夢はきらぼし

月鮫優花

夢はきらぼし

 シワのないスーツと共に実家を離れていくらか季節が巡った頃、私はすっかりくたびれてしまって、帰省せざるを得なくなった。

 ありがたいことに両親は悪い顔をひとつせず、金銭含め生活の面倒をみてくれた。しかし、それがなおさら私を後ろめたい気持ちにさせた。

 情けなく、煮え切らない日々の中、つい、とても悪いことを企んで、外に出た。

 ふと、家のポストに一枚の紙が入っていることに気がついた。見てみると、プラネタリウムのチラシであることが分かった。それも、私が幼い頃、よく親にねだって連れていってもらったところだった。近々閉館するという情報が記載されていた。

 どうせ悪いことを実行して人生を棒に振ってしまうのなら、その前にもう一度足を運ぶのも悪くはないと思った。

 平日の昼の陽に寂れたそこが照らされていた。ただ呆然と、変わってしまったのだな、なんて思った。傷んだカーペットの色も、弱った照明の形も、私に面影を見せてくれたのに、何も信じるものかとすら思えた。

 席に腰をかけて、じっと映像が投影されるのを待った。

 そのうち、一つの光る点が天井に映し出された。そこからどんどん星が増えていって、ナレーターによる星座の紹介が始まった。でも、聞こえてきたのはナレーターの声だけではなかった。

 「ああ、すごい!!」

 ナレーターや私より、ずっと幼い声だった。声の主は私の横に座っていた。私の他に人が入ってくる気配なんて感じなかったのに、いつの間に?それはさておき、こんな忘れ去られてしまったようなプラネタリウムに私以外にも人がいたことが純粋に嬉しかった。たとえ投影中の館内で話すようなお行儀の悪い子供であっても。運命を感じたのは星の魔力のせいだけではないはずだ。

 その子供は熱心にスクリーンを見つめていた。キラキラと目を輝かせて、言った。

 「ねぇ、みて。あの星たちには、物語があるんだよ。わたしだっていつか、物語の一つになりたいな。」

 なりたいな、なんて表現はいささか不適切であると思った。だってそこには“なりたい”という気持ちはあっても、“なってやる”という意思はないだろうから。どれだけ頑張っても、脇役にすらなれないことすらあるのに。それでいてその子は堂々と、自分が物語の一部になることに対して少しの疑いも持たず、信じきっている調子で夢を語った。

 天井に、一筋の光が走る様子が映し出された。

 作り物の流れ星に子供はしっかりと両手を合わせて祈った。その健気で美しい姿といったら!私の目を焼いてしまうのかと思った。

 「なれるよ、絶対……。」

 投影中であるにもかかわらず、私は思わず声を出してしまった。そんな言葉の責任なんてとれっこないのに。でも、その子の願いを、夢を信じたかったっていうのも本当で、確かに私は声を出さずにはいられなかったのかも知れない。

 「ありがとう。」

 そうその子の返事が聞こえたと思ったら、プログラムは終わっていて、その子供もいつの間にかいなくなっていた。

 部屋を後にするとき、「またね。」と、その子供の声が聞こえた気がした。

 またね、というのは次に会う機会があるときのための言葉だ。私は早歩きをして求人用の冊子を手に入れに行った。悪事は後回しだ。あの、幼かった頃の私のような子供と再会するために。

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