第9話 クラスの太陽・柚葉由衣

「どうだった?」


 昼休み、タケルがニヤケ面で訊いてきた。

 麗美の案内役に言及していることは明らかだ。

 俺は弁当の蓋を開けて、いかにも面倒と言わんばかりな口調で言った。


「どうもこうもない。最初は上手く喋れた気がするけど、すぐに女子に案内役取られたし」

「再会した女子に緊張するとかそういうの憧れるわー!」

「話聞けよ!?」


 そうツッコみながらも、多分自分の口角は上がっている。

 昼食の場所は自分たちの教室ではなく、古い視聴覚室。

 新しい視聴覚室は新設された校舎に移動したので、ここは空き教室になっている。

 タケルが友達のツテで古い鍵を拝借し、昼休みだけの溜まり場となっていた。

 此処にいるのは俺たち二人だけなので、こういう女子の話だってし放題だ。


「二階堂さん、今頃うちの女子に囲まれて困ってんだろうなぁ。何かさー、ああいう鬼美人って雰囲気からして違うよな? 高嶺の花っていうか、生きてる世界が違う感じ?」

「さすがに別世界ってことはないだろうけど……」


 小学生の頃を想起しながら返す。

 少なくとも麗美が一般的な家庭で育ったことは知っているつもりだ。

 しかし、タケルはグワッと言葉を返した。


「だっる、俺知ってるマウントかよ。さすがやるねー幼馴染ってやつは!」

「そんなんじゃねえって!」

「まー俺らが知らない二階堂さんを知ってる訳だもんな? 俗世から浮いてるよーな美人が幼馴染とか、前世でどんだけ得積んだだよ羨ましい!」


 麗美、初見の男子にこんなこと言わせるのか。

 しかも相手は柚葉推しのタケルだ。

 さっきは麗美に昔の話を出そうとしたのを強引に止められたけど、今思えば妥当な判断だった。


「今は高嶺の花みたいに思えるかもしれないけど、昔はオオクワガタとカブトムシを戦わせていましたよ」


 なんて、少なくとも転校初日にバラすべきギャップじゃない。

 ……いや麗美が心配したのはそこじゃないか。


「だからそんなんじゃねえって。柚葉の時だってそうだけど、根も歯もない噂だけ立てられる身にもなってくれよな。入学してすぐに立てる噂じゃないだろあれ」


 俺が言うと、タケルは弁当箱に伸ばした箸を止めた。


「えー、柚葉のやつは根も葉もあるぜ。入学当初とか皆んな手探りな状況だろ? そんな時にずっと二人で喋ってる男女とか、嫌でも目立つんだって。ましてや柚葉サンだぜ? ザ・オタクにも優しいギャルの!」

