第3話 チンパンジーと僕

ジョンの家は大学から近い。

僕のアパートは大学のある丘の西側へ位置していたが、彼のアパートは南側のアパートだった。大学の門は西についているため、ジョンのアパートへ行くためには一度僕のアパートの近くを通り過ぎてから向かうことになる。


僕とジョンは特になにもしゃべらず大学の丘を降りるための道路をおりた。

この道を通る人を癒すために植えられたと考えられるポプラの木にはアブラゼミがとまっていた。

そいつらはミンミンミンミンと喚き散らし、自分の性欲の強さを得意げに誇示していた。


それは、癒しとは程遠い感情を僕に植え付けていた。アブラゼミに僕の性欲を誇示してやろうとも考えたが、十分な性欲が湧かなかったからやめた。

ジョンの家に向かうジョンの足は軽やかで、僕の足は対照的に重かったが、なんとか同じペースで歩みをすすめた。


大学の丘の南側についた。築20年ほどを想定される住宅街の中にジョンのアパートはあった。それは学生が住む機能のみに集中されて建てられたのか、なんの特徴もない四角くて白いアパートでベランダにある手すりはやはりステンレス色をしたステンレスであった。


僕はジョンについていき、2人がすれ違うのも難しそうな階段を上がりジョンの部屋のある2階へ上がった。

2階には4部屋あるがその前の3部屋を通り過ぎ突き当りのドアのドアノブへついている鍵穴へ慣れた手つきで鍵を入れ開錠した。鍵には僕の知らないキャラクターがピースサインをしているキーホルダーついていた。そのキャラは僕の知らないキャラから僕の見たことのあるキャラへと昇進を遂げた。


ジョンの部屋は綺麗である。

友人が来るから急ごしらえで片付けたような綺麗さではなく、使用したものがすぐ片付けられるよう試行錯誤された結果の状態が保たれている印象である。

おそらく彼の実家もそうだろうし、自然と彼はそういうことができるタイプなのである。

しかし、彼はこの洗練されたワンルームの部屋に僕以外の人間を呼びたがらなかった。

僕は、彼が茶髪のパーマやピアスの魔法の力で辛うじて陽キャを保っており、この部屋を他人に見せることでその魔法が解けてしまうものと勝手に勘ぐっていた。


「おい、人の部屋をじろじろ見んなよ。ビールでいいよな」


彼はそう言い、センスの良い無垢のテーブルにビールを置いた。

心なしか、缶ビールは僕の家のものと同じメーカーだったが洗練された空間にいるからか、得意げな表情を浮かべていた。


「飲むぞー」


そう言ってジョンは片手でプルタブを引き、”プシュ”という心地よい音を立ててビールを高々と上げた。

その動作に催促されるように僕はビールのプルタブを引いた。


「乾杯」


ビールの刺激的な炭酸が僕の喉を通る。その爽快感とともに、心は落ち着きを取り戻し、目が少しチカチカした。


気づけば昨日は久々に酒を飲まなかった。


「ほーら飲みたかったんじゃねぇか。お前はそういう男なんだよ。」


そういうと彼は大げさに笑った。

彼のピアスが部屋のライトを反射し、僕の網膜を挑発した。


「ところで、昨日の用事ってなんだよ。焼肉を断る程の用事がお前にあるとは思えないけどな」


ジョンにはこういうところがある。

相手の感情を読んで行動ができない。

僕は思う。見様見真似で夢にまで見た陽キャになれたと思ったら大間違いで、陽キャは陽キャなりのルールというものがある。

ただテンションが高ければいいというものではない。

相手との距離感を理解した上で道化けたふりをして場を明るくさせるのだ。

彼のような中途採用の陽キャにはそれができなかった。


「チンパンジー見てたんだよ!ひとりで!」

「は?なにそれ」


適当な話を作り話題をそらせばそれでいいことを僕は理解していたが、言葉を探す煩わしさに無性に嫌気が指し、なにも考えず事実を答えた。

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