第4話 出会いと導き [上]
エルフェンを目指し、北西へ歩みを進めるアマギ。
再び一人となったものの、今度は街道があり、武器があり、
数日分程度だが食料と水もあった。
以前とは違い、歩みは決心と希望に満ちている。
知らない土地で一人だったが、不思議と心は落ち着いていた。
アマギ「(元の世界に戻るべきかどうか、未だに答えは出ていない。でも答えが出なかったとしても、俺にできる事はある。とりあえず・・・この世界について知ろう。その道程で人を助けられるのなら、それ以上は無いだろう)」
迷いを払い、目の前の現実に目を向け直す。
アマギ「それにしてもこの世界、言語も、方角も、距離や時間の単位まで同じなんだな・・・不思議だ」
違うことといえば金銭の単位だろうか。
この世界は“ゴル”という、なんとも言えない名前の単位を使っていた。
二日分の労働で得られた給料は合計で200ゴル。
街で使ってみた感じでは、宿無しならひと月は持ちそう、という程度だった。
アマギ「(酒場の給与が良かったな、ありがたい。冒険者は稼ぐためにクエストとかするんだっけ・・・何か見てくればよかったな、別の店で受けた奴でも受領できるらしいし)」
給与のお陰で軍需品(食料)は潤沢だった。
次の街までは、問題なく持つだろう。
アマギ「あとは、次の街まで変なのに出くわさなければいいが・・・」
変なの、とはもちろんバジリスクのような怪物だ。
改めて冷静に考えると、最初に遭遇する敵にしてはあまりに驚異的だった。
アマギ「・・・旅を続けていれば、あの少女にも会えるかな・・・せめてあの娘にお礼のひとつでも言わないと。それまでは死ねない。命を救ってくれたからには」
桜の森を抜けた頃、状況に変化が訪れる。
アマギ「・・・早速変なのに出くわしたな・・・」
街道を塞ぐ魔獣らしきもの。
人型をしているが、細部の形状や体色から、人外であると一目でわかる。
いわゆる、ゴブリンという生き物だった。
アマギ「(敵対しているなら殺して通るしか無いよな・・・)」
三体のゴブリンは、歩いて来るアマギに気が付くと、
慌てた様子で茂みに消えていった。
アマギ「(・・・杞憂で済むならそれでいいか)」
と少し安堵しかけた、その時だった。
三体のゴブリンが一斉に飛び出し、背後から棍棒を振りかぶった。
三本の棍棒は、いずれもアマギのいた地面を叩きつける。
その棍棒は木製ではなくどうやら金属のようだった。
人間から奪ったのか、誰かが与えたかは分からない。
アマギ「_無害に見えるもの、倒した敵にも警戒を怠るな・・・ってね」
アマギは背後から襲いかかったゴブリンの攻撃を、一瞥すらせず回避した。
こと接近戦において、剣術を修めた彼のセンスはズバ抜けていた。
当然、ゴブリン等は困惑する。しかしそれで諦めることはない。
今度は、隠す事もなく襲いかかる。
アマギ「(・・・この世界でどこまで戦えるか・・・腕試しと行くか_!)」
動く生きた肉の塊へ、重なるように刀を振るう。
しかし覚悟していた感触は無く、
刃はスルリと豆腐を切るようにその魔獣を切り裂く。
少し手応えのあった、ガードに用いられた鉄の棍棒も両断された。
そのあまりの切れ味に、彼は瞬間、闘いから意識を逸らされた。
アマギ「鉄を・・・!?」
驚愕するゴブリン達。それとアマギ。
残る二体は逃げようとするが、続くアマギの斬撃は、
武術を知らないゴブリンに回避できるものではなかった。
アマギ「(・・・なんだ、この切れ味・・・)」
数秒後、刀身を鞘に納めたアマギは、
その異常な鋭さに違和感を覚えながらもその場を去った。
しばらく歩いて、日が傾いて来た頃。
彼は背後に、微かな足音を聞き取った。
アマギ「・・・誰だ!」
冷や汗をかきながらも声に威圧を乗せ、刀に手を置いて振り返る。
すると木陰から、いかにもエルフと言った見た目の女性が現れた。
金髪の女性「やっと気づいたの。貴方がゴブリンを倒した頃には既に背後にいたわ」
アマギ「そうだったのか。もっと早かったと思ったんだがな」
金髪の女性「・・・なんだ、気づいていたのね」
否、アマギは気づいてなどいなかった。ただカマをかけただけである。
アマギ「・・・もう一度聞くぞ。何者だ?俺を尾けて来た理由は何だ?」
女性は弓を手に持っていた。
彼女は構えてはいないが、二人の間には二十メートル以上の距離がある。
たとえアマギが最速で距離を詰めても、一、二発は撃ち込まれる事だろう。
金髪の女性「そう警戒しないでいいわ。私は冒険者、名前はアイリス。アイリス・フレッチャーよ。そういうあなたこそ何者?」
アマギ「冒険者か・・・俺も同じだよ。新米だけどな。アカミネ・アマギだ」
アイリス「そう、アマギ・・・さっきの剣捌きは中々に良かったわ」
アマギ「そうか、ありがとう。君は・・・エルフか?」
