第5話 チンパンジーと僕

カーテンの隙間から漏れる光で目が覚め、強い吐き気がした。

見慣れた天井。いつもの寝心地。

僕はどうにかして家に帰ったらしい。電車に乗った記憶も駅から歩いた記憶もなかった。

強い吐き気がした。ベッドから立ち上がったが頭を正中位に保つことができない。

冷蔵庫のお茶を出すのもおっくうで、テーブルにいつから置いていたかわからないコップに水道水を入れ一気に飲んだ。

カルキのにおいで吐き気が増したが、喉が少し潤った。

時計は8時前で刺し、秒針は今にも吐きそうな僕に気もくれず時を刻んでいた。


「まだ一限目には間に合うな。」


僕はか細い声で独り言を言った。フローリングに横たわった、大学用の手提げかばんを取ろうと下を向いた。


「おえぇ。。」


嘔吐こそしなかったものの、胃液が食道まで上がるのが分かった。

吐かないようゆっくり深呼吸をする。

鼻から出るアルコールとほのかな芋の風味が余計に吐き気を起こす。


僕は、ベッドへ戻り横になった。

1限目の授業は今日大学に行かないと出席日数が足りず単位を落とす。

しかし、僕はそんなことどうでもよく感じていた。単位がどうのこうのより鼻から抜ける気持ち悪い芋のにおいの問題の方が僕にとって重要であった。


再度起きると時計は11時半を指していた。

起床とともに吐き気が戻ってきた。

先ほどの二日酔いとは違い、酔いはさめていたが、遊園地のコーヒーカップから降りたあとのような気持ち悪さが追加されていた。


もう大学に行く気はなかった。

行く場所は決めていた。

財布と携帯だけ持ち、僕は玄関の扉を開けた。

太陽の光が網膜に入るとともにめまいが増した。なぜ太陽光はこんなにも二日酔いと相性が悪いのだろう。おそらくお天道様は大学時代に陽キャの飲み会に参加できなかったため人間たちの二日酔いを悪化させることにより憂さ晴らしをしているに違いない。


狭い路地を抜け大通りに出た。コンビニの前のバス停でバスを待った。

バスを待っている間、さまざまな日本車や外車やトラックが目の前を通り過ぎた。

運転手たちはシラフなのだろう。できることなら僕と脳みそを交換してほしい。

あぁ気持ち悪い。なんで僕だけこんな思いをしなければいけないのだ。


バスセンター行のバスに乗り一番後ろの席へ窓へ寄りかかるように座った。

バスの中にはもちろん二日酔い優先席などは存在せず、市バス特有の足元の狭い環境に余計に吐き気が増した。

バスに乗っているたくさんの高齢者が僕に今が平日の昼間という事実をつきつけた。


バスセンターで降りると、こじんまりとしたフードコートがあったので、ビールを一杯注文し、あおるように飲んだ。少し気持ち悪さがおちついた。平日昼間のフードコートは閑散としていた。

僕は動物園行のバスへ乗った。


動物園行のバスは僕だけを乗せて郊外へ向かった。

僕はあたりまえのように動物園へ向かっていた。


「次は終点、市立動物公園前です。お忘れ物にご注意ください」


アナウンスが流れる。

僕は620円を払いバスを降りる。

入場料を払い僕はチンパンジーの檻へ向かった。

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