第37話 岡田の末路①

 これ、夢じゃないよね?

 現実だよね!?


「ふにっ……。うっ、普通に痛いや」


 ほっぺをつねってみたけど普通に痛かった。

 ってことは、これは現実ってことだよね。

 なんだか信じられないよ。

 まさか私にスカウトのメールが送られてくるだなんて。


「はっ! もしかしてこれ、詐欺なのでは!?」


 人事部の田部さんって言ったよね。

 ちょっと調べてみようか。


「……わぁ、普通に顔出てるじゃんこの人」


 ホームページにスタッフインタビューっていう欄があって、そこに顔写真付きで田部さんが紹介されていたよ。


 もうここまで来たら疑いようがない。

 このスカウトメールはホンモノだよ!


「なんか現実感ないなぁ。でも、Dtuber事務所に所属するってなると会社は辞めなきゃだよね? う~ん、今すぐに答えを出すっていうのも無理な話だし、来週の日曜日に一回会ってみよっか。それで話を聞いてから、また考えればいいよね?」



 ――――――――――――――――――――

はじめまして、天海と申します。お忙しい中、ご連絡いただきありがとうございます。来週の日曜日でしたらお会いできますが、如何でしょうか?

 ――――――――――――――――――――



「とりあえずこれでヨシっと。それにしてもタイミング悪いな~。岡田さんからのメールがなければもっと大喜びだったのに」


 それにしても何の用事なんだろう?

 わざわざ呼び出すほどだからよほど重要なことなんだろうけど。


 やっぱり、会社に無関係の人がいっぱい来ちゃったから、それで怒ってるのかな?


 本当はイヤだけど、もう既読付けちゃったしなぁ。


「夜ご飯食べたら会社に行かなきゃだな~。ライムス、こっちおいで?」

『ぴき?』


 私が呼ぶと、ライムスは膝の上にちょこんと乗っかってきたよ。


「ライムス、ごめんね? 後でまた会社に行かなきゃくちゃいけないんだ。でもその代わりいっぱいプニプニしてあげるからね?」

『ぷゆ~~』


 私が会社に行くと言うとライムスは不機嫌になったけど、プニプニを続けているとだんだんと顔がトロけてきて、ふにゃふにゃになったよ。


 こういう単純なところも可愛いんだよね~。




「それじゃ行ってきます。なるべく早く帰ってこれるように頑張るから、お利口さんにしてるんだよ?」

『きゅぴぃっ!!』

「うん、いい返事だね!」


 夕食後。

 私はライムスに見送られながら家を出た。


 時刻は21時。

 ちょっと早いけど問題ないよね。

 岡田さんのメールには「22時までには来い」って書いてあったし。


 はぁ。

 それにしても、やっぱり憂鬱だなぁ。

 だって絶対に怒られるじゃんか。

 それでも行かなきゃならないんだけどね……。


#


「失礼します」


 オフィスに入って、マスクとサングラスを取り外す。するとすぐに岡田さんと目が合った。


 岡田さんはこちらまで向かってくると、「応接室」とだけ言って、廊下を歩いて行った。


 私は短く会釈して、岡田さんの後をついていった。


「なんで呼ばれたか分かってるか」


 応接室に入るなり、威圧感満載の低い声が飛んできた。


 ああもう、明らかに怒鳴る気満々じゃん!

 これだからイヤなんだよなぁ……。


「えーと、私のせいで無関係の人が集まっちゃって……。その、大変ご迷惑をおかけしました。本当にすみません」

「はぁ~。ったく、これだから若いのは。あのなぁ、すみませんで済むと思ってんのか? お前のせいでほとんどのヤツが昼休憩取れなかったんだぞ? ――そもそもな、お前がプライベートと仕事を分けてないからこういうことになったんだ。ダンジョン配信やるなとは言わねぇ。別にウチの会社は禁止してねーしな。でも、やるならやるで化粧を変えるなりウィッグ被るなり、声を変えてみるなり、仮面をつけてみたり……いくらでもやれることあったんじゃないのか?」

「……ハイ」

「プライベートも管理できねぇなら、ダンジョン配信なんてやめちまえッ!!」

「うっ。ご、ごめんなさい」


 うう~、やっぱり怒られた。

 ていうか、これって私だけのせい?

