第5話 出会いと導き [中]

その自信は本来ならば命取り。無謀そのもの、自信過剰。


バジリスクに出くわした時に恐怖のタガが壊れたか、

あるいは元々こうだったのか。


答えは後者である。彼は幼少から剣術を叩き込まれてきた。

その成果かアマギは、自分自身を落ち着かせ、奮い立たせる技能に長けていた。


アイリス「そう・・・下がっていなさい。これは普通の獣じゃない、歴とした魔獣よ。どう対処してもこっちを襲ってくるわ!」


そう言い切るが早いか、目の前の猛獣が突然突進してきた。


アマギ「うぉっと!?」


横へ跳躍してかわすアマギ。対し、アイリスは木の上に跳躍して退避していた。


アイリス「下にいると危ない!早く上がって!」


弓を構えながら注意するアイリスだったが、アマギにそんな余裕は無い。


アマギ「素早い・・・!」


急ターンで向きを変え、再び突進してくるまで一秒。

確かに普通の熊ではなかった。


アマギ「ふっ!!」


ヒグマの上を跳んで躱す。同時に、刀を振り背中に一撃叩き込む。

空中で身を捩り、斬りつける。

毛皮を切開し、脂肪と筋肉の集まる体躯へ痛みを刻み込む。


アイリス「危ない!」


怒った魔獣が腕を振るう。

振われた腕を、彼女は正確に撃ち抜いた。


恐るべき動体視力と射撃の精度。これにはアマギも驚く。

魔法のなせる技なのか、それとも純然たる彼女の弓の腕前なのか。


アマギ「・・・助かった!」


魔法で強化された魔獣の一撃、どんな威力か想像したくも無い。


アイリス「あなたは下がっていて!私なら」

アマギ「いや、悪い。こいつは俺が倒したい!」

アイリス「はぁ!?」


アマギ「・・・ちょうどいい。試したいことがあったんだ」


スプリングタウンで、魔猪と遭遇した時の事を思い出す。


あの時、彼はおよそ人間としては規格外の膂力で獣を抑え込み、蹴りつけた。

試したい事と言うのは、彼自身の身体能力だった。


アマギ「考えてみれば、初めから少しおかしかった。なぜあの時、バジリスクの噛みつきを躱せたのか。今の突進だって、簡単に避けられるものでは無かった・・・」


魔力という単語でピンと来ていた。

彼は自分の身体能力が、何かしらの魔法で強化されているのではないか?

