第7話 麗美の変化

「二階堂さんの案内役代わってくれん?」

「無理」

「そんなぁ!」


 ホームルームが終わるや否や、タケルの頼みを一蹴する。

 麗美の席に目をやると、既に人だかりができていた。

 女子ばかりで、男子はゼロ。

 男子たちは各々の席で、麗美を囲む女子が捌けるのを待っている。

 とはいえ彼らが話しかけるのは、次か、もしくは次の次の休み時間だろう。

 俺は違う。

 俺には話しかけなければいけないという、先生かみさまが用意してくれた義務プレゼントがあるのだから。

 すっくと腰を上げ、タケルの文句を聞き流して彼女の元へ歩を進める。

 麗美が引っ越す際、携帯の連絡先は交換しなかった。

 連絡をして、疎遠になっていく過程が怖かったから。

 だから、面と向かうのは卒業式以来だ。


「に──二階堂」

「あ、来た。久しぶりね」


 麗美はそう言って、口角を上げた。 


 うっわ、やっぱめっちゃ美人。


 思わずそう返しそうになった。

 髪にインナーカラーを入れたり、ピアスをつけたりする人なんてこの高校には一人もいないのに、それが違和感なく似合うなんて凄すぎる。

 昔のように素直にそう伝えようとしたけど、再会して早速アピールしている高校生はイタイ気がする。

 そう思い直してやめておいた。

 それに、視線が胸元に吸い込まれそうで本当はファッションを褒めるどころじゃなくなってきた。

 ……オイオイ、ちょっと成長しすぎだろ。

 返事を待つ麗美に、慌てて別の言葉を用意した。


「ま、まじで久しぶりだな! びびったわ、いきなり転校してきて」

「あはは、だよね。連絡したかったんだけど、連絡先とか知らなかったからさ」

「そっか……家の電話にかけるのはちょっとハードル高いしな」


 まあ、俺はこの一週間で五、六回かけましたけど。

 でも、引越しのゴタゴタがあったら出られないのも納得だ。


「そうそう。それに吉木君、SNSとかもやってないんじゃない? 関連アカウントとかに出たことないし」

「あー、まあ。SNSは最低限しかやってないな」


 俺はそう答えてから、思考を巡らせた。


 ……今、"吉木君"って言ったか。


 麗美、結構他人行儀なんだな。

 かつての麗美が俺を呼ぶ時は、親しみが込もった名前呼びだったはずだ。

 だというのに、目の前の麗美は君付けかつ苗字呼びになっている。

 平たくいえば、変わってしまった。


 ……まあ、これが当然なのかな。


 俺だって今さっき、麗美のことを当たり障りのないよう苗字で呼んだばかりだ。

 麗美についての最新の記憶は小学校の卒業式で、俺たちはもう高校生。

 時の流れは、人を他人にしてもおかしくない。

 それがかつて、イイ感じになったはずの幼馴染であっても。

 ……こんな雰囲気じゃ、イイ感じの擦り合わせなんて無理そうだな。


「あのさ、今日は俺が案内役らしいから」

「知ってる。吉木君、任せた」

「お……おう」


 記憶の中にいる麗美との乖離に戸惑っていると、傍にいた女子二人が黄色い声を上げた。

 柚葉グループの女子二人だ。


「吉木君と二階堂さんって久しぶりの再会なんだよね、なにそれ素敵すぎない!?」

「分かるーー私が他の男子だったら、吉木君がもう羨ましいったらありゃしないカモ!」

「そ、そんなんじゃねーって!」


 慌てて言葉を返すと、女子二人は「そんなことあるよー!」と更に盛り上がる。

 まだあまり仲良くなれていない二人だけど、殆ど知らない人同士の色恋沙汰になんでこんなに盛り上がれるんだ。いや、相手は柚葉とも仲の良い陽キャ二人。ということは盛り上げてくれてるのか。


 俺が何とか「あんま茶化すなよなー」と笑ったところで、麗美が言った。


「でもほんと、吉木君の顔見て安心した。転校先に知り合いがいるって、思ってたより心強い」

「そ……そっか。それなら良かったわ」


 ……正直、今の麗美にも緊張してしまう。

 なんていってもこちらに微笑む麗美は、記憶の中にいた彼女よりも更に百倍綺麗なのだ。

 俺はなんで麗美と同性の友達のように付き合えていたんだろう?

 この年齢になれば、同じように接するのは土台無理のある話だということが分かる。

 でも、一抹の寂しさもあった。


 "知り合い"。


 その四文字は、かつての期待を否定する単語だった。

 ……告白できなかったのなんて、もう何年も前。

 その後に俺は一途でもなんでもなく、ちゃんと恋愛してしまった。

 お互いに約束を交わした訳でもないのだから、麗美だって同じはずだ。 


 ……だから麗美も、あの頃と同じようにもっと雑に喋ってくれたらいいのに。


 こんな美人にただの知り合いのような対応をされたら、幼馴染など関係なく緊張してしまう。

 それに、今の麗美を一度受け入れたら、以前のような仲に戻るのはもう難しくなる気がした。

 物理的に距離が離れているから喋れないのと、建前の会話を交わす仲になるのと、どちらが嫌という話。

 俺は後者の方が嫌だった。


 エゴなのは分かってる。

 だけど麗美にも、あの頃の空気を思い出してもらいたい。

 あわよくば、イイ雰囲気になったはずの時間とかも。


「なあ、二階堂。小学校の頃と比べて、なんか変わっ──」


 そう言いかけたところで、麗美は先に声を発した。


「吉木君、さっきは案内役引き受けてくれてありがとね。吉木君が引き受けてくれたの、廊下にも聞こえてた」

「それは大丈夫、日直だし。それより二階堂、やっぱなんか変わっ──」

「せっかくだし、今案内してくれない?」


 麗美はガタンと立ち上がり、先に廊下へ出て行ってしまう。

 女子は戸惑ったような顔をしてこちらを見ている。

 ……おいおい、なんだってんだ。

 もしかして何か不機嫌になること言ったか?

 今一人にさせる訳にはいかないので急いで追い掛けると、出口付近で待機していた麗美はピシャンと扉を閉めた。


「なあ、こんな短い休みじゃ案内する場所なんて全然ないぞ?」

「じゃあちょっと、そうね。一旦トイレだけ案内してほしい」

「その役目は俺で大丈夫ですか……?」

「いいから、早く行きたいの!」

「うわっ!?」


 グイッと袖を引っ張られて、一瞬で離される。

 そのせいでつんのめりそうになったが、その勢いのまま麗美の前に頬を進めた。


 無言で歩くと、すれ違う生徒たちは高確率で振り返ってくる。

 見知らぬ美女が見慣れた制服に身を包み、上履きを履いている光景は物珍しいに決まってる。

 それなのに俺たちは終始無言。

 気まずい思いに耐えながら、ようやく一、二分が経って人のいない場所に入った。

 トイレがあるのはこの先だ。

 さすがに目の前まで送るのは忍びないので、俺はここで待機しておくか──


 視界がグワンッと揺れた。


 後頭部に軽い衝撃があり、壁に押し付けれたと認識するまでコンマ数秒。


 ……あれ、なんか──懐かしい空気。


 カチッと、記憶のピースがハマった。 


「あなた、一体どういうつもり!? 突然昔の話出すなんていじってる訳!?」


 そこにいたのは、あの頃、、、の二階堂麗美だった。

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