 

 たしかに私にも非があったかもしれないけどさ、一番悪いのは私のプライベートを勝手に流出させたヤツじゃないの?


「で、どうすんだ。このままダンジョン配信続けるってんならお前、会社辞めなきゃならんくなるぞ」

「えっ」

「えっ、じゃねーよ。当たり前だろーが。たまたま運が良かっただけとはいえ、お前の配信はバズッちまったんだからな。もう今までのように普通に社会人やりますってワケにはいかんだろ。違うか?」

「それは……」


 会社を辞める。

 それはつまり、安定を捨てるということ。


 配信者一本で生きていく。

 私にそんなことが可能なんだろうか?


「ま、配信やりながら仕事やる方法もあるけどな」

「え、そんな方法があるんですか?」


 まさか岡田さんからこんな提案がされるだなんて、意外だよ。


 てっきり嫌われてると思ってたし。


「おうよ。俺のコネがあればヨユーだ。でも、タダでってのは虫が良すぎるよな? そうは思わないか、天海」

「えっと、それは、まぁ……」

「つーかお前、ちょっと地味だけど顔は可愛いほうだよな」


 え。

 いきなり何?

 なんの話?


「あの、話が脱線してる気が――」


 ダァン!!


 いきなり壁ドンされて、私は恐怖で動けなくなってしまった。


 岡田さんが息を荒げながら顔を近づけてくる。


「脱線してねーよ」

「え、っと……」


 ヤダ、気持ち悪い。

 なんなの。

 なんでそんな目で私を見るの。


「脱げ」

「は?」

「そうすればお前の立場は保証してやる。転勤って形を取れば会社を辞める必要もなくなるしな。なに、安心しろ。俺は社長に気に入られてるからな。俺の力があれば」

「意味が分かりません! なんでそんなこと言うんですか?」

「チッ、ごちゃごちゃウルセーな。黙って俺の言うこと聞いてりゃいいんだよ。ただでさえお前は仕事も遅ェーんだからよ」

「だからって、脱ぐだなんて出来るわけないじゃないですか!!」

「ほぉ、そうか。そりゃ残念。んじゃ~クビにするしかねーな」

「えっ、そ、それは……」

「だってしょうがねーじゃん。……いいかよく聞けよ天海。この部署では俺がリーダーだ。俺が絶対だ。だからな、俺の言うことを聞けねー人間は必要無ェーんだわ。んじゃ、おつかれちゃん!」


 そう言うと、岡田さんは私の肩をポンポンと叩いて応接室から去ろうとする。


 どうしよう。

 このまま行かせてもいいのだろうか。

 このままじゃ私、クビになっちゃうよ。

 

 もし配信者として上手くいかなかったら?

 私が飢えるのはいい。

 でも、ライムスだけは……。

 ライムスが苦しむのだけは、絶対にイヤだ!


「あ、あのっ!」

「おん? なんだ? なんか言いたいことでもあるのか、ええ?」

「…………ます」

「あ? 聞こえねーよ」

「ぬ……脱ぎ、ます。そっ、そうすれば、クビには、ならないんですよね?」

「……ったく。だったら最初からそうしろよ。この問答がマジで無駄だわ」


 ああもう最悪!

 まさか岡田さんが私のことをそんな目で見てたなんて。


 絶対に、絶対に絶対に許さないんだから!

 

 でも、今は、今だけは言うことを聞くしかない。

 ライムスのためにも、リスクを背負うわけにはいかないから。

 

 と、その時。

 コンコン、と応接室の扉が二度ノックされて。


「すみません、取り込み中です」


 岡田さんが言うも、ノックは鳴りやまない。


「ったく、怠いな。ンだよ、これからいいとこだってのに――はいはい、いま開けますよ~」


 そしてドアを開けた、次の瞬間。


 ゴッッッ!!!!!


「ぶッッ、~~~~~ッ!?!??」


 鼻血をまき散らしながら、いきなり岡田さんが吹き飛んできたよ。

 

「……えっ? ちょ、岡田さん!? 大丈夫ですか!?」

「うう、痛ぇ、痛えよぅっ! なっ、なんなんだよ、何が起きたってンだよ!??」


 うわ、鼻が曲がってる!

