第6話 出会いと導き [底]

アイリス「ここまでの話で分からなかった事はあるかしら?」


一通りの説明を終えたのか、アイリスはアマギと向き合って質問を求めて来た。


アマギ「・・・無い。概ね言いたい事は分かった。でも一つだけ良いか」

アイリス「何かしら?」

アマギ「さっきから、その祠を弄っているのは何だ?」


もう二十箇所目にはなるだろうか、

彼女は街の外周の祠を開いては閉じ、周囲を軽く掃除していた。


アイリス「・・・見て分からない?街に結界を張っている祠を手入れしているのよ」

アマギ「結界?」

アイリス「また気が向いたら話してあげるわ〜、今日は少し喋り疲れたし。この街はエルフェン。エルフの術で貼られた結界だから、エルフじゃないと手入れが難しいのよ。これエルフの冒険者限定のクエストね、この街には結構いるけど・・・ふぁ・・・」


彼女は少し眠そうに見えた。


アマギ「・・・手伝える事とか、あるか?」

アイリス「無いわ、今言ったでしょ?この結界はエルフじゃないと手入れできないの」

アマギ「それ以外に。色々教えてくれて、倒れた俺を運んでくれただろう?ポーションもタダで貰うのは気が引ける。そうだ、食事とか奢ろうか?」


アイリス「気持ちは嬉しいけど、エルフは別に食べる必要は無いのよね・・・そうだ、宿を取っておいてくれるかしら?二部屋、冒険者の店で」

アマギ「宿?そうだな、必要だな」


アイリス「冒険者ギルドの傘下にある宿屋は、名簿に登録されてる冒険者に対して部屋を無償で貸してくれるの。食事は別扱いのところが多いけどね」

アマギ「・・・そうなんだ・・・」


彼女はまたしても知らなかった情報を教えてくれた。


アイリス「・・・まさかと思って説明したけど、こんな事も知らないのね貴方・・・冒険者の間じゃ常識よ?住む場所欲しさに登録するヤツらもいるくらいなのに・・・田舎者って言っても限度があるでしょ」


あまりにもアマギが無知なので、彼女はとうとう呆れ返った。


アイリス「・・・はぁ、これは他にも教える事が山ほどありそうね・・・教員免許なんて持ってないんだけど」

アマギ「いや、面倒なら別に俺に付き合う必要は・・・」

アイリス「・・・そうね。ずっと付きっきりは無理だもの。出動命令が出たら置いていかないと行けないし・・・あ、出動命令は知ってる?」

アマギ「知らない」

アイリス「じゃあ説明するわね」


アマギ「(・・・本当は説明するの大好きなんじゃ無いか?この人・・・)」


面倒臭そうにしていたものの、何だかんだで教えてくれるらしい。


アイリス「冒険者ギルドには“評議会”って言う、統括する上位組織があるの。彼らは軍とか政府とかに近い立ち位置で、必要とあらば冒険者に直接指示を飛ばして色んな問題を解決するわ。達成すれば特別報酬も受け取れるし、ランクの昇格にも繋がりやすいわ」


アマギ「傭兵みたいな仕事をするって事か・・・」

アイリス「あなたのランクならまだ出動命令を下される心配は無いわ。中級以上の冒険者に限定される物だからね」

アマギ「一定の仕事をこなし、信頼を得ると受けられるって事か」


アイリス「“受けられる”じゃなくて、“押し付けられる”ね?気に入らない任務は断る事もできるけど、評価は下がるし以降の出動命令の対象から外される事もある。途中何かあってもバックアップがあるとは限らないし・・・正直面倒くさいったらありゃしないわ」


説明は終わったようだ。アマギは頼まれた仕事に移る。


アマギ「・・・宿を取って来る、冒険者の店で落ち合おう」

アイリス「いえ、街の南側に公園があるわ。このまま行けばそこの祠で最後になるから、そっちの方が待ち合わせにはちょうど良い。どっちも終わったら何か食べに行きましょう」