アイリス「・・・?ええ。何?エルフを見るのは初めてかしら?」
アマギ「(見た目想像通りすぎるだろ・・・)」
少し前に脳裏に浮かんだ通りの外見に、アマギは目を擦って二度見した。
アマギ「さっきのゴブリンは何だったんだ?街道を通る人を狙っているのか?」
アイリス「そんなとこでしょう。アレを退治しろっていうクエストだったけど、貴方に先を越されてしまったわ。ま、ついでの暇つぶしみたいなものだったからいいけれど」
アマギ「(・・・クエストだったのか。獲物を取られて、怒って尾けて来てたのか?)」
アイリス「それより、その刀はなにかしら」
彼女はアマギの持つ刀について気になるらしい。
アマギ「・・・これか?異常な切れ味のただの刀だ」
アイリス「そんなわけないでしょ、わからないの?それは妖刀よ!」
アマギ「・・・妖刀ときたか」
妖刀、と聞いてアマギの思い浮かべるものは、“曰く付きの刀“程度の認識だった。
だが彼女の表情から、ただそれだけのものではなさそうだと直感する。
アマギ「まずいのか、これ」
アイリス「さあ」
アマギ「わからんのかい!」
すっとぼけるアイリスだったが、彼女はそのまま何食わぬ顔で解説し始める。
アイリス「妖刀というのは、魔力を得た刀。つまり刀の形をした怪異よ。どんな性質を持っているか、私にも見ただけじゃわからない。わからないけど・・・いい噂は聞かないわ」
アマギ「・・・なるほど、使用にリスクがあるかもしれないと・・・それを指摘するために着いて来ていたのか?なんだか悪いな・・・まぁ、忠告ありがとう、アイリス」
アイリス「っ!違うわ!たまたま目的地が被っただけよ!勘違いしないで!」
アマギ「・・・(これは・・・ツンデレの気配・・・!)」
あからさまな彼女の反応に、思わず緊張が緩む。
どうやら悪い人物ではなさそうだった。
彼女と話しながら歩いているうちに、本格的に暗くなって来た。
アイリスにとっては不本意なようだったが、二人で野営をすることになる。
アマギ「凄いな。魔法で火も出せるのか」
彼女が一言呪文らしきものを唱えると、近くで拾ってきただけの木材に火がついた。
実際に魔法を行使する場面を目撃したのは、これが初めてのことだった。
アイリス「別に、この程度普通よ・・・できないの?」
アマギ「ああ、全く分からない」
アマギのセリフに驚くアイリス。
その後少しアマギを見つめ、再び口を開いた。
アイリス「ふぅん、魔力は並程度にはあるようだけど・・・さては教養が無いわね」
アマギ「・・・悪かったな」
今まで数学やら化学やら、可能な限りの知識を詰め込んできたアマギだったが、
流石に魔法を扱う知識など勉強する機会は無かった。
オカルト系の知識は齧っているものの、
本物の魔法に出会ったのはこの世界に来てからが初めてだった。
アイリス「別に悪くは無いわ。一般人は使わないことも多いし、使えないという者もいるのだし」
アマギ「・・・そうなのか。冒険者としてやっていくなら?」
アイリス「基礎程度は必須の技能になるわ」
アマギ「・・・ですよね」
新しく勉強することができて嬉しいような、
今のままでは通用しないと言われて悲しいような。そんな気分でいると_
アイリス「魔法って言うのはね。魔力という特殊なエネルギーを、別の形に変える物よ。魔法を使うために鍵になるのは心の形。魔法は空想によって作られる。呪文やら魔法陣やら礼装やら、そう言うアイテムで発動することもあるけど・・・それは魔術って言って、少し別物なの」
アイリス「魔術は先人が積み上げた努力の結晶。ヒトの空想が生み出した魔法を、世界に対して固定化する。そうして魔法をより効率的に運用できるようにした物の事よ。誰かの魔法が、後を生きる人の助けになる。それが魔導の真髄ね」
アマギ「・・・魔法を使うための技術と言う事か」
アイリス「まぁ、空想がどうとか言っても、思い浮かべた事がそのまま現実になるわけじゃ無い。人間一人一人の心の在り方が違うように、その人にはその人だけの魔法がある。古くからの言い伝えね」
説明してくれた。細かい使い方では無いが、概要を簡単に解説するアイリス。
アマギ「その魔力という物はどこから来るんだ?」
アイリス「そうね。魔力は主に、生物の体内で生み出されるわ。体内に蓄積された魔力が使われて、使われただけまた蓄積される。雨水を溜め込む池みたいに、一定の魔力量まで自然回復する物よ」
アマギ「・・・無尽蔵に生成できる、未知のエネルギー資源って所か」
アイリス「とはいえ使える魔力には限度があるわ。体力と同じね。魔力を組み上げ、体に溜め込んで使うから、溜め込める量を魔力量・・・溜め込む速さが魔素量って呼ばれてる」
アマギ「その魔力量は、どのようにして決まる?」
質問を続けるアマギ。そしてノリノリで説明するアイリス。
それはまるで、授業で分からなかったことを質問に行く学生と、
