをギュッと抓る。
あー、終わった。
転校生、めちゃくちゃ女子じゃん……。
転校生は緩やかな歩調で黒板前へ進んだ。
長い黒髪、淡いブルーのインナーカラーが清らかな川のように靡き、小さなピアスがキラリと光る。
歩き方一つ、前を向く所作、こちらに向き合う表情だけで、教室が彼女のための空気と化す。
転校生が、前を向いた。
大きな瞳に、雪のように白い肌。
絵に描いたような日本美人かと思いきや、鼻はスラッと高く、前髪は韓流トレンドのように立ち上げている。
血色の良い唇は僅かにふっくらしていて、スカートの下から視認できる太ももは健康的。
キチンと着こなされた制服越しから分かる大きな胸は、同い年にそぐわない雰囲気を醸し出している。
──う、わ。
日本美人、韓流アイドル、ギャル。
様々な要素を一身に集約させた彼女に、青春漫画ではヤジの一つも入るのだろうか。
ところが、現実はシンとした空気だ。
そしてこれは決してマイナスの沈黙じゃないのを、この場にいる人間は知っている。
皆んな彼女の一挙一動に注目し、男子の一部は既に笑顔を作って"気の良い性格"とアピールし始めた。
つまり、それくらい。
「
その女子が、目を見張るほどの美人だったのだ。
しかし。
しかしだ。
俺は思わず目を見開く。
「……なっ!?」
声を漏らすと、二階堂麗美がこちらを見た。
目が合う。
そして、彼女はこちらに大きく瞬きをした。
「……あれ? 久しぶりね」
「お、二人知り合いか?」
二階堂麗美と先生の一言に、タケルが勢いよくグルンと向き直る。
クラスメイトたちの視線が一斉に降り注ぐ感覚。
先生の一言が無くても、静寂を破った俺たちの反応で皆んな察したはずだ。
「いや、あの、まあ……」
柚葉との会話を思い出す。
俺の言っていた幼馴染こそ、二階堂麗美。
つまり、俺が人生で初めてイイ感じになった女子だった。
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