第38話 岡田の末路②

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「配信をご覧の皆様、初めまして。私は岡田修という者です。この度、私は皆様に謝罪しなければなりません。それは天海最中さんの件についてです。単刀直入に申します。天海最中さんの個人情報を漏らしたのは、私です。これが私の名札、こっちは免許証……まぁ、証拠の掲示はさほど必要無いでしょう。この動画が拡散されれば、真偽などすぐに明らかになりますから」


 岡田さんの怪我は既に直っているよ。

 須藤さんが上級ポーションを用意してたから、そのお陰だね。


 須藤さんは最初から動画を撮らせるつもりで、その為にポーションを用意していたみたい。


 岡田さんはガクリと肩を落としながらも、これまでに犯してきた罪の数々を自白していった。


「私は、最低最悪の人間です。これまでに私は、パラハラやセクハラ、横領などの下劣な行為を繰り返し行ってきました。プライベートでも、立場の弱いコンビニ店員を怒鳴りつけたり、飲食店ではワザと髪の毛を混入させたりして、返金を強いたりもしました。それだけでなく、私は妻子がいるにも関わらず20以上も年下の女性と不倫関係にありました。


 罪悪感は微塵も無かった。世の中は金が全てで、私はたまたま仕事が得意だった。金を稼ぐ能力が他人より少しだけ優れていた――だからいつしか傲慢になって、なにをしても許されて当然だと、そう考えるようになってしまった。


 天海さんに対しては完全に逆恨みで動いていました。彼女が入社してから一週間近くが経過した頃、一度だけ食事に誘ったんです。信じてもらえないかもしれませんが、その時は下心などはありませんでした。純粋に、労ってやろうという気持ちだけがありました。


 でも、天海さんはその日用事があったらしく、私の誘いは断られてしまいました。それで私は、まるで自分が否定されたかのように思い込んでしまい、それで、彼女には他の社員よりもキツく当たるようになってしまいました。


 彼女がバズったと聞いた時、チャンスだと思いました。ここで個人情報を流せば、間違いなく会社に無関係の人間が押し寄せてくる。つまり、会社に迷惑が掛かる。それは天海さんにとっての弱みになる……付け込むことができる。そんな下卑た考えが浮かんできて、私はそれを実行に移してしまいました。


 そして今日も、私は自分の立場を利用して、天海さんに酷いことをしようとした。クビを免れるためには転勤するしかない。俺のコネがあれば転勤できる。でも、そうして欲しいなら服を脱げ。


 天海さんがどんな気持ちになるかなんて、少しも考えていなかった。自分の欲望が満たせればそれでいい。自分さえよければいい。それが、私の考えでした。私はクズです。こうやって動画を撮っているのも、自分の身に危険が及んだからです。そうでなければ、この動画を撮ることは100%あり得ませんでした。……どうか皆様、私のことを好きに罵ってください。もう、全てがどうでもよくなってしまった。この先にあるのは破滅だけ。私は、それを悟ってしまったのです…………」


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「……これで、満足か」


 疲労に満ちた声で岡田さんが呟く。

 その瞳はどこか虚ろで、半開きになった口からは魂が漏れ出てるんじゃないかって思う程だった。


 つい先刻までの偉そうな岡田さんは、もうどこにも居なかった。


「これから、どうするんですか?」


 私が聞くと、岡田さんは乾いた笑いを浮かべた。


「別に。もう、全部どうでも良くなっちまったからな。貯金はあるし、大人しく山に籠るってのもいいかもしれないな」


 そっか。そりゃそうだよね。

 岡田さんは私たちとは立場が違う。

 立場が違うってことは給料も違うわけで。

 

 でも、なんだろう。

 このまま岡田さんが隠居するということに、どうにも納得できない自分がいる。


 岡田さんは充分に制裁を受けたハズ。

 なのに、この胸のモヤモヤはなに?


 そんな私の心境を見透かしたかのように、須藤さんが口を開いた。


「なに一件落着みたいな空気出してるんですか。まさか岡田さん、これで終わりだとでも思っているんですか?」

「…………オイ。もう――もう、充分だろ。充分イジメてくれたじゃないか。今でこそ閲覧数は少ないが、この動画が真実なんてことはすぐに明らかになる。もう俺は終わった。何もかもすべて失って、俺は破滅したんだ。だってのに、まだ、足りないってのか?」

「えぇ、足りませんね」


 そして須藤さんは、鋭い舌鋒で核心を突いた。


「だって岡田さん、まだ最中ちゃんに謝罪してないじゃないですか」


 あ……。

 そうだ。そうだよ。

 私はまだ謝ってもらってない。

 岡田さんの口から「ごめんなさい」の言葉を聞いてない。

 モヤモヤの正体は、きっとそれだよ。


「おかしな話ですよね。謝罪の言葉というものは、申し訳ないと思えばこそ自然に口を突いて出るもの。でも、岡田さんの口からは未だにそれがない。つまり岡田さん。あなたは少しも反省なんかしちゃいないんですよ」

「……揚げ足取りだ」

「いや、須藤さんの言うことは的を射てると思います」


 私は勇気を振り絞って、岡田さんに視線を向けた。

 さっきまでの恐怖はまだ残ってる。

 でも、ここで引くわけにはいかない。

 だって私は、あんなに怖い思いをさせられたんだもん!


「謝ってください。心の底から、申し訳なかったと謝罪してください!!」

「はぁ……はぁ、はぁ、はぁ、て、てめーら。あんま調子こいてんじゃねーぞ? 言うに事欠いて謝れだぁ? この俺様に?? クソガキどもが、舐めてんじゃね――」


 次の瞬間、岡田さんが私に飛び掛かろうとして――。


 ビターーンッ!!


「ぶべっ!?」


 須藤さんが足を引っかけて、岡田さんは派手に転んでしまった。


「まったく、困った人ですね。少しは学習してくださいよ岡田さん。私に勝てないことくらい分かるでしょう?」


 須藤さんに窘められて冷静さを取り戻したのか、岡田さんは観念したように項垂れてから、振り絞るように声を漏らした。


「ごめん、なさい……」

「岡田さん、これから警察を呼びます。今日この場で私にしようとしたこと。そしてこれまでやってきたこと。全部、警察の人に話せますね?」


 私が問いかけると、岡田さんは涙を流しながら頷き返してきた。


 これがなんの涙かは分からないけど、少しでも反省してくれるといいな。

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