アマギ「分かった。色々ありがとう、それじゃ」


アイリスと別れたアマギは、最短で冒険者の店に向かった。

受付の娘の耳は尖っており、エルフである事が伺える。

街中も同様の特徴を持った者が多く見られた。


アマギ「(本当にエルフが多いんだな・・・むしろ人間の方が少ないか?)」


実際のところ、純粋な人間はこの街では少数派である。

しかし純粋なエルフも実は殆どいない。

この街の住民の大半は、人間とエルフの混血である。


アマギ「すみません、部屋を二つ借りられますか?」

受付嬢「あ、はい!二つですか?お名前とランクを確認しても?」

アマギ「低級のアカミネ・アマギです。俺とあと、アイリス・フレッチャーの分の部屋を借りに来ました」

受付嬢「アイリス・・・!彼女、来てるんですか!?」


身を乗り出して来るエルフの娘に、アマギは驚いて半歩下がった。


受付嬢「・・・あ。すみません、少し取り乱しました・・・えへへ」

アマギ「・・・アイリスって有名なの?」

受付嬢「はい。この街の出身ですし、何度か街の危機を救ってますから。彼女の銅像を立てよう!なんて話が出て来るくらいには」

アマギ「凄いな・・・」


受付嬢「・・・失礼ですが、本当に部屋は二つですね?」


頷くアマギ。


受付嬢「そうですか・・・とうとう彼女にもボーイフレンドができたのかと思ったんですけどねー・・・」

アマギ「何、考えてるんです?」

受付嬢「あの人180年は生きてるんですけど、恋人がいた事無いみたいなんですよね。あれ?友達も少なかったような・・・変ですね人気者なのに」


アマギ「(それ勝手に暴露して大丈夫・・・?)」


受付嬢「・・・まぁそんなわけなので、仲良くしてあげてくださいね?人間もエルフも獣人も・・・誰だって、一人ぼっちは寂しい物ですから」


話しながらも彼女は名簿を確認し、引き出しから鍵を二つアマギに手渡した。


受付嬢「二階の奥の部屋です、退去する時は鍵を持ってまたお知らせください!応援してますよ、新入りさん!」


宿の鍵を懐に仕舞い、アマギは街の南にあると言う公園に向かった。


背の高い木々があちこちに生え、建物は壁のように石畳の道を挟み込んでいる。

街全体がちょっとした森に囲まれているようで、

彼は不思議な安心感に包み込まれていた。


アマギ「(・・・良い街だ。桜の森とスプリングタウンのような華やかさは無い、だがどこを歩いていても心が落ち着く。俺がこの世界に来た理由はまだ分からないが、この二つの街を巡っただけでも・・・来れて良かった、それだけは言える)」


公園に到着する。そこには白樺の生える小径と花畑が敷かれていた。


アマギ「(・・・アイリスはまだいないか?ちょうど良い、少し休憩しておくか)」


花壇の傍の、木陰に隠れたベンチに座り、アマギは静かに瞼を閉じた。

魔力切れで倒れた後、意識を取り戻したものの、まだ体は不調だったのだ。

菊にコスモス、孔雀草。秋の花の香りが、寝息のような風に漂っている。

日差しも程よく大気を温め、彼の眠気を誘う。


それに抗う事は無く、アマギは微睡まどろみの中に意識を落とした。


夢の中で、彼は不思議な光景を見た。


自分の体を俯瞰していた。胸の中にいくつも、夜星のような光が見えた。


瞼を開くような感覚と共に、視点は俯瞰していた自分の体に吸い寄せられ、

気がつけば彼は、炎の海の中に眠っていた。


信じられないほど熱いが、それを苦痛に感じる事は無かった。


アマギ「ああ、これは・・・」


彼がその光景を夢であると認識しようとした辺りから、

不自然な痛みが彼の顔面を覆った。



アイリス「起―きーろー・・・」

アマギ「あれ・・・アイリス・・・」


それは眠るアマギの頬を、現実でアイリスが抓る痛みだった。


アイリス「良いご身分ね、気持ちよさそうにお昼寝しちゃって。良い夢見れた?」

アマギ「・・・どうだろう、変な夢を見た気がする・・・覚えてないけど」

アイリス「そう。何か食べに行きましょ、リフレッシュは大切よ」


眠気の影響か、公園の周りを歩いている間、アマギには周囲の景色が違って見えた。

その感覚は空腹の時に、無意識に食べ物を探す物に近かった。


アイリス「あったわ、アレとかどう?」


道端に屋台風味の売り場が置かれている。

下味を付けたスライス肉を垂直の串に突き刺し、回転しながら炙り焼く料理。


アマギ「・・・ケバブ?」

アイリス「そうね・・・こういう事は知ってるんだ」


正確にはドネルケバブ、この町では単にケバブと呼ぶ。


アマギ「(まさか異世界に来てまでケバブを見る事になるとは思わなかった・・・)」


昼食の時間帯は過ぎているが、

数人ほど並んでいる所を見るにそれなりに人気がある様子。


しかし列に並んでいる間、アマギの注意は肉ではなく、

それを加熱するオーブンの方に向いていた。


アマギ「(熱・・・炎・・・俺の魔力・・・)」


彼は自分の右手を見つめる。何ら普段と変わる事の無い掌。

変わる事の無い筈の自分の体、その手中に小さく、蝋燭のような火が現れた。


アマギ「(・・・!?)」


次の瞬間には消えていたので、彼は見間違いを疑った。

しかし掌に残る熱は確かに、そこに火が灯っていた事を示している。


アマギ「今のは・・・」

アイリス「何してるの?次よ、注文決めときなさい」

アマギ「・・・あ、ああ」


アイリス「?」

アマギ「どうした?」


彼女は唐突に、窓も無い壁の向こうへと視線を向けた。


アイリス「・・・何、何の気配?これ・・・」


彼女の顔に恐れが見えた。アマギには何の事だか分からない。


店員「・・・次の方―?」


エルフの店員が二人を待っている。

呼ぶ声が聞こえるが、アイリスは背負った弓に手を掛けた。


その数秒後。何か、大きな音と衝撃が外から響いて来た。

何かが落ちて来たような揺れだった。


アイリス「まさか・・・魔獣!」

アマギ「街だぞここ・・・!?」


アイリス「稀にだけど、街にまで魔獣が出てくることもあるわ。それで壊滅した都市も多い。結界があるから下手な魔獣は寄って来ないけど・・・これはつまり、結界を上回る程強力な魔獣が来たって事・・・!」

アマギ「・・・!とりあえず行くか!」


足音からして、先ほどの熊とは比べ物にならない巨体である事は想像に難く無い。

しかし角を曲がり、公園を越え、街の出入り口に佇む”それ”を見た二人は絶句した。


アイリス「あれは・・・!?」


そこにいたのは、全長十メートルはあろうかという巨体。

爬虫類の鱗と、鋭い爪、大きな翼。それは。


アマギ「___ドラゴンか!」

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