第17話 発動の条件

「エイタさん、あいつ何者なんすかね。てか、エイタさんもあいつの事知ってる風な感じでしたけど。俺もどっかであの動き見たことあるような気がするんだよなー」

「わからない。ただ、奴は犬の怪人の事を知っているような感じだったし、もう出てこないとも言っていた。No.2の言っていた通り奴らの仲間の可能性もまだ考えられる」


 リョウヘイは缶コーヒーを開けながら頷く。


「たしかに、犬の怪人の動きとか知っているような感じでしたもんね。仲間か、ありえるっすね」

「ああ」


 あの動きは確かに俺も見たことがある。マイの動きにどこか似ている。マイがよく家で練習していたあの動きに。

 俺はソファに深く腰掛け、先ほどの報告の場面を思い出していた。


 俺とリョウヘイは犬の怪人が逃げ出した後、すぐにNo.2へ報告を行った。ちょうどNo.2も気になっていたようで、本部に戻るとすぐにNo.2の部屋へと呼ばれた。


「それで、君たちはあの人物が誰か知っているのかね」


No.2は窓の外から下を見下ろしながら俺たちに問いかける。

俺はその問いに首を横に振りながら答える。


「いえ、知りません。声もボイスチェンジャーを使っているのか、性別すらも判別することはできませんでした」

「俺も同じ意見っす」


No.2はしばらく考え込んだ後、


「そうか」


とだけ答えた。


「その人物が敵か味方かわからない以上、警戒する必要があるな。今回怪人を追い払ったからと言って味方であるとも限らない。例えば、犬の怪人の暴走を止めに来たとか、勝手な行動を辞めさせに来たとかね。いずれにせよ、少し警戒する必要もあるし、次来たときはその正体を探る必要があるかもしれない」

「そうですね。すいません、俺がきちんと確保できていれば・・・」

「それは仕方ない。相手も相当な手練れだったと見える。エイタ君も本気ではなかっただろう」

「次は必ず捕らえます」

「たのんだよ」


 No.2は相変わらず窓の外を見たままだ。一度もこちらを見てはいない。何を考えているのだろうか。


 俺とリョウヘイは部屋を出た。何か変だ。いつもと様子が違った。でもその理由は何もわからなかった。それをリョウヘイも感じていたようだが、その理由まではわからなかったようだ。


「明日こそ二人が帰ってくるって言ってたっすね」

「あ、ああ」


俺とリョウヘイが「失礼します」と、部屋を後にしようとした。その時、


「そうだ、君たちの仲間二人は明日復帰するそうだよ。本来はあの戦いに合流する予定だったんだがね、少し間に合わなかったみたいだ。」


とNo.2は俺たちに告げた。それも外を見たまま。


「そうですか。ありがとうございます。失礼します」


俺たちはそうして部屋を後にし、この場所で話をしていた。


そう、No.2から聞いていた。ガンジュとユリ、二人ともまさか復帰できるとは。しかもこのスピードで。おまけに現場に復帰してくるとは思ってもみなかった。


「楽しみっすね」

「そうだな」


 俺は缶コーヒーを飲み干す。視線を感じる。リョウヘイがこちらをじっと見ていた。


「なんだ」

「なんか、エイタさん変わったすね」

「何がだ?」

「なんか、雰囲気っていうんすかね。前までは俺が俺がって感じだったのに、もう少し柔らかくなったというか、丸くなったというか。前はマイさんの復讐で満たされていたというか」

「今も変わらん。俺はマイの仇をとるだけだ」

「俺、前のエイタさんも好きだったすけど、今のエイタさんも好きっす」


 俺は背中に悪寒が走り、リョウヘイとの距離を空けた。


「いやいやいや!!そういう意味じゃないっすよ!!!!勘違いっす!!!俺はエイタさんにずっと憧れてますけど!そういうことじゃないっす!ただ、俺もこんなにエイタさんと話せると思っていなかったからうれしいんすよ」


 俺が変わったか。今でも怪人を全員漏れなく排除すること、殲滅することは常に考えている。マイのため。それは変わることはない。だが、自分自身でも何かが変わった気がする。自身ではうまく言えないが、たぶんそんな気がする。


「よし、俺は部屋に戻って少し休むっす。今日はあんまり戦ってないんで疲れてはいないっすけど、今のままじゃダメな気がするんでもう少し戦略を練りながらっすね」

「そうか、わかった。俺もこの後トレーニングするよ」

「じゃあ、また明日」

「ああ」


 リョウヘイはくるっと俺に背を向け部屋に戻っていく。俺も今のままでは戦えない。リョウヘイと同じ意見だった。俺ももっとオーラを扱えるようにしなければ。出るか出ないかわからないものを当てにしていては博打しながら戦うようなものだ。それでは蛇の奴を倒せない。なにか、何かが足りないんだ。だが、何が足りない・・・?いくら考えど答えは出なかった。いつも同じところをぐるぐる思考が回っては同じところに行きつく。体の感覚に頼ろうとも、踏ん張ったからと言って出るもんでもない。


