第14話 思い
ネメアとの戦いからしばらく経ったが街に怪人が現れる様子はない。これはあくまでも俺の予想なのだが、怪人たちもネメアが倒されると思っていなかった。もしくはNo.2が出てくるとは思っていなかったのではないだろうか。俺がヘビの怪人と同じくボスなら体制を立て直そうとするだろう。
「映像見たぞ。まだまだだな。甘すぎる」
「俺はもっと強くならなきゃいけない」
じいちゃんとの組手の中で俺は何度もネメアとの戦いを頭の中で繰り返す。何が足りなかったのか。どうすれば勝てたのか。
「お前の仲間も弱すぎる」
じいちゃんだけじゃない。ネメアとの戦いはすべての人間が確認できるようになっている。いや、できるようになってしまった。という方が正確かもしれない。
あの戦いはその後ネットで拡散されていった。どうやらあの日動画配信者がショッピングモールに来ていたようで、怪人から逃げる際にカメラを設置してから逃げたらしい。そのせいで俺たちの戦いは全世界に配信されることとなった。
その結果、No.2があのような会見を開くこととなったのだ。そしてそれによりNo.2の弱体化という事実が世間を不安に駆り立てた。おまけに俺たちのやられているシーンが露呈している。
「俺はどうすればもっと強くなれる。何が足りないんだじいちゃん」
俺の攻撃をすべていなしながらじいちゃんは黙ってじっとこちらを見る。まるですべての攻撃、すべての行動が見透かされているみたいだ。この俺の焦りさえも。
「まだ囚われている。それでは力は出せん」
「囚われている?なにに?」
じいちゃんはその先の答えを教えてはくれなかった。囚われている。とはどういう意味か。じいちゃんの攻撃を受けながらではとてもじゃないが考えることはできなかった。
俺はじいちゃんがMATに加わって一緒に戦えば余裕で勝てるんじゃないか?と思った。俺ですら全くかなわないのだ。おそらくネメアも簡単に倒しただろう。
「大切なのは心だ。技術、体力は普通の人間よりかはある。怪人どもを倒せる能力はあるのだ。あとは足りない部分に気づくだけ」
「でも、奴らは不思議な力を使うんだ。俺もだけど・・・。それをどうにかしないとこの先の戦いは難しい気がする」
「心・技・体。武道においても、それ以外においても。これらが重要だ。それはお前の言う不思議な力とやらにも当てはまる」
「心・技・体か・・・。じいちゃん昔からそれ言ってたよね」
じいちゃんは最後に真っ直ぐ俺に向かって拳を繰り出し、寸でのところで攻撃するのをやめた。遅れて「ぴゅっ」と風が来る。そしてその腕おろし深々と礼をした。
「・・・ありがとうございました」
俺は礼を言うので精一杯だった。最後のじいちゃんの攻撃は防ぐことができなかった。気づけば目の前にあった。
「まあ、やれるだけやってみろ」
そういうとじいちゃんは家の中へと入っていった。俺はじいちゃんの言葉を頭の中で復唱し、答えを探した。が、いくら探しても見つからなかった。心・技・体を整えること。それが怪人との戦いにおいて大切なのだろうか。
俺はじいちゃんに一言かけ、家を後にした。じいちゃんは少しうなずくだけだったが、それはじいちゃんなりの激励のように感じた。
MATに戻ろうかと思ったが、俺は隣の家に立ち寄った。隣の家。それは・・・マイの家だ。あの日以来来てはいない。いや、来ることができなかった。俺の足がここに来ることを拒んでいた。だが、なぜか今は勝手に進んでいく。
家のチャイムを目の前にした途端、急に鼓動の音がうるさくなった。それまであんなに調子よく動いていたはずなのに。俺は迷った。押すべきか押さないべきか。
「なにしてんの?入ればいいじゃん」
俺は「ばっ」と振り返る。そこに立っていたのはどこかマイの面影がある、マイの姉だった。目元もあたりが特にマイに似ている。どことなく声も。
「アマネ・・・」
「見てたけどいつまでも入ろうとしないし、おまけに帰ろうとしてたでしょ」
「いや、でも・・・」
「入んなよ」
俺は促されるまま足を踏み入れた。そこには見慣れた風景が広がる。どこか、当時に戻ったような気分を感じる。懐かしいにおいがする。
「ただいまー」
「おかえり」
「エイタ来てるよ」
「エイタ君?」
左手の居間へと繋がる部屋から人影が出てくる。それはマイとアマネのお母さんだった。最後に会った時から少し時を重ねたように見えたが大きくは変わらない見た目だ。
「お久しぶりです。おかあさん」
「久しぶりね。いつ以来かしら。とりあえず入って」
「いえ、たまたま近くにいただけですから・・・。すぐに帰ります」
「いいのよ、遠慮しなくても」
「そうだぞエイタ。とりあえず入りな」
そう促された俺は断るすべもなく、靴を脱ぎ家に足を踏み入れる。どことなく、足が重く感じる。まるで何かがまとわりついてるみたいに。
俺はそのまま二人のいる今まで進んだ。おかあさんはせっせと飲み物を用意してくれている。
「これね。最近話題のやつなの。テレビで見てからはまっちゃって。おいしいのよ」
そういいながらコップに注いでくれる。ラベルから見るにどうやらどこかの県のぶどうジュースのようだ。
「ありがとうございます」
確かにうまい。俺が飲んだ中でも最上級に。俺の緊張は気づけばなくなっているのを感じた。
「最近はどう?順調?」
「いえ・・・、まだ・・・」
「テレビなんかでたまに見るわよ。エイタ君の活躍。すごいわね」
「全然だめなんです今のままじゃ。今のままじゃマイのためには・・・」
