第5章 最中といろいろな企画編

第41話 最中の気持ち

 その週の土曜日。

 私は久し振りに実家に顔を出すことにしたよ。


 私の住むアパートから実家まではバスで1時間、そこからさらに徒歩で10分くらいの距離。


 帰ろうと思えばいつでも帰れるから、ゴールデンウィークも2~3年に1回しか帰らないんだよね。


 あと、この時期の実家には蜂の巣が出来てることがあって、それが怖くて避けがちになってるっていうのもあるけれど……。


 でも今日は特別。

 だって、明日までに田部さんに何かしらの返事をしなくちゃいけないから。


 今の時代、スマホ1台あれば簡単に繋がれる。

 だから契約書の画像データを送ればそれで済むことではあるんだけど、こういう大事な相談は面と向かってしたいからね。


 契約書を見せたら二人はなんて言うかな。

 お父さんもお母さんも趣味でやる分には許してくれそうだけど、仕事にするってなるとやっぱり反対してくるかな?


 そんなことを考えながら、私はライムスと一緒にバスに揺られていた。


 配信のときと違ってメイクはナチュラル風。

 髪型はポニーテールで、あとはサングラスを掛けてきたよ。


 これは最近になって気付いたんだけど、サングラスとマスクを両方付けちゃうと逆に怪しいんだよね。


 マスクはちょっと息が苦しいから、ここ最近の私はサングラスを愛用しているよ。


#


「ただいまぁ~~」


 キャリーカートを引きながら玄関を開けると、ドタドタと慌ただしい音と共にお父さんが出迎えてくれた。


「おお、モナちゃんお帰り! それにライムスも! さぁさ、入った入った。おう~い、母さん。モナちゃんが帰ってきたぞ~~」


 ふふ、お父さんってばなんであんなに慌ただしいんだろうね?


 でもちょっと安心しちゃったな。

 相変わらずというか、元気そうでよかったよ。


「お邪魔しま~す」


 私が姿を現すと、お母さんが忙しそうに動かしていた手を止めた。


「あれ、お母さん。それはなに?」


 テーブルの上には大量の茶封筒が置かれていて、お母さんが腰掛けるソファの手前には段ボール箱が置かれていた。


「最中、ライムス、お帰りなさい。……最近ね、ちょっと暇な時間が増えたから。それで内職始めたのよ、簡単なヤツね。いま退けるからちょっと待ってて」

「あ、手伝うよ」

「ありがと。それじゃそっちのお願いね」

「は~い」


 へぇ、お母さんが内職ねぇ。

 ぱっと見た感じ、シール貼りの仕事かな?


「最近は見たいドラマとかも無くなっちゃってねぇ。お友達と喫茶店行くのにもお金かかるし、少しは自分で稼がないとね。それで? 大事な話があるって言ってたけど」

「わざわざ帰ってくるくらいだから、よっぽどのことなんだろう? お父さんもお母さんもちょっと心配してたんだぞ? それに、あんな動画を見ちゃったらな……」


 あんな動画……岡田さんの動画のことだね。


「あの動画のことは関係ないよ。もう終わったことだからね」


 そう言って、私は鞄の中から例の書類を取り出して、テーブルの上にそっと置いた。


「それ、二人に目を通して欲しいの。私一人じゃ判断が難しくてさ。帰ってきたのはそれが理由だよ」

「ふむ、どれどれ。まずはお父さんが見てあげよう」


 そう言って、お父さんは抽斗ひきだしの上から眼鏡ケースを取り出して、書類の文字を睨み始めた。


「ふむ。うんうん、なるほどなるほど? ――ほへぇ~~。はぁ、なるほどなぁ。つまりこれはアレだな? スカウトってヤツだな?」

「あらあら。ちょっとお父さん、私にも見せてちょうだい」

「はいはい、どうぞ。きっと驚くと思うぞ?」


 お母さんが書類に目を通している間、お父さんは腕を組みながら唸っていたよ。


「お父さん、ちょっと静かにして」


 お母さんにピシャリと言われて、お父さんはシュンと縮こまってしまった。


「なるほど。大体の事情は分かったよ。それで、最中はどうしたいの?」

「おお、流石はお母さん、気が合うな。お父さんも真っ先にそれを聞こうと思っていたんだ。こういうのは気持ちが一番大事だからな」


 えぇ、この反応はちょっと予想外かも?

 特にお父さんには真っ先に反対されると思ってたんだけどな。


 私の気持ち、か。

 言われてみれば考えたことも無かったな。


「どうせ最中のことだから、ライムスのことしか考えてなかったんじゃないの?」

「うっ。そ、それは……」

「ははは、流石はお母さんだ。どうやら図星みたいだぞ?」

「最中、よく聞いて。昔からそうだけど、最中は自分のことを後回しにしすぎなの。それは一重に、最中が優しいから。だからあまりキツくは言えないわね。でもね、たまには自分にも優しくしなきゃダメよ?」

「私は……」


 私は、どうしたいんだろう?


 スカウトのメールを受けた時、私はどう思ったんだっけ。


 嬉しい?

 うん、たしかに嬉しい気持ちはあったよ。

 でも、一歩踏み出すのは怖いなとも思ったよね。

 

 だって今の暮らしは安定してるし。

 ちゃんと月に1回お金が入ってきて、食費も光熱費も払える。


 ライムスのご飯も買ってあげられるし、贅沢さえしなければ必要最低限の生活はできるよ。


 だから今のままでいるのはすごく安心できる。


 でも、本音の部分では――。


 私はダンジョン配信が大好き。


 仕事は大変だけど、週2日の休みにはライムスと一緒にダンジョン配信を見るのが楽しみだった。


 ライムスと一緒にダンジョン配信を見てると、それだけで楽しくて幸せだったよ。


 そしてダンジョン配信が大好きだからこそ、当然の感情が湧いてきてもいた。


 でも私は、ライムスのためと言い聞かせてその感情に蓋をしてきた。


 私もやってみたいな。

 私もDtuberになってみたいな。


 ダンジョン配信が大好きな人間が、一度もそう思わないなんてあり得ないよね。


「お父さん、お母さん。もし許されるなら……もしワガママを言ってもいいなら。私、Dtuberって仕事をやってみたいよ」


 私がそう言うと、お父さんもお母さんも優しく微笑んでくれて――。


「よぉし、そういうことならドンとチャレンジしなさい! なに、心配はいらないさ。もし上手くいかなかったとしても、その時はお父さんとお母さんが全力で支えてやるさ!」

「私も応援する。だって最中がやりたいって言うんだもの。反対する理由がないわ」

「お父さん、お母さん、ありがとっ!! 私、さっそく返事してくるよ!」


 私はスマホを手に取って、大急ぎで家を出た。


「…………っ」


 ああもう、二人とも優しすぎるよ。

 そんなに優しくされたらうるっと来ちゃうじゃんか。

 でもお陰で覚悟が決まったよ。


 私は意を決して、田部さんに電話を掛けた。



 

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