第34話 二者択一

「……」

「……」


 どうしよう。

 あれから5分くらい経ったけど、なに喋ればいいのか全然分からないや。


 あまりにも気まずすぎるよ……。

 

 なにか話題ないかな?

 なんでもいいから話せることがあれば良いんだけど。


 うーん。

 あまり気乗りはしないけれど、さっきのこと聞いてみようかな。岡田さんが私を逆恨みしてるって話。流石にちょっと気になっちゃうもんね。


「あの、須藤さん。さっき言ってた岡田さんが逆恨みしてるっていう話、詳しく聞かせてもらってもいいですか? どうにも気に掛かっちゃって……」

「いいですよ。その代わり条件が――」

「あ~んはしませんよ!」

「そんな……」


 いやいや、「そんな……」なんてしょんぼりされたって困っちゃうよ!


「ねぇ須藤さん。なんで須藤さんはそんなに「あ~ん」したいんですか? しそりゃ須藤さんはいつもクールだし冷静だし格好いいし、私だって憧れてますよ? でも、今日の須藤さんはちょっとヘンというか……」

「だって、天海さんってすっごく可愛いじゃないですか」

「え?」

「すみません。私、可愛いものには目がないんです。だから、実はずっと前から天海さんとお食事出来たらな~って思ってて。今だって本当は「モナちゃん」って呼びたいのを我慢してるんですよ?」

「モナちゃんて……」


 ていうか、すごいナチュラルに褒められちゃったんですけど。

 

 それにしても、まさかあの須藤さんがこんなふうに思ってくれてたなんてね。


 嬉しいような恥ずかしいような、複雑な気持ちだよ。


「それに、天海さんは私のことを助けてくれ――」


 と、その時。

 ぴろりんっ、と私のスマホが鳴ったよ。


 私はポケットからスマホを取り出して、そこに表示されている名前を見てげんなりした。


「うう、よりにもよって岡田さんからだよ。ごめんなさい須藤さん、ちょっと外出てきますね?」

「あ、はい。分かりました」




「もしもし、天海です」

「てめぇ、このヤロー!」


 わわっ!

 岡田さんってばすごい怒ってるよ!

 

「あの、書類にミスとかありましたでしょうか?」

「あ? 書類は関係ねーよ。ンなことよりお前、どう責任取ってくれるんだ! お前のせいで無関係な人間が会社に押し寄せてきて大変なことになってるんだぞ!? ――ってオイそこのお前! カメラ取ってんじゃねー!! だぁーもうっ、話にならねーぞこれ! ――オイ天海、お前今日はもう帰れ! こんなんじゃ仕事になんねーよ!!」


 ブチッ

 つー、つー、つー……。


「えぇ……」


#


 店に戻って事情を説明すると、須藤さんは呆れたように溜息を吐いた。それから私に向き直って、優しく微笑みかけてくれた。


「天海さん、今回の件ですが、天海さんが責任を感じる必要はありませんよ。悪いのは人の個人情報を勝手に流した人間です。まぁ、それが誰なのかは既に分かっているんですけど」

「えっ!?」


 須藤さんはさらっと言ってのけたけど、それってすごく重要なことだよね?


「あの、須藤さん。誰が私の情報を漏らしたんですか?」

「すみません、今はまだ言えません。私にもいろいろと考えがありますから」

「そんな……。あっ、それじゃこういうのはどうですか? 教えてくれたら「あ~ん」してもいいですよ」

「……ッ!??」


 私が条件を出すと、須藤さんは露骨に狼狽えた。

 けど最後には、ガクリと肩を落として、心底残念そうな顔つきになってしまったよ。


「大変魅力的な提案ですが、ごめんなさい。やっぱり教えられません。ですが、約束します。必ずその不届者に制裁を加えて、天海さんに謝罪させると。――どうですか。納得できないですか?」

