第5話 シカの怪人
ユリは思っていた以上に早く戻ってきたようだ。やはりスーツの力は凄まじい。噂ではこのスーツを量産することで市民の安全を確保しよう。と考えているらしい。
「エイタ、この前はありがとうね。エイタいなかったら私死んでたかも」
ユリはそう言いながら俺に微笑み、紙袋を渡してきた。
「これねお礼のクッキー。この辺じゃちょっと有名なんだけど運よく買えたかららお礼にあげる」
「いらない。俺には必要ない」
「あら、甘いもの苦手だっけ?そっかー、じゃあ今度別の物持ってくるね」
ユリはそう言うと俺の部屋を後にした。
いつからだろうか、甘いものを口にしなくなったのは。あれは、大学生の時か?
「あー、またケーキ食べてる!よくもまあ飽きずに毎日食べれるよね」
「好きだからしょうがないよ。食べれちゃうんだもん。マイは全然食べないよな」
「私はねー、毎日は無理。でも特別な時に食べるケーキは好きかなー、例えば記念日とか?」
「記念日?なんの記念日?」
「え、エイタ忘れてる?明日私たちが付き合って5年になるんだよ?!信じられない!」
「嘘だよ・・・。あ、ほんとだ。しまった・・・」
「あーあ、やっちゃったねエイタ君。これは特別盛大にやってもらわなきゃなー」
「改まっての記念日なんて忘れちゃうんだよ。何か欲しいものでもあるの?」
「ん-、そうだなー・・・。じゃあ、エイタの一番のお気に入りケーキ買ってきて!今までで一番気に入ったやつ!それを一番大きいサイズで!」
「一番のお気に入りか・・・。よし!僕に任せてよ」
「任せた!楽しみだなー」
結局次の日マイが家に来ることはなかった。そう、忘れもしないあの日からだ。あの日を最後に俺は甘いものを食べていない気がする。
マイが死体となって見つかったのは記念日の日だ。僕らにとって最高の一日となるはずだった日は俺にとって今まで生きてきた中で史上最悪の日と変わり果てたのだ。
「お気に入りの店か・・・」
それがどこだったかもう忘れてしまった。自分の中の奥深くにあの日の記憶と共にしまったままだ。俺は一瞬引き上げられそうになったその記憶を再び奥底へとしまった。
ブブーーー!!!ブブーーー!!!
俺は閉じかけていた目を覚ましすぐに起き上がる。
ようやく次が来たか。待っていたよ。ちょうど嫌な記憶を思い出された時だ。お前でこの気持ちは払わせてもらう!
そう考えながら俺はスタンバイルームへと駆け込んだ。
今日は俺が一番乗りか。ちょうどいい。
俺はすぐに着替え、スターゲイザーと共に下へ降りる。目の前にはいつもの車がある。が、今は一人だ。俺は車ではなくその奥へと歩く。そこにはバイクが置いてある。黒く塗られたフルカウル、最高速度は時速400kmを超える。恐らく普通の人間が扱うには持て余す、簡単には乗れないだろう。つまりは訓練されたMAT仕様となっている。
俺はバイクに跨り気持ちを静める。よし、行くか。俺はエンジンをつけクラッチを切る。何度かアクセルをふかし発進する。
「あ、エイタさん!ちょっと!先に行かないでくださいよ!」
俺はすぐにフルスロットル、最高速までスピードを上げた。街は当然のように車が走り人が歩いている。俺はサイレンを鳴らすがこのスピードだ、反応できない市民も当然のようにいる。だが、このバイクに備わっている危機察知能力と俺の反射神経、動体視力を合わせれば避けることなど造作もなかった。
現場は道路のど真ん中だった。多くの人が車を置いて一目散に逃げていく。
「今度は・・・、シカか?」
この渋滞の先に奴はいた。頭には大きな角を生やし、全身が茶色でおおわれている。車に対して攻撃をしており、車を踏み潰すように車の上を縦横無尽に駆け回っている。
俺はすぐにバイクから降り、シカの怪人に近づいた。すると、シカの怪人はこちらに気づいたのか、じっとこちらを見ている。ただ真っ直ぐにこちらを見つめる。俺が二、三歩近づいたところでそれは変わらない。
「なんだよ、余裕だって言いたいのか?」
俺はすぐに駆けだした。奴との距離は一気に詰まっていく。
「キューーーーー!!!」
シカの怪人は突然大きな声を上げ、こちらに迫ってきた。その大きな声を合図に奴の角は形を変え大きくなり、生え方も正面を攻撃するのに特化する形へと変化した。
「面白い、やってやるよ」
俺は背中に収納していたスターゲイザーを取り出し構える。その距離が10mほどになったところでシカの怪人もこちらに飛び出してくる。俺はそれに合わせてスターゲイザーを振りかぶり振り下ろす。奴の角を破壊するのが狙いだ。この角があったのでは簡単に近づけないだろう。が、俺の思惑通りにはいかなかった。奴の動きが想定よりも素早かったのかスターゲイザーの威力が最大になる前にその角に当たってしまった。いや、止められてしまったというべきか。これでは破壊するほどの威力は得られない。が、多少のダメージはあったのか、シカの怪人も少しよろけた。
「エイタさん、避難完了したっす!!」
「次はシカの怪人なのね」
「よし、各人配置につけ。リョウヘイは遠距離から、ユリは俺と共にエイタの援護だ。ユリ、まだ本調子じゃないだろう。無理はするなよ」
「優しいのね。でも大丈夫。それに相手はシカでしょ?私の出番かもしれないし」
どうやら3人とも現場に着いたようだ。チッ、俺一人でやろうと思ったのだが。奴らがここに来る前に片づけるか。
俺は止められたスターゲイザーを再度振りかぶり、シカの怪人目がけて振り下ろした。しかし今度は当たらなかった。奴は後ろに「ぴょい」と跳びこちらの攻撃を躱してきた。面倒だな。チームの奴らが着いてしまう。
俺は再びスターゲイザーを構える。今度の狙いは角ではない。その腹だ。シカの怪人はシカそのものではなく、人間と同じ二足歩行をしている。つまりはその腹も四足歩行の時とは違いがら空きだ。俺はスターゲイザーを横に振る。これは俺の最も得意な攻撃だ。プロ野球選手よりも早く振ったそれは当たらなかった。シカの怪人は突然俺の目の前から姿を消したのだ。なにが起こった?