「まあ……それはそうかもしれないけど」


 初めての高校で、初めてのクラス。

 顔見知りが柚葉しかいなかったらその人と時間を過ごすのが自然だけど、目立つのも確かだ。


「だろー? まあうちのクラスって完全に当たり、、、だし、結局噂も消えてよかったじゃん」

「……どう考えても俺じゃ釣り合わないから、消えて当然だけどな」

「うっわネガティブー。俺なら泣いて喜んで噂にあやかるのに」


 そう言ってタケルは弁当をガツガツ掻き込み、お茶で流し込んだ。

 分かりやすい性格のタケルは、話していて気楽だ。


 そう思っていると、タケルはポケーッと力の抜けた顔をした。


「つーか二階堂さん、まじで胸デカかったな……ちょっと刺激的すぎて、クラス替わるまでずっと見ちゃう気がする……」

「そこは分かりやすく見てたらダメだからな?」

「分かってるって、マナー良く拝むから」


 マナーとは一体。

 タケルはしばらく夢想に耽っていたが、ふと真面目な表情になった。


「でもさー、多分だけど二階堂さんって柚葉とは対照的だよな。二階堂さん、実は周りとそんなに絡みたくなさそうな気配した」

「え? そんな感じ出てたか?」

「いんや、ただの勘。まーあの豊満スタイルだし、クソ男子への自衛かもな」

「勘かよ……まあ強ち間違いじゃないかもしれないけど、お前もクソ男子に入らないようにな」

「きびしー!」

「妥当だアホ!」


 昔の麗美といえば、休み時間に俺の席に来るか、机に突っ伏して寝ているかだ。

 その頃の空気感が本人の仕草に残っていたのだろうか、タケルにもそれが伝わってしまったようだ。

 とはいえ、昔は昔。

 その後の麗美は、何年もクラスのリーダーになるくらい躍進している。

 先程までの麗美を見るに、あの頃よりも更に人当たりは良くなっていたし。

 その状況下でタケルの勘を認めるのは、幼馴染としてちょっと悪い気がするな。


「でも、少なくとも麗美は良いやつだぞ」


 昔は"仲良くなれば"、"女子なら"という枕詞は外せなかった。

 だけど今の麗美なら、タケルにそう評しても全く差し支えないだろう。

 俺の返事に、タケルは目をパチクリさせた。


「まー……そっかそうだよな。無意識に偏見で言っちゃってたわ」

「いやこっちこそ。強ち間違いじゃないとか言っちゃったし」

「ダメだよなーこういうの。さすがだな、裏表ない柚葉に好かれる理由が分かるってもんだわ。くそおっお前には二階堂サンもいるのによぉ!」

「だから好かれてない! あと二階堂もいない!」


 俺の返事にタケルは声を上げて笑った。

 冗談ばかり口にするタケルとの関係性は、たまにお腹いっぱいになる気がしなくもない。

 それでも気付けばタケルに喋りかけたくなっているのは、彼にこそ裏がないのが伝わってくるからかもしれなかった。


 あっという間に弁当を食べ終わると、タケルは先に席を立った。

 タケルは週に何度か俺と弁当を食べるが、生徒会の仕事があるため昼休みの最後まではいたことがない。


「じゃー行くわ! いつも通り鍵閉めよろしくな~」

「おーう」


 タケルはヒラヒラ手を振って、ドアを開ける。

 途端に「うおあ!?」と間抜けな声を上げた。

 すぐに視線を上げると、彼の前に人が立っていた。


 ライトゴールドという名の金髪、スタイル抜群。

 クラスの人気ギャル、柚葉由衣その人だ。

 そういえば、さっきのライン返してなかったかも。

『ちなみに私は楽しさ重視ネ』だっけ。

 柚葉がタケルに向けて小首を傾げると、ポニーテールが揺れ動いた。


「ゆ、柚葉さ──!」

「ヤッホー有野っち。ヨッシーいる?」

「い、いるよ後ろに。じゃあ……俺っ行くわ!」

「ほーいあんがとー」


 柚葉のこともなげな返事に、タケルはドヒュンと退散する。

 入れ替わりで柚葉が入室してきた。

 柚葉は俺を見つけるなり、ひらひら手を振ってくる。


「あ、吉木みっけ。まだ昼飯中だったの、ゴメンゴメン」

「柚葉。別に良いけど、柚葉が此処に来るなんて珍しいな」


 珍しいというより、何なら初めてかもしれない。

 噂を立てられる前は昼休みも一緒に過ごす可能性も残されていたが、今となってはだ。


