第40話 最中の守りたい日常

 5月12日、日曜日。


 息苦しさと瑞々しさを感じて目を覚ますと、私の顔の上で、ライムスがぷるぷると揺れていた。


「んにゅ……らいむしゅ、おはよ~」

『きゅぴっ!!』

「うん、今行くよ」


 私はゆっくりと身を起こしてから、ふわあ~と伸びをした。


 カーテンの隙間からは陽の光が漏れている。

 今日の天気も良さそうだね。


 布団を整えてから居間にやってくると、ソファの上で、ライムスがぷるぷると揺れていた。


『ぴきゅっ!』

「うん、今作ってあげるからちょっと待っててね」


 今日の朝食は私もライムスもお揃いだよ。


 丸皿にシリアルを入れて、牛乳を注いで。

 ヨーグルトを乗せたら、カットしたイチゴにバナナ、キウイにみかんにリンゴを盛り付けていくよ。


 ドリンクは私がコーヒー、ライムスはオレンジジュース。


「ライムス、朝ごはん出来たよ~」

『ぴきゅ~~っ!』


 私が呼ぶと、ライムスが慌てたようにこちらへやってきた。


 ご飯は逃げないのに、どうにもライムスはがっつき屋さんなんだよねぇ。ま、そういうところも可愛いんだけどさ。


「それじゃ、いただきまぁ~す」

『きゅぴぃ~~!』


 朝食を食べ終えたあとはお散歩タイムだよ。

 今日はダンジョン配信はお休みするから、その代わりにお散歩だね。


 スライムと言えど、運動を疎かにしたら太っちゃうから。太っちょのスライムって、それはそれで愛嬌あるんだけど。


「今日はなに着ていこうかなぁ」


 いつも同じ服装だと流石に飽きてくるんだよねぇ。

 

「ちょっと陽が強いから帽子はあったほうがいいかな」


 少し悩んだ結果、今日はいつもの白シャツに紺色のジャンパースカートを合わせることにしたよ。


 帽子は、私が麦わら帽子で、ライムスにはキャット帽子を被らせあげてっと。


「それじゃ行こっか、ライムス!」

『ぴきゅう!』


 私はライムスを連れて、自宅近くの河川敷までやってきたよ。


 ここは私が一番最初に潜った指定番号411ホールがあった場所だね。もう攻略されていて、自由にお散歩できるようになっているよ。


「ライムス、浅瀬のほうまで行ったら水浴びしようか」

『きゅぴぃ!!』

「ふふっ、ライムスは冷たい場所が大好きだもんねぇ?」

『きゅいぃっ!』


 ライムスを連れてお散歩していると、ちょっといいことを思い付いちゃったよ。


 子供の頃、お父さんとお母さんがビニールプールで遊ばせてくれたことがある。ライムスに買ってあげたら、きっと大喜びしてくれるよね。


 ふふ、これはサプライズにしておこっか。




『ぴきゅぅ~~っ!!』

「あははっ、ちょっとライムス、冷たいってば~」

『ぴきぃっ!』

「あ、やったね!? だったら私もやっちゃうもんね、えいっ!」

『きゅるぅ~~!?』


 ああ、楽しいなぁ。

 こうやってライムスとお散歩して、水をかけあってさ。こうやって一緒にいられるだけで、こんなにも幸せだよ。


 この日常を守るためにも、ライムスのためにも、これからのことは慎重に決めないとね。


 会社員を続けるのか。

 それともスカウトを受けるのか。


 とりあえず、給料面についてはしっかりと聞いておかなくちゃね。


#


「給料は、最初の内は40万といったところでしょうか。手取りで30万はお約束しますよ。それと、ダンジョン配信に必要な機材・装備品の貸し付け等もこちらで全面的にサポートさせていただきます。その代わり、広告収入や投げ銭によって発生する収益は我々が6割、天海さんが4割になりますね」


 ライムスとのお散歩を終えて、夕方17時。


 待ち合わせに場所に指定された喫茶店で、私は田部さんと落ち合ったよ。


 最初の30分は当たり障りのない話をしていたけれど、話題は少しずつ契約内容の詳細にシフトしていって――そして掲示されたのが、この条件。


 正直言って、手取り30万の確約はかなりおいしいと思った。


 今の私の給料は手取りで22万円前後。

 光熱費や食費にも持っていかれるから、なかなか貯金が難しい。


 でも30万円なら無理なく貯金ができるよね。

 インセンティブが4割っていうのは少し気になるけど、このあたりは後で相場を調べてみようと思う。


「いま、天海さんはノリに乗ってますからね。それにライムスくんも愛嬌があってアイコニックな存在になれる。鉄は熱いうちに打てといいますが、まさしくその通りだと思うんですよ!」


 田部さんは、見た目は大人しそうだけど、情熱を秘めているというか、けっこう熱い人みたい。


 個人的にこういう人は嫌いじゃないし、むしろ好感が持てるよ。とはいえ、結論を焦るのはちょっと危ないよね。


「田部さん。この書類、持ち帰らせてもらってもいいですか? 両親にも相談して、慎重に考えたいんです」

「そう、ですか。本当は今日この場で決めて欲しかったんですけど……。いや、すみません。流石にそれは無理がありますよね。分かりました。まずは一週間待ちますので、それまでに一度ご連絡いただけますでしょうか?」

「はい、分かりました」

「天海さん、本日は応じて頂きありがとうございました。またお話しできるのを楽しみにしていますね」

「私のほうこそ、ありがとうございました」


 田部さんが去った後、私は店員さんにお代わりのコーヒーとチーズケーキをお願いして、それからもう一度書類に目を通していった。


 見れば見るほどに魅力的な契約。

 人気が出てくればグッズ展開とかもあり得るらしい。


 私はライムスがぬいぐるみやフィギュアになっているのを想像してみた。


「…………えへへへ」


 もしそんなことになっちゃったら最高すぎるね。


 ライムスがパッケージのお菓子とか出ちゃったりして?

 きゃーーーっ、夢が膨らんで止まらないよ!


 でも、いいとこばかりに目を向けてもいられないよね。


 Dtuberとして人気になれるのは一握りだし、人気が出なかったら安定した生活を送るのも難しくなっちゃうから。


 中々に難しい問題だけど……。


「お待たせしました。ホットコーヒーとチーズケーキのセットになります」

「ありがとうございます」


 とりあえず今は、目の前のメニューを楽しもう!






 

 


 


 


 


 

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