「だめよ自分を責めちゃ。あなたの責任なんて何もないんだから。無理しなくていいの。あなたが頑張ってくれているのは十分わかってる。それはマイのためでなくて、人々のためにね」
俺は急に前がかすんで見えなくなった。それと同時に手の甲に大粒の水滴がぽつぽつと落ちてくる。ついには声まで漏れてしまう。おかあさんが優しくさすってくれる背中は俺の水滴の量を無限に増やしていく。
二人はその間何も言わずにいた。だが、その空気感は気まずく、重たいものではなく、どこか温かい優しい空間だとすぐに分かった。
「せっかくだから、マイにも手合わせてあげて。お父さんも一緒にいるから」
「そうですね。そうさせてください」
俺は目を拭い、手元のぶどうのジュースをぐっと飲みほして立ち上がった。それに合わせておかあさんも一緒に立ち上がる。
「場所は・・・、わかるわよね?」
「はい、覚えています」
俺がマイに手を合わせるのは、もっと言えばこの家に来たのはあの日以来、そう、マイが死んでから初めてこの家に訪れた時、そしてNo.2に初めて会った時だ。
俺は今を抜け、反対側の仏間へと移動した。そこにはマイとお父さんが二人並べられている。お父さんはマイがなくなるよりも少し前に亡くなった。交通事故が原因と聞いている。
「マイ・・・」
いつも写真で見ているし、夢でもあっているはずなのに、ここで見るマイの写真はどの写真とも違って見える。俺は再び悲しみが全身を駆け抜け、抑えきれず、つい膝から崩れ落ちてしまった。
俺は何とか自身を動かし、線香を手に取る。ろうそくに火が灯がともっていた。おそらくアマネがつけたのだろう。俺は火に線香を近づける。あの独特のにおいが鼻の奥に、脳まで届く気がした。線香皿にはすでに一本の線香が置いてあった。
俺は手を合わせ、マイに心の中で話しかける。いつもやっているつもりだったが、いつもより繋がりが強く感じる。
「マイ・・・。俺は必ずお前の仇をとるからな」
俺は思わず呟いていた。
「どうなの。勝てそうなの?」
後ろを振り返るとアマネが立っている。俺に問いかけてきたのはアマネのようだ。
「今のままでは・・・。もっと力が必要だ。このままでは敵のボスには、マイの仇には勝てない」
「そっか、そっか。もっと力が必要なのか」
「ああ。この先は今よりももっと、人間の力を超えた力が必要になると思う」
「人間を超えた力。この前の戦いみたいなやつか。確かにあれは人間の力を超えていたな。エイタも含めてね」
「そうだ・・・。あの力をもっと使いこなせなきゃダメなんだ・・・」
俺は自分の非力さに再び嘆いた。俺にもう少し、いやもっと力があれば解決するのに。チームのメンバーも守れる。No.2の代わりにも戦える。何よりマイのために戦える。それなのに・・・。どうすればいいんだ。
「まあ、戦いはよくわからないけど、今のエイタは頑張ってるよ。もう少し自分を認めてやる、自分を見つめてみた方がいいんじゃないか?自分を責めすぎているように見える」
「いや、俺がもっと強ければこうはならない。この前の戦いも」
ふーっと息を吐く音が聞こえた。
「覚えてる?エイタとマイがまだ小さかった頃、小学生だったか。あんたたちのクラスメイトが中学生に喧嘩吹っ掛けられたんだよ。その時どうしたと思う?エイタ、あんたが真っ先に中学生に向かっていったんだよ。この家でマイと遊んでいる時に同級生が助けを求めに来てね」
「そうだったか?」
俺は全くその話を覚えていなかった。当時の俺はなんでもできると思っていたし、何にでもなれると思っていた。確か・・・。No.1に憧れていた頃か?
「ぼろぼろになって帰ってきてね。私はマイがやられて帰ってくるんじゃないかと思ってヒヤヒヤしていた。当時すごく焦ったのを覚えている。私は何もできなかったからね。そしたら、マイは無傷だった。『エイタが守ってくれたのって』あの時からマイはあんたにベタ惚れだったよ」
マイはそのまま話を続ける。
「まあ、私が言いたいのは、エイタは昔から誰かのために力を使える子だってこと。そのためには自分を犠牲にもできる。ただ、今は自分を犠牲にしようと追い込み過ぎているんじゃない?もっと気楽でいいんだよ」
「でも、俺がやらなきゃいけないんだ」
「それだよ。確かにあんたが強いのは間違いない。でも、仲間もいるんだろ?それはチームのメンバーだけじゃない。組織の人間もだ。みんなと一緒に戦えばいいんだよ。一人で抱え込む必要はない」
「・・・そうか」
俺は少し納得できず、反応に困った。確かに以前の俺のように俺一人で戦ってはダメだろう。あの頃はうぬぼれていた。だが今は、敵の力に対抗できるのは俺だけだ。俺がやるしかないと考えるのは当然ではないだろうか?
「そろそろ戻りな。やるべきことがあるだろ」
「そうだな。いろいろとありがとう」
アマネはそう言うと、おかあさんと玄関まで見送ってくれた。
「エイタ君、いつでも来ていいからね。お父さんも、マイも喜ぶわ」
「ありがとうございます。ジュースおいしかったです」
「無理だけはするなよ」
俺は玄関を出て手を振った。いつぶりだろう、こんなのは。少し家族の温かさというものに惹かれた。俺も両親が生きていればこんな感じだったのだろうか。
不思議な感覚を胸に俺はMATへと歩き出す。不思議と心は軽かった。
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