第2話 桜の森 [中]

見知らぬ天井の下、アマギは目を覚ました。

何か自分が異世界に迷い込む夢を見たような気がして、

しかしそれが夢ではなく、気絶する前の自分に起きた現実であると思い知る。


アマギ「ここは・・・どこだろう」


二度目の疑問。そして可能な限り自分の記憶を辿る。


アマギ「そうか、昨夜は結局日が暮れても街に着かなくて、星灯りで見つけたんだった。その後の記憶がないのは・・・ブっ倒れて街の人にでも運び込まれたのかな」

???「正解。アンタ街の入り口で気絶して倒れてたんだよ」


誰かに声をかけられる。

部屋の入り口から、力強い声の老婆が入ってきた。


アマギ「・・・ここはどこですか?」

老婆「診療所ってとこかネェ。夜遅くに運び込まれて来て、軽く治療を受けたんだよアンタ。命拾いしたネェ?」

アマギ「ありがとうございます。ところで・・・水いただけますか?」

老婆「ハイハイ、丁度持ってきたとこだよ。そろそろ目を覚ますかと思ってね。」


老婆に出された水を飲む。

ただの水をここまで美味しく感じたのは、

彼にとって生まれて初めての事だっただろう。


老婆「アタシぁここの診療所で昔から看護してるけど、アンタほど何も持ってない患者は初めてだよ。何者なんだい?」


アマギ「ええと、旅人ですかね?・・・荷物を落とした」


答えを濁すのは、余計な気を使わせないためである。

”違う世界から来ました”などと言われても、彼が知る限り人は困惑するだけである。


老婆「マヌケな旅人だネェ・・・まぁこんなでも助成金で経営してるから、代金はいらんけど、治ったならいつまでも世話するわけにはいかないよ」


アマギ「手ぶらじゃ飯も食えないよなぁ・・・」

老婆「はっはっは、当然さね。とりあえずで稼ぎたいなら、適当なとこで雑用でもしなさいな。うちは人手は足りてるからね。おーいヘレナ、例の患者が目を覚ましたよ。軽く世話してやんな」


