第2話 チンパンジーと僕
翌日僕は大学へ向かった。大学へ行くと昨日バーベキューを欠席した理由を様々な人から聞かれると思うと憂鬱だった。
大学は僕のアパートから歩いて10分程度のところの小高い丘を人工的に切りくずして作成されている。
大学といえども、医療系の資格所得を目指すキャンパスで道行く人はよくこの大学を市立高校やら社員寮やらと間違える人も多かった。中には大学の偏差値の低さからあえてこの大学を中学校呼ばわるするやつもいると風の便りで聞いたことがあるのだが、実際2次方程式の解の公式をいつ使うべきかわからないままこの大学に合格した僕に反論の余地はなかった。
大学の授業は退屈なものだった。
医療系の国家資格を取るための学校を大学にするために、国家資格受験に必要ないカリキュラムの授業を大学側がしぶしぶ作成し、私たちはしぶしぶ講義を受けていた。
チャイムが鳴った。この中学校。もとい大学はチャイムが鳴るのだ。
大学の講義という、この世で一番生産性の低い時間が終わり、形式的に開いていたノートを閉じた。
「昨日の急用ってなんだよ!女か?」
少し目を離すと忘れてしまいそうなくらい特徴のない顔に大学生の代名詞ともいえる茶髪パーマを乗せた男が話しかけてきた。
軽音楽サークル長のジョンである。
この男は、典型的な大学デビューした男だと推測している。
彼のハイテンションは、輝きの強いピアスと、あの茶髪パーマがそうさせているのである。
もちろんジョンは本名ではない。音楽活動をしていると、お互いをカタカナで呼び会いたくなるらしい。
そもそもうちのサークルは音楽活動を殆どしていないが、楽器の練習より、そういう文化のほうが価値あるものと信じられていた。
「いや、ちょっとね...」
僕は言葉を詰まらせた。
いつもなら適当な方便でその場をやり過ごすのだか、適当な言葉を探す労力がわかず、月並みな返事をした。
「なんだよ女でもできたのか」とジョンが卑猥な笑みを浮かべて言う
「いや相変わらずいい出会いがない」と僕は言った。
「女っていうのはな自分から取りに行くもんなんだよ。なんでもそうだろ?必要なもの。例えばセロテープやのり、ティッシュだって俺たちは百円均一ショップへ買いに行かないといけないんだぜ?女だってそうだろ?必要なら女がいるところに行かないとな」
「それでジョンには彼女はできたのかよ」
「いや、いねぇよ。俺はなまだ女遊びがしたいから、落ち着きたくねぇんだよ」とジョンが言った。ジョンの耳のピアスがジョンの動きと合わせて得意げに揺れていた。
「それよりさ、昨日バーベキューで肉を買いすぎたんだよ。だいたいバーベキューのとき肉をちょうどよく買えるやつなんているか?いねーよな。そういう専門的なことを学ぶ大学とかにいかねぇとそういう技術は身につかねぇんだろうな」
「どうだろうね、だいたい買いすぎるよね」
そんな大学などなさそうだと思いつつも、ツッコむとめんどくさそうなので適当に返事をした。存在してもうちの大学よりは偏差値はいいはずだ。
少なくとも肉の量をちょうどよく買えるやつは、2次方程式の解の公式を必要な時に必要なだけ使うこともできるのだろう。そんなどうでもいいことを考えているとまたジョンが話しかける
「そこでだ。今日は余った肉で2人で宅飲みをしようや」
いつもなら二つ返事で承諾するが、今日は躊躇した。
自分でも不思議だった。ジョンが嫌なのではない。飲み会や会食という、お互いの身の上話を語り合う場に煩わしさを感じた。
そもそも飲み会は、楽しい事なのか、楽しいとされている事なのか。
たが断るための良い言葉が見つからない。
断るための言葉を探そうとすると、昨日会ったチンパンジーのモナがなぜか想起され僕の思考を邪魔した。
言葉のいらない世界に憧れが増した。
居心地の悪い沈黙が続いた。
「なんだよ、黙ってよぉ、行くぞ。」
僕は返事を待たずに講義室を出ていくジョンにしぶしぶついて行った。
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