 これ絶対に折れちゃってるじゃん、痛そう……。


 ていうか、誰がこんなことを?


 私は岡田さんにハンカチを渡してから、ドアのほうに視線を向けた。


 そこに立っていたのは、須藤さんだった。

 

「す、須藤さん。どうしてここに……?」


 今までに見たことの無い、怒りに満ちた形相。

 血に染まった右拳。

 

 須藤さんは応接室に踏み入ると、扉を施錠して、それから床に蹲る岡田さんの脇腹を全力で蹴り上げた!


「ふッ!!」


 メキメキ……ッ!!


「ぁガッ!? う、ぉ、ォエエエエ」


 びちゃびちゃと吐しゃ物が吐き出されて、鼻を突くえた匂いが室内に広がった。


「な”、なに、しやがる”……、す、須藤ォッ!!!!!」

「それは私のセリフです。……最中ちゃん、怪我はない?」

「え? あっ、ハイ。私は大丈夫ですが」


 そう言うと、須藤さんは大きく息を漏らして、私のことを抱きしめてくれた。


「怖かったね。でも、もう大丈夫。今度は私が助ける番」


 なにがなんだか分からない。

 頭の中がぐるぐる渦巻いて混乱する。


 でも、一つだけ分かることがある。


 須藤さんは、私を助けるためにここに来てくれた。

 

 それが分かった時、私の目からは大粒の涙が、ぼろぼろととめどなく零れ落ちてきた。


「う、ぅうっ、須藤さん。ひくっ、う、怖かったです。ぅうう、怖かったよ……」

「うん、うん。もう大丈夫だよ。一人でよく頑張ったね」


 私が落ち着くと、須藤さんはすっと立ち上がり、今度は岡田さんの顔面を容赦なく蹴り上げた。


 ガッッ!!!!


「ぐふっ!! が、がは、あふが……。ち、ちくひょう。くそが、クソがぁ! テメー、俺に! 俺に、にゃんの恨みぎゃあって、ひょ、こんなことぉ……!!」

「恨み? 数え始めたらキリがありませんが……まぁ、最中ちゃんに酷いことしようとしましたからね。それだけでも極刑に値しますよ。いいですか、この応接室には……というか社内の至る所にカメラと盗聴器を仕掛けさせてもらいました。つまり、岡田さんの言葉は何もかも全て記録してあるということです。この意味が分かりますか?」

「あ”、がはぅ! てめぇ。須藤テメェェ!! この俺様にこんなことしてタダで済むと思ってんン――」

「黙れ、ゲスがっ!!」


 冷たく言い放つと、須藤さんは右手に魔力を集中させた。

 そして。


ウェポンズ・サモン来い。アウシュトラウシュ・グラッヘ!!」


 詠唱と共に、一丁のスナイパーライフルが出現して、私と岡田さんは目を点にして驚いた。


 それは濃紺を基調とした光沢のある狙撃銃。

 先端は細く、中腹地点から尻にかけて、まるでビリヤードのキューのように太くなっていく。


 その武器は誰もが見たことのあるものだった。


 ダンジョン配信が好きなら、その銃の色、形、名前を諳んじることが出来て当然。


 だってその武器の使い手は日本最強のSランク探索者――影乃纏しかいないのだから!


「岡田さん。今からアナタの犯した罪の全てを自白してもらいます。もちろん全国に向けて配信しますが……文句は言わせませんよ?」


 須藤さんが銃口を向けると。


 岡田さんはガクガクと震えながら、涙と鼻水と血液で顔面をグシャグシャにしながら、何度も何度も首を縦に振って頷いていた。


「た、助けて……助けてくだひゃい、命だけはぁっ!!」


 そして岡田さんは、恐怖のあまり、その場で失禁してしまった。


 そんな岡田さんの姿を見て。

 私は内心、ざまぁみろと思ってしまったよ。


 本当はこんなこと思っちゃいけないのかもしれないけどね。


 でも、あんな酷い目に遭わされそうになったんだから、こんなふうに思っちゃうのも無理はないよね。

 

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