若い女の声「はーい」


別の女性が駆け足で入ってきた。

肩まで伸びた明るい茶髪と、緑色の瞳が特徴的だった。


ヘレナ「フィジーお婆さん、この人の容体は?」

フィジー「ああそうさね、一応見ておこうかい」


そう言うとフィジーと呼ばれた老婆は聴診器を取り出し、

ヘレナと呼んだ女性にペンライトを持ってこさせた。


軽い問診と検査の後、大丈夫と言われ開放される。


ヘレナ「そんなわけで、しばらく経過観察も兼ねてお世話させてもらいます。何かお困りの事とかありますか?」


アマギ「(経過観察が必要なら、普通はすぐには解放しないんじゃ・・・)」


恐らくソレを名目とした人助けだろう。

ヘレナは見たまま良心の若者で、

フィジーは一見無愛想だが気配り名人のようだった。


アマギ「・・・それなら、街を案内してくれるかな。実は無一文で・・・稼ぎ口が必要なんだ」


それはもう急務だった。今のままでは朝食すらまともにとれない。

ヘレナが恵んでくれるかとも考えたが、

たかるようで申し訳ないので可能な限り自分でなんとかしたかった。


ヘレナ「そうですね、稼ぎたいのでしたら、おすすめの場所がありますよ」

アマギ「そうなのかい?」


案内を始めた彼女に着いて歩きながら、彼は幾つか質問してみることにした。


アマギ「そういえば、起きた時あまり喉が渇いていなかったんだ。お腹もそこまで空いていない。何かしたのかな?治療というか、点滴というか・・・」


ヘレナ「えーと、確か酷い脱水と空腹状態だったので、フィジーお婆さんが」

アマギ「うん」


ヘレナ「水分補給、体力回復の魔法を」

アマギ「魔法かぁ・・・」

ヘレナ「はい・・・えっと、何かマズかったでしょうか・・・?」


しれっと自分に魔法がかけられていた事実を知ったものの、

昨日の鮮烈な体験に比べればまだそんなに衝撃は受けなかった。


アマギ「(魔法とかあるんだな・・・まぁ、無い方が驚きか。昨日の娘、凄いスピードで飛んでたし・・・)」


ヘレナ「・・・失礼ですが、出身地はどこなのでしょう?あなたの服装は少し珍しい感じがして」

アマギ「え?」


周囲を見渡す。言われるまで気がつかなかった。

自分が浮いた服装をしていることに。


アマギ「えーっと・・・極東の島国?」

ヘレナ「極東の・・・?すみません、極東の国というとこの街のことでしょうか?」

アマギ「・・・!いや、もっと東に島国があるんだ。船で渡って来たというか」

ヘレナ「へぇー!そうなんですね、もっと東に、それも島があるなんて・・・知りませんでした」


口から出まかせで誤魔化すのにも限度があるだろう。


アマギ「(危ない危ない、異世界転生してきましたとか言っても頭おかしいと思われかねない・・・いやそうとも限らないか?魔法とかあるんだし・・・」


アマギ「(でも、今の反応で分かった事がある。まずこの街はこの世界の極東、東の果てにある。そして海の向こうまでは、あまり人の勢力は及んでいないらしいな)」


あるいは海岸まですら及んでいないのかとも考えたが、その線は無さそうだった。

何しろ町中の上り坂を登った所で、東に海が見えたからだ。


アマギ「・・・この街はなんて名前はなんだい?」

ヘレナ「はい、ここはスプリングタウン。“桜の森”に囲まれている事からつけられた名前だそうです」

アマギ「春の街・・・か。確かに春は桜のイメージだけど・・・安直だな・・・」

ヘレナ「ふふ。あの森の桜は一年中咲いてるんです」


アマギ「・・・え?」


ヘレナ「春はもちろん、日差しの強くなる夏も、紅葉の季節の秋も、雪の降る冬も、季節に関係なく桜が咲く。だから春の街、なんでしょうね」

アマギ「・・・信じられない・・・どんな生態の樹木だ・・・?」

ヘレナ「不思議ですよねー。と、ここです」


雑談をしているうちに、目的地に着いたようだ。


アマギ「(これは・・・)」


目の前にあるのは、酒場のような宿屋のような場所だった。


ヘレナ「お邪魔しまーす」

男の声「いらっしゃーいィ。おや、ヘレナの嬢ちゃんかい。そっちの若ぇのは?」

ヘレナ「旅人さんです。多分、非登録地域の出身で、職を探しているらしいので」

男「それでうちに?旅人に進める仕事っちゃ仕事だがなァ・・・」


彼は乾いた笑いを溢しながら、頭を掻いていた。


アマギ「あの、ここは・・・?」

ヘレナ「冒険者の店です。誰でも結果さえ持って来れば稼げるので」

アマギ「冒険者?」

ヘレナ「ギルドとの雇用契約で、クエストをこなすなんでも屋さん、ですかね?」


男「そんな感じだな。俺はダイトウ、先祖代々この街で酒場を営んどるモンだ。数年前から魔獣の被害が増え始めて、今は対策にギルドの手伝いをやっとる」


アマギ「ギルドと言うのは?」

ダイトウ「ああ、女王サマのお抱えの軍隊とはまた別の、私兵団みたいなもんかね?街ごとに冒険者を管理している、冒険者ギルドだ。それぞれ連携して効率よくこの国を守ってる。主に魔獣からな」


ヘレナ「所属の冒険者は自分のランクにあったクエストを受領して稼ぐんです。ランクは一番数の多い低級ノーマル、その一つ上の中級ナイト、事実上一番上の上級マスター。この三段階に分かれています」


ダイトウ「んで、それぞれの仕事ぶりや戦闘力に応じてランクが上下するんだ。あんまりサボってると低級からすら外されるがな!ははは」


アマギ「・・・なるほど、魔獣被害の対策っていうのは、あの蛇のようなバケモノを魔獣と呼び、冒険者を戦闘力に応じて出動させているのか・・・ここみたいな“冒険者の店“でクエストと報酬受け取って、それで生活しているんだな・・・ふむ」