「何が足りないんだ・・・」


答えは未だに闇の中だった。

俺もひとまずトレーニングをすることにした。答えが出ない中でやるべきことは一つだ。今よりも強くなること。オーラが出ないなら、出ないなりにやれることはあるはずだ。俺は腰を上げ、トレーニングルームへと向かう。


 一通りトレーニングを終え、俺は椅子に腰かけていた。いつものようにマイとの思い出を少し思い出しながら。すると、


「まだ戦い方がわからないんだ」


前にも聞いた声だ。どこからか聞こえてくるが、目をつぶっていてはわからない。俺は顔を上げ周囲を見る。相変わらずその声の主の姿はない。


「なんだ、誰なんだ。どうして姿を現さない。本当にマイなのか?」

「今の戦い方じゃ間違いなく死ぬよ」


その声の主は俺の質問を無視し続けた。


「それは俺もわかっている。だが、これ以上どうしろって言うんだよ!!いくらやっても自分の意志じゃ出ないんだよ!!俺だって考えてる!」

「闇雲に出そうたって出るわけないでしょ。それにあんたの身一つだけではね。戦いのときをよく思い出してみて」

「戦いのとき・・・、身一つでは無理・・・。そうか、スターゲイザーか」

「そう、あの力はスターゲイザーを通じてあなたに宿っている。そして、そのスイッチは、あなたの心。もっと言えば愛。それをスターゲイザーは感じ取り、それに呼応するの。ある一定の心の大きさに反応してね。今まではどうだった?」

「今までの・・・?愛なんて一つも感じたことはない。マイは死んでいるんだ」

「確かにそう。マイが死んでからのエイタは愛というものを間違えていた。見失っていた。でも、敵と戦ううちに愛というものが何か、直感で感じていた、あんたの心がね」

「でも、今マイはいない。愛に呼応するって・・・」

「愛は、好きな人に対するものだけじゃない。仲間を守りたいと思う気持ちだって立派な愛と言える。違うか?」

「仲間を守ろうとする気持ち・・・」


 それ以上の返答はなかった。仲間を守ろうとする気持ちも愛と呼べるか。納得はできなかったが理解はできた気がする。だが、これをどうやって操るというのだ。原理がわかったからと言ってそう簡単に出せるものなのか。余計に分からなくなる気がした。


「愛か・・・」


 それなら、敵のオーラはなんだ?あれも愛だとでもいうのか?奴らにも心が?確かに、オーラを出す奴らはネメアとこの前の犬、どちらとも人の言葉を操っていた。ということは・・・、蛇の奴もオーラを使う可能性があるということか。

 いくら考えても答えは出なかった。いや、答えは出ていたのかもしれない。だが、その答えがわかったところで心が素直にそれに従わなかった。俺が仲間に愛があるなどと。


 俺はトレーニングルームを後にした。どうか誰にも、特にチームの誰にも今は会いたくなかった。その願いが通じたのか、幸い部屋に着くまで誰とも会うことはなかった。俺はすぐにベットに横たわる。


「なんだこれ」


 右手に何か当たる感触がある。何かの紙か?俺はそれを感覚だけで掴み、目の前に持ってくる。どうやら写真だ。ポケットから落ちていたらしい。


「マイ・・・」


 それはマイとの思い出、クリスマスの日ショッピングモールのイルミネーションを見に行こうと言われ一緒に行った時に撮った写真だ。真ん中に大きな木が映っており、それはこのショッピングモールができた時に移植したものらしい。今でも立派にそびえたっているらしい。その木がクリスマス仕様になり、人々を照らしている。そのうちの二人が俺とマイだった。

 初めて見るイルミネーションはとてもきれいだった。マイに誘われるまではそんなもの興味はなかった。光っているのを見に行って何が楽しいのか、まったくわからなかった。が、マイと行った時は違った。その感情は間違いだと気づかされた。イルミネーションはこんなにも素晴らしいのか、感動するのか、とマイよりも興奮したい気持ちを必死に抑えて、「まあまあいいね」と言った。マイはそれを見透かしたように微笑み、「でしょ」と笑顔で俺に言った。


 でも、今の俺がイルミネーションを見に行っても何も感じることはないだろう。隣にマイがいないのだから。

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