「…………はぁ。分かりました。今はそれでいいですよ。でも、いま言ったことは忘れないでくださいね? 約束ですよ」

「安心してください。私は、一度交わした約束は絶対に・・・破らない主義なので」


#


 お昼ご飯を済ませた後、私と須藤さんは現地で解散したよ。


 別れ際、須藤さんは鞄の中からサングラスを取り出して、私に貸してくれた。


 須藤さんは目が弱くて、通勤のときはサングラスをしてくるらしいよ。いつも2本持ち歩いているとのことで、私は有難く貸してもらうことにした。


 サングラスにマスク。

 ちょっと怪しいけれど、朝の電車みたいに騒ぎになるよりかはマシだよね。


「ただいまぁ~~」


 ドアを開けると、猪突猛進の勢いでライムスがすっ飛んできて、私の胸元にダイブしてきた。


 受け止めてナデナデしてあげると、ライムスは大興奮で私のほっぺをペロペロしてきたよ。


「あははっ、くすぐったいってば! もぉ~、ライムスったら大燥ぎだね?」

『きゅいっ! ぴきゅうっ!!』

「んふふっ、そっかそっか。私が早く帰ってきてそんなに嬉しいんだね? この可愛いヤツめ!」

『きゅいぃ~~っ!!』

「そーだ、ライムスにとっておきのお土産があるよ! それ食べたら、今日はダンジョン配信しちゃおっか!」

『ぴきぅっ!』


 今日のライムスのお昼ご飯はフレンチトースト!


 店員さんに聞いてみたら持ち帰りオッケーとのことだったので、ラップに包んでもらって、ビニール袋に入れて持って帰ってきたよ。


 もちろんそれだけじゃ足りないだろうから、ダンジョンでいっぱいゴミを食べさせてあげないとね。


「はい、あ~ん」


 フレンチトーストをあ~んしてあげると、ライムスはぱくっと食べてから、ぷるぷると弾んでいたよ。


『きゅぴぃ~~』

「ふふっ、美味しそうに食べてくれて嬉しいよ。今度は一緒にお店に行こうね!」

『きゅいっ!!』


#


「みんな、おはよー! 今日はいろいろと大変なことがあって半日で仕事を切り上げて来たよ。どういうわけか私の会社が特定されててさ。誰がやったかは分からないけど、個人情報を流すのはやめて欲しいよね! あ、ここにもゴミがある。はいライムス、あ~んっ」

『ぴゆ~~!』


 配信を開始すると、すぐに同時接続者数が100人を超えたよ。


 やっぱり一度でもバズると、こんなふうにファンが付いてくれるんだね。


「今日の目標はダンジョンをきれいにすることと、私のレベルを11にすることだよ。多分だけど、前よりも早くレベルが上がると思うな。なんたって私にはこれがあるのだからねっ!」


 私は右手に握ったパラライズ・ソードを自慢するように見せびらかした。


「ゴブリン・アサシンからドロップしたこれがあれば、モンスターを簡単に倒せるはずだよ! というわけでライムス、どんどん進んでいこうね!」

『きゅぴいっ!!』


 それにしても、ダンジョンは居心地がいいなぁ。


 警備員の人に話しかけてもサインを求められないし、私とライムスの姿を見ても普通に接してくれたよ。


 ダンジョンには他の探索者もいるけれど、みんな自分の配信で必死だから、私に気付く人も少ない。


 もちろん気付く人もいたけれど、知らないフリをしてくれるから助かっちゃうよ。


 有名探索者に遭遇してもなるべく話しかけない。

 画面に映ろうとしない。

 モンスターを横取りしない。


 これらはダンジョン配信の基本ルールだね。


 たまにルールを破る人もいるけど、そういう人はすぐにBANされちゃうんだよね。


「なんか私、配信者こっちのほうが向いてる気がしてきたよ。――あーあ、もう普通に仕事はできないのかなぁ?」


 配信者としてはまだまだ駆け出しだけど、このままコツコツ活動を続けていればもっと人気が上がるかもしれないよね。


 それに、私にはライムスがいる。


 堕落しちゃいそうだからあまり頼りたくはないんだけど、ライムスの捕食の力があれば、モンスターの核で金銭に余裕が持てるとは思うんだよ。


 もしかしたら私は、分岐点に立たされているのかもしれないね。


 安定した仕事を取るか?

 安定を捨てて配信者として活動するか?


 これはちょっと難しい問題だよ。

 人生を左右する選択だからね。


 当然、すぐに答えは決められない。

 でも視聴者のみんなからは「配信に専念するべき」という意見が多かったよ。


 機械音声がコメントを読み上げていく度に、私の心は少しずつ「配信者」のほうに傾いていった。

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