「エイタ!上!」
ユリの声で咄嗟に上を見た時にはシカの怪人は俺を踏み潰そうとしていた。ふくらはぎに思いっきり力を入れ前方に跳んだのち転がった。ズドンッという鈍い音と共に地面に振動が伝わる。
なんだよその威力。俺は思わず笑ってしまった。今直撃していたらイノシシの怪人同様、病院送りにされてしまう。俺はすぐに立ち上がった。
「全員、今のだけは喰らうなよ!いくらスーツを着てるとはいえ交通事故にあったくらいのケガは避けられなさそうだ」
そう言いながらガンジュとユリが怪人を挟んで俺の正面に現れた。つまりは挟み撃ちの状態だ。シカの怪人はそちらを向いて最初のようにじっと見つめている。敵が増えたことに驚いているのか?気を取られている今がチャンスかもしれない。
奴の機動力を奪うのが先だな。俺はそう考えスターゲイザーを低く構え、シカのように折れ曲がったその足を狙った。
が、次の瞬間、シカの怪人は小刻みに跳ねはじめ小さく回り始めた。俺をはじめチームの全員が混乱した。これは何をしているんだ?俺がそう疑問、いや全員が思っているであろうその瞬間にガンジュが全員に伝える。
「何か来るぞ。油断するな」
シカの怪人は少しずつ大きく回り始めたと思った次の瞬間、
「キューーーーン!!!」
と大きな声をあげながら大きく跳ねた。俺はすぐにスターゲイザーを構えなおした。が、シカの怪人の行動は攻撃ではなかった。全員があっけに取られていたその隙をついて逃げ出したのだ。
「チッ!!やられた!!」
俺はすぐに追いかける。が隙を突かれた何秒かの間に俺とシカの怪人との差は大きく開いていた。くそ、逃げられた!!
「あれ?なんで逃げたんすかね?」
「んー、もしかしたら鹿と一緒で臆病なのかも。だからこの人数相手に勝てないと判断したのかもね」
「なんにせよ、相手は無傷だ。イノシシの時とは違う。引き続き警戒はしておこう。本部にもそう伝えておく」
クソッ!!こいつらが来なかったらやれていた。こいつらが来たからシカの怪人は逃げ出したんだ。俺はチームに対して大きな怒りを覚えた。お前らが来なくとも俺は怪人を倒せる。余計な時間を使わずに済んだはずだ。俺はこのやり場のない怒りをどこにぶつけるべきなのか分からずにいた。
MATに戻りNo.2に報告をすると、No.2は少し難しい顔をした。
「そうか、逃げてしまった。いや、逃がしてしまったか。できれば最初の戦いで敵を倒したいところだ。戦いが長引けば長引くほど市民が不安にもなるし、被害に遭うかもしれない。それを守るのが我々の仕事だ。それはわかっているかな?」
珍しくNo.2が怒っているように感じた。
「逃げた原因は・・・、恐らく数的不利を察知しての事だろう。イノシシといいシカといい、怪人はどうやら動物がモチーフになっているようだ。それであれば彼らに動物的な本能、習性が残っていたとしても何ら疑問でもない。そういうことだろう」
No.2はデスクの上の地球儀?のようなオブジェを指で触りながら続けた。
「なんにせよ、これ以上怪人を野放しにしておくことはできない。これ以上野放しにして被害が増える。なんてことになると国からの印象も悪いからね。そうなると君らの武器や給料だって影響しかねない。すべては君たちにかかっているんだよ。すまないが任せた」
そう言うと、地球儀を今まで以上の力でなぞりすごい速さで回した。今にも部品が取れるのではないかとヒヤヒヤしながら見ていた。
俺たちはNo.2の部屋を後にした。
「ん-、どうしたら逃げられずに済むんすかね?きっと全員で戦ったらまた逃げられる可能性は大いにあるっすよね」
「そうだな。なにか作戦を考えなきゃいけないかもしれないな。少しミーティングをしようか。いいか?エイタ」
「俺が一人で戦って倒せばいいだけだ。作戦なんてない」
俺はそう言い皆が向かうミーティングルームとは別にトレーニングルームに向かった。
「エイタ、あなたが強いのもわかるし、イノシシの怪人を倒したのも事実よ。でも、協力しないと倒せないわ。あの攻撃見たでしょ?」
「関係ない。俺なら倒せる」
俺はそちらを見ずに言う。お前たちが居ようと居まいと関係ない。俺一人で敵を倒し殲滅する。初めからそう決めていいるのだ。マイが死んだその日から。
俺は次のシカの怪人との戦いに備えるべくトレーニングルームに歩く。次こそ俺が仕留める。一匹残らず、逃がしはしない。
「そんな怖い顔して、気を張り詰めてたら勝てるものも勝てないよ」
またあの声だ。この前のトレーニングの最中にも聞いた声。どこから聞こえているのかはわからない。が、どこか聴き馴染みのある声。
「うるさい。俺は勝つだけだ」
謎の声からの返答はなかった。ついに俺は頭がおかしくなったんだろうか。まだそんな冗談を言える自分自身に俺は思わず笑ってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます