第4話 チンパンジーと僕
ジョンは缶ビールをテーブルに置き、テーブルに肘をつくような形で前のめりになってあきれた顔をして言った。
「チンパンジーをひとりで見たかったから昨日急にバーベキュー断ったってことかよ」
僕はなんて答えたら良いのかわからなかった。返事をする代わりに手元にあったビールを飲みほした。
「おいおい、お前頭おかしくなったんじゃねぇのか?一人でチンパンジーをみるより俺たちと肉食った方が楽しいじゃねぇか」
「いや、まぁ・・・」と僕は気の抜けた返事をした。
ジョンは理解ができないという顔でビールを飲みほし、次の飲み物を取るためキッチンの冷蔵庫の方へ歩いて行った。
「俺はビール飲むけどお前は?」
「焼酎でいい」
そういって僕は椅子から立ち上がり、テレビの横にある腰の背丈ほどの棚に飾ってある薩摩の芋焼酎を手に取った。
ジョンの家には、二人で買った焼酎が何本か常備してある。この焼酎も先日ジョンとショッピングモールへ行ったとき買ったものだ。普段買うものよりも少し高価だったが、僕が少し多めに支払うことを条件に購入しジョンの家にボトルキープをしていた。
「水で割るか?ソーダで割るか?昨日のソーダ余ってるぜ」
「今日はロックで飲む」
「おいおい珍しいこともあるもんだな。明日の1限目お前出席しないと単位やばいらしいじゃねぇか。知らねぇぞ?」
「いいんだよ。行ってから寝てればいいだけだろ」
そういって僕は立ち上がるとキッチンの下からロックグラスを取り出し、無造作に氷を入れて、芋焼酎をなみなみついだ。コップの水面が上がるにつれツンとした芋とアルコールの香りが僕の鼻を通りすぎ、前頭葉を刺激した。
「で。どうだったんだよ、チンパンジーは。この話。明日大学でしていいか?いいよな?お前だって今まで何度俺をネタにして女を笑かせてきたと思ってんだ。な?」
やはり煩わしかった。
ジョンがではない。
言葉がである。
昨日"突発的な何か"が僕を動かし、バーベキューを断ったが、今日もその言葉では表せない"突発的な何か"が僕に強い酒を飲ましていた。チンパンジーに会いに行くこと。強い酒をのむこと。の2つは一見関係がなさそうだったが、煩わしい言葉の世界から逃れるという一点で結ばれていた。
楽しいことと、楽しいとされていることの区別がまるで運動会で踏まれすぎた白い石灰の白い線のようにあいまいになり、僕の本当の気持ちを見失った。
いや見失ったのではない。感情はそこに確かにあり、広辞苑に掲載されているような垢抜けて洗練された言葉では表せなかった。
「おい、大丈夫か?ぼーっしてるぜ?」とジョンが言う
「悪いかよ」僕は言った
「チンパンジーを一人で見に行って悪いかよ」
「いや悪かねぇけどよぉ普通じゃねぇよ。俺たちとバーベキューした方が楽しいだろ?」
僕は苛立っていた。深呼吸をする。
気持ちを落ち着けようと話題を変えた。
「そのカギについているキーホルダーのキャラなんだ。そのピースサインしてるやつ」僕は言った。
「これか?知らねぇよUFOキャッチャーで取ったんだよ」とジョンは答えた。
UFOキャッチャーなんてそんなもんだ。欲しいものを取るのではなく、取れそうなものを取るのだ。
「それよりやっぱお前頭おかしいよな。一人で動物園だなんて」
とジョンは言った。
僕は苛立ちを隠せなかった。
「うるせぇよ。正直もうめんどくせぇんだよ。バーベキュー行っても対して必要でもない話をべらべらと酒に酔って話してよ、誰かが冗談を言うと決まり事のように笑ったりよ。もうめんどくせぇんだよ。」呂律の回らない声で僕は言った。
「おいおいどうした」
「もういいよ。わかってもらえねぇよ」
気づけば芋焼酎を何杯飲んだかわからなくなっていた。
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