得意分野の質問に喜んで答える教師のようだった。
アイリス「魔力量は先天的な才能と、後天的な訓練で決まるわ。その最大値は種族によって限界があるとされているけど、人間は特に個人差が大きいわね。魔力は自分の一部でもあるから、それを制御する能力が発達している程、魔力量も多くなる」
アマギ「なるほど・・・」
アイリス「ちなみに私の魔力量は、並の魔術師百人分は下らないわ。エルフだからね!」
自慢げに豊満な胸を張るアイリス。重そうにゆっさり揺れる。
思わず目のやり場に困り、焚き火に視線を移すアマギ。
アマギ「・・・エルフは魔力が多いのか」
アイリス「ええ。自然と共にある種族だから。この地球そのものが、生まれてくるエルフ・・・妖精族に加護を与えるのよ」
アマギ「(見た目通りにエルフなんだな・・・)」
アイリス「・・・柄にもなく喋りすぎたわ。あなたは少し、物を知らなすぎるわよ」
アマギ「田舎者なんでね。色々教えてくれてありがとう」
アイリス「っ・・・別に・・・礼を言われる事なんて・・・」
そっぽを向いてしまった。感謝を伝えられて照れているらしい。
アマギ「俺は日の出前には出るつもりだ。そろそろ寝るよ」
話しながら食べていた、夕食の片付けをしながらアイリスに言う。
アイリス「・・・ええ。火はこのまま維持するよう、魔法をかけておくわね」
月明かりの下、アマギにとってこの世界で初の野営だった。
アイリス「おはよう。まだ寝ているの?」
アマギ「・・・あれ、おはよう」
自分が先に起きるつもりで寝たのに、彼女が先に起きていた。
アマギ「・・・アイリス。ひょっとして寝てないのか?」
アイリス「寝ましたとも。睡眠が短いだけよ」
アマギ「(ショートスリーパー・・・なのか?)」
眠い目を擦りながら立ち上がり、寝袋を仕舞い込む。
二人は手早く朝食を済ませ、エルフェンに向けて出発した。
昨夜の時点で大分進んでいた筈だ。
アマギ「(俺の見立てでは昼前には到着すると思うが・・・)」
アイリス「ところで昨夜から気になっていたのだけど」
アマギ「なんだ?」
アイリス「いえ、魔法についてあまりに無知だものだから、もしかしてと思って」
アマギ「悪かったな無知で」
アイリス「ええ。で、あなた何かスキルとかあるのかしら?」
突然また知らない単語が出た。
アマギ「・・・スキル?」
アイリス「ああ、やっぱり無いの。冒険者は登録する時に、戦力鑑定と言って、保有スキルや魔力量、属性なんかを簡単に調べるんだけど」
アマギ「・・・そう言えばダイトウさん、俺が名簿に登録する時、剣術意外に何かないのか聞いて来ていたな。それも割と執拗に・・・アレはスキルを調べようとしていたのか」
アイリス「・・・無いのね」
アマギ「一応聞くけど、そのスキルっていうのはなんだ?魔法とは違うのか?」
アイリス「同じだけどちょっと違うわ。魔法っていうのは本人が意識して発動させる物。強い意志の力が必要になるし、集中力も使う。それに対してスキルは、条件が揃うと勝手に発動する物。肉体や精神の延長線上の力。身に刻まれた“魔法の技能”・・・ある意味、自分そのものとも言えるものよ」
アマギ「なるほど・・・ピアノを弾く時に一音一音指で弾くのが魔法で、体で覚えた末に何も考えず弾けるようになったのがスキル、というようなものか」
アイリス「そうね。魔法も極めればスキルとして会得できるわ。でもそれだけの剣術を修めていてスキルの一つも開花していないとなると・・・素質がないのかもしれないわね」
アマギ「ええと、何か結構絶望的なこと言われた気がするんですが?」
アイリス「まぁ気にしない。強くならなければダメってわけでもないわよ、きっと」
アマギ「何のフォローにもなってない・・・!」
と雑談していると、突然空気が変わる。否、匂いが変わった。
アイリス「・・・まずいかなこれは。周り、気をつけて」
アマギ「ああ、これはスキルの無い俺でもわかる。獣臭だ」
近くに野生動物がいるのだろう。風向きが変わったのだ。
アイリス「私としたことが、魔獣にここまで近づかれるなんて・・・あなたのせいよ新米剣士」
アマギ「新米冒険者だ。剣士としてはそれなりに長いぞ俺は」
アイリス「でも、スキルも魔法も無しで倒せる相手には限度もあるわ。例えば__」
獣臭の元が、その巨体を露わにする。それは大きな熊のような魔獣だった。
アイリス「__これとかは、人間では難しいんじゃない?」
アマギ「・・・そうだな」
野生の巨体、鋭い爪と牙、こちらを睨みつける威圧感。
普通に出くわしたら、危険極まりない生物。今もそれは変わらない。
しかし_
アマギ「でも、なんでかな。不思議と・・・負ける気がしない」
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