ダイトウ「蛇?大蛇でも出たのか?」

アマギ「昨日出くわしたんです」


思い出して軽く青ざめる。死にかければ誰でも青ざめる。


ヘレナ「あれだけの脱水と空腹は大蛇から逃げてたからなんですね・・・」

アマギ「いやまぁ、それは荷物がなかったからなんだけど・・・」


ダイトウ「なんにしろ大蛇に出くわして生きて返ったとは悪運の強え奴だ。お前さん割と、向いてるかもな?」

アマギ「いやいや・・・助けてもらっただけですよ・・・ミサイルみたいな娘に」

ダイトウ「ミサイル?」

ヘレナ「それで、いかがです?審査もあまり厳しくはありません。今は色々と大変な時期なので」


アマギ「大変って・・・何が?」


ヘレナ「ここ数年の魔獣被害の増加・・・その原因ともされる、“レジスタンス“との戦争です」

アマギ「レジスタンス・・・?」


一般的にそれは、政府に反発する抵抗軍等の呼び方だろう。


ヘレナ「おかしいですよね。侵略者は向こうなのに、レジスタンスなんて」

ダイトウ「ああ、全くだ!」


だが彼らの様子から察するに、どちらかと言えばインヴェイダーらしい。


ヘレナ「・・・彼らの侵攻は、今から10年前に始まったと言います・・・本格的になったのは、ですけどね」


ダイトウ「冒険者のギルドも、10年前は単なる労働組合みたいなもんだった。5年ほど前かねぇ?今みたいな、武力中心の組織になったのは。年々構成人数は増えていっているが、犠牲者も多い。いろんなやつがやっているからな。力が強いやつ、魔法を使うやつ、何かに特化したやつ・・・お前さんは何か“強み”はあるのかい?ん?」


ニヤニヤと笑いながら問いかけてくるダイトウ。

数日前までただの一般人だった身としては、強みなんて聞かれても困る。


アマギ「剣を・・・少し」


しかし、彼の場合はそうでもなかった。

武力において強みがあるとすれば、彼の場合は剣があった。


ダイトウ「ほう、剣か」

アマギ「幼い頃から父に叩き込まれてきました。お前は将来道場を継げって」

ダイトウ「はっはっは、そいつは中々に。道場か・・・察するに刀だな」


アマギ「・・・待ってください、なんでこんな事を聞くんですか」

ダイトウ「ここにも何本か、冒険者が置いていった物、遺品や戦利品として回収した物がある。冒険者の名簿に登録するなら、支給品として持って行ってかまわねぇ」


アマギ「いや、俺を冒険者にしようとしてますか?もしかして・・・」


ダイトウ「なんだ、職を探しに来たんだろ?そう言う話の流れだと思ったんだが・・・戦えるんだったらギルドは欲しがるぞ。戦力は常に足りないからな」


アマギ「・・・それは・・・」


彼はバジリスクの襲われた時のことを思い出す。

冒険者になったら、あんな怪物とまた戦う事になるのだろうか?


アマギ「・・・すみません、それはちょっと・・・」


無理がある。あんなモノ、人が立ち向かって良い相手では無い。

魔法やら魔獣やらが存在するのだ、

あの白い髪の剣士はきっと唯の人間じゃ無いのだろう。


彼は冒険者になる選択を取らなかった。この時は、であるが。


ダイトウ「そうか・・・なら仕方ないな。強要なんてできねぇし。でもどうする?一文無しなんだろ?」


しかしながら、無職で生きていけるほど優しい世界でも無さそうなので。

彼は真っ当に働いてみる事にした。


アマギ「・・・雇ってください」

ダイトウ「お?なんだうちで働きたいのか?」

アマギ「他にアテが無いので」

ダイトウ「ふむ・・・ま、いいぞ」


彼は雇用契約書らしき物を戸棚から取り出し、ふと振り返ってもう一つ尋ねる。


ダイトウ「そういやお前さん、名前はなんだったかな」

アマギ「あ、はい。俺の名前は、アカミネ・アマギと言います」

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