と、そう感じていた。


アイリス「・・・バカね。しくじれば死ぬわよ。人間なんて、簡単に」

アマギ「ああ。それはよく分かってるよ」


再び突進が来る。それを_


アマギ「__“雪颪ゆきおろし”」


地面を滑るように、低姿勢でヒグマの横を移動する。

同時に、ヒグマの腹部目掛けて三連撃。


その技は彼が修めた剣技の一つ。

相手の攻撃を躱しつつ、その動きに巻き込むように斬りつける。

反応するよりも早く腹部を切られた事に、ヒグマは混乱を覚えている様子だった。


しかし、程なくしてアマギより先に体勢を立て直し、

低姿勢のままの彼に対して今度は噛みつきを試みる。


回避できる体勢ではない。かと言って、彼に受けられる威力ではない。


アイリス「(今度こそまずい!)」


弓を構える。撃ち放てばアマギに当たるかもしれない。

しかしあのまま死ぬよりはマシだろう。

そう考えつつも、彼女がギリギリまで躊躇している刹那___彼は勝負を決めた。


アマギ「__“晴嵐せいらん”!」


彼は避けずに踏み込んだ。

今の彼に放てる最速の一撃が、ヒグマの口腔から脳天へと突き抜ける。

それは刺突の動作から繰り出される斬撃。

口内をズタズタに切り刻み、顎の筋肉を断ち切り、咬合より早く致命傷を与える。


アイリス「・・・!」


音を立てて倒れ込むヒグマの巨体。

倒れるヒグマを横目に、自分が傷を負っていない事を確認するアマギ。

そしてそれを見るアイリスは、

驚愕と感心の入り混じった表情でアマギを見つめていた。


・・・


アマギ「ここが・・・」


アイリス「・・・ええ、エルフェンの街、私の育った街でもあるわ」


森で魔熊を倒した後、少し歩いて目的の街へ到着する。


アイリスはどこか懐かしさと、嬉しさ、

そして何か思い詰めたような表情をしている。


アマギ「・・・何か元気が無いようだけど」

アイリス「そんなことはないわ。ただあなたの事が気になって」


突然のセリフに飲んでいた水を吹き出しそうになるアマギ。


アマギ「・・・!?どういう意味だそれ!?うおっと」


転びかける彼を無視してアイリスは平然と続ける。


アイリス「その強さよ。スキルも魔法も使わずに魔獣を倒すなんて、新米にしてはちょっと強すぎるわ。さっきの剣技も何か変な感じがしたし・・・」

アマギ「ああ、そういう・・・」


少し残念そうにするアマギに構わず、続けるアイリス。


アイリス「魔力というものはね、別に魔法を発動させるためにある物じゃないの」

アマギ「・・・というと?」


アイリスはまたもや、アマギにその知識を惜しげもなく与え始める。


アイリス「魔力はね、動物が自身の身体機能を補強するために身につけた物なの」

アマギ「身体機能を?それはスキルとは違うのか」

アイリス「ええ。スキルというものは、魔法現象が霊体の持つ機能によって発動するものよ」


アマギ「霊体?」


アイリス「肉体の鏡像とも呼ばれる、非物理的な体の事、主に魔法を司る物。ここが外部刺激か精神的な働きで。反射的に魔法現象を引き起こすのが、スキルと呼ばれるものよ」

アマギ「へぇー」


アイリス「対して魔力による身体機能の強化というのは、体の構造を魔力で補強する物。肉体に対する働きかけであり、肉体の持つ機能なの。つまりスキルや魔法とは異なる、物理現象に近い物になるわ」