 柚葉は目の前に来て、俺をジッと見下ろした。

 制服の上に羽織ったパーカーは何より柚葉の特徴だが、よくよく見なくたって彼女もスタイル抜群だ。

 シャツの第二ボタンまで開けられた胸元。

 露出具合は間違いなくクラス一。

 そんな柚葉が口にする童貞というワードに、一体何人の童貞が陰でドキドキしたんだろう。

 俺も最初童貞呼ばわりされた時、悔しさよりもドキドキが勝った。

 人として負けた気がするので絶対に認めないが。

 そう邪な思考が入るくらい、無言の時間が過ぎた。

 柚葉が全然喋りかけてこないので、俺から話すことにした。


「ていうか、柚葉さ」

「ん? どったの?」


 柚葉は気の抜けた声で反応する。

 こちらの力まで抜けそうになったが、言っておいた方がいいだろう。


「タケルがなんか喋ろうとしてただろ? 最後まで聞いてやってよ」


 そう言うと、柚葉は目をパチパチさせて、心外そうに眉を顰めた。


「ハッ、聞いてたから? お礼だってちゃんと言ってたじゃん!」

「そ、その前にタケルなんか喋ろうとしてたんだって。柚葉が"ヨッシーいるか"って訊く前だよ!」


 ちょっと怖い表情だった柚葉は、衝撃を受けた顔をした。


「マ、マジ? 吉木探しにきたせいで周り見えてなかったとか最悪なんだけど……」

「おーい、俺だって傷付くんだからな?」

「だってマジだもん。私、意外と吉木のこと好きなんだよね。分かってたことだケド」

「なっ、なっ」


 動揺したが、柚葉はこともなげに言葉を続けた。


「有野っちには謝らなきゃかー」

「そ……そうしてあげてくれ」


 意外と好き。

 そんなことを言って、ここまで何事もなかったように振る舞う女子なんてこのクラスじゃ柚葉くらいだ。

 動揺したのがバレていたら、また童貞呼ばわりされるところだった。

 柚葉は自身の胸中をすぐ言葉に出す。

 本心による表情だと分かるからこそ笑顔が眩しく、天真爛漫な言動が際立っている。

 見た目がギャルでも、男子から"太陽"と評される理由は多分コレ。

 俺にとっては嬉しいけれど、たまに心臓に悪い。


「てか、吉木こそさっき何の話してたの。なんか私の名前聞こえた気がしたんだけど」

「さ、さっき? 柚葉は二階堂とは対照的だよなって話してたけど」


 柚葉はパチクリ瞬きした。


「……はぁぁ!? なにそれムカつく、私悪口言われてたってこと!?」

「え!? あ、違う違う!」


 柚葉は仰天したように抗議した。

 別に悪口を言った訳じゃないので、馬鹿正直に答えることにした。


「柚葉ってほんとに誰とでも喋れるだろ、二階堂は意外と近寄りがたい雰囲気あるかもよなって話だ! あくまで雰囲気だけで、偏見よくないって話に落ち着いたけど!」

「ぐ……それなら私のだって偏見かもしんないじゃん……でも悪口ではなくてよかった……」

「ゆ、柚葉のは偏見じゃなくないか? 実際クラスが上手く回ってるのも柚葉のお陰だし」

「童貞のくせにそーいうとこストレートに言ってくんのムカつく。そんなにおだてられたって別に何も思わないカラ」


 そうは言いつつ、柚葉はフイっと横を向いた。

 照れていそうだけど、言及しない方がいいだろうな。

 タケルに見せたら卒倒しそうなくらい可愛い。

 思わず見惚れていると、柚葉はふと思いついたようにこちらに向き直った。


「てか、二階堂さんって知り合いだよね? 昔はどーいうタイプだったの?」

「柚葉とちょっと似てるかな。クラスのリーダータイプ」

「ふーん。じゃーさ、吉木って私と二階堂さんどっちの方が仲良い時期長いの?」

「うーん……さすがに二階堂かな」

「ハァ!? この裏切り者!!」

「うおお!? 仕方ないだろ幼馴染なんだから!」


 柚葉は俺の肩をガクガク揺らした。

 中学時代、こうやって初めて触られた時は心を許してもらえたような気がして嬉しかったものだ。

 このタイミングでそう思ってしまう俺って気持ち悪いかもしれない。


「幼馴染って言った?」


 柚葉は驚いたように訊いた。

 俺は柚葉に視線を返す。

 なんだかいつもの彼女と違う気がした。

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