アマギ「そうなのか。で、何が気になるんだ?」


アイリス「・・・さっきのあなたの戦いぶり、あのレベルの魔獣を無傷で秒殺してみせたけど。スキルも何も無しに、身体強化と技だけで成した、とすると・・・」


アマギ「うん」


アイリス「あなたの身体強化に関する技量は、もはや中級以上、下手すれば上級の冒険者にも匹敵するわね」

アマギ「・・・そんなに?俺まだ低級だけど?」

アイリス「だからこそ、私が驚くのもわかるでしょ?あなたほどアンバランスな戦士は初めて見たわ」

アマギ「・・・褒められてるのに貶されてる、不思議だ」


と、話を聞いていたアマギだったが。


アマギ「・・・(あれ?なんだか頭がフラフラと・・・)」


体の調子がおかしい。思うように動かなくなっている。


アイリス「それで、ここからが本題なんだけど」


謎の目眩を感じ、血の気が引くような感覚に包まれる。


アイリス「あなたの魔力量であれだけの身体強化を行ったとなると、そろそろあなたは魔力切れで倒れてもおかしくないんだけど」


アマギ「・・・」


アイリス「・・・アマギ?・・・ちょっと!?立ったまま気絶しないで!!?」


この世界に来て二度目の気絶である。

この男は新しい街で真っ先に診療所に運ばれる運命にでもあるのだろうか。



アマギ「あれ、俺寝てた・・・?」

アイリス「立ったまま、ね。正確には失神というものよ」


再び診療所のベッドの中で目を覚ます。

傍にはアイリスが、本を読みながら座っていた。


アマギ「・・・ずっと傍にいたのか、アイリス」

アイリス「・・・別に、他に用事がなかっただけ。貴方のためじゃないわ」


再び照れるアイリス。やはりツンデレだ。アマギはそう思った。


アマギ「倒れる前に何か話していたな・・・何の話だっけ?」

アイリス「魔力切れの話。その危険性を教えようと思ったのだけど、実体験になってしまったわね?」


アマギ「魔力切れか・・・自分の残りの魔力とか、分からない物なのか?」


アイリス「魔力の操作に慣れてくると、体感で把握できるようになるわ。それはそうと、魔力を使った後しばらくして倒れるとか・・・あの後も魔力を消耗し続けていたの?」

アマギ「さぁ・・・何せ勝手が分かってないからな・・・でもなんとなく、身体能力が上がったままだったような気はするな。体に力がみなぎったままと言うか・・・」


アイリス「となると電源を切り忘れた扇風機みたいに、身体強化を切れて無くて消耗していたのね。この下手くそ」

アマギ「仕方ないだろ・・・!?意識的にやったのは・・・初めてなんだし」


何とか回復したアマギを連れ出し、アイリスは街の外周を歩いた。


その間、彼女はいくつも設置された祠のような物を弄り周りながら、

アマギに身体強化についての説明を続けた。


アイリス「身体強化は、冒険者にとって最も初歩的な技術よ。優れた冒険者は普段は魔力の消費を抑えつつ、いざという時はスムーズに体を強化して状況に当たる。低級ランクでも魔獣と戦って行くなら、五倍くらいは欲しいかしら?」

アマギ「五倍?」


アイリス「身体強化には倍率があるの、人によって練度の差が顕著に現れるわ。貴方の場合素の身体能力がどの程度か分からないけど、十数倍、あるいは二十倍以上はありそうね。その分魔力の消費も激しくなるから、何とかすると良いわ」


投げやりな言い方に、アマギは少し呆れる。


アマギ「何とかしろって言われてもな、魔力の制御なんてやり方が分からない」


アイリス「私も説明できないわよ。魔力には属性がある。魔力と言う未知のエネルギーをどう捉えるかは、その人の属性によって変わって来るわ。私は風で貴方は炎。生きている世界が違うのよ」

アマギ「・・・炎?何で分かるんだ、そう言うの」


アイリス「エルフだからよ。と言うか、自分の属性すら把握していないのね・・・仕方ないか、ド素人だものね。どうしてもやり方を掴めないなら、別の方法で対処するしか無いわ」

アマギ「別の方法?」


彼女はポーチから、青い半透明な液体が入った小瓶を取り出した。


アイリス「魔力の回復を補助するポーションよ。貴方は魔力消費が激しく、かつ魔力量がそれほど多くも無い。下手に戦えば命に関わるわ。私には必要無いし、全部あげるわね」

アマギ「え?良いのか・・・って、必要無い物を何で持ち歩いてるんだ・・・?」

アイリス「セットで安いからよ」

アマギ「オマケ購入か・・・」


冒険者の店を始め、街の薬屋等の販売店では魔法薬が売られている。

彼女曰く冒険者は割引も受けられるとの事だ。


アイリス「戦いが始まる前とか、長引きそうな時とか、念の為飲んでおくと良いわ。それはそれとして魔力の制御は意識する事!良いわね?」

アマギ「・・・世話焼きなんだな、アイリスって」

アイリス「・・・貴方のためってだけじゃ無いわよ」


照れながらも彼女は、事情を詳しく話し始めた。


アイリス「魔力は便利な力だけど、使い方を間違えれば悲劇を産む物よ。魔力の制御を誤れば、貴方の場合はそうね・・・分かりやすく言えば火事になるわ。実際、魔法使いの炎が暴走して滅んだ街とかあるし。だから、自分の力にはちゃんと責任を持つ事。しっかり使いこなしなさい?魔力自体は良い物持ってるんだから」


アマギ「・・・分かった、努力する。ところで・・・さっき命に関わるって言っていたな。気絶するだけじゃ済まない事もあるのか?」


アイリス「・・・あるわ。肉体、魂、そして霊体。人間を始め、ほぼ全ての生命体がこの三層構造で構成されている。けど先天的に与えられる肉体と魂とは異なり、霊体だけは後天的に宿る物なの」


アマギ「(いきなり生物の体についての解説が始まったが・・・霊体か、さっきも同じ事を言っていたな)」


アイリス「霊体はね、生き物が生み出した魔力が、肉体に沿って結晶化する事で作り出されるの。肉体の鏡像であり、魔力を蓄積する器、そして心の在処でもある」


アイリス「魔力を使いすぎると、魔力でできた霊体を削って、足りない魔力を捻出しようとする働きが生まれる。こうなるとさっきみたいに気絶したり、精神崩壊を起こしたりするわ。直接的に死に至る事はそうそう無いけど、戦闘中に気絶したらどうなるかは分かるでしょう?」


アマギ「・・・ああ、それは分かるな」


アイリス「それに霊体は魔力の制御と密接に関わっている。さっきの話を踏まえれば、魔力暴走のリスクも高まる事になるわ。だから残りの魔力には気を使うのよ」

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