第32話 お姫様抱っこ☆ JUMPING!
誰かに手を引かれながら走るなんてドラマの中でしか見たこと無いから、ちょっとヘンな気分だよ。
「……チッ、まだ何人か追いかけてきてますね。これだからミーハーは」
「その、なんていうか……ご迷惑おかけしてすみません」
「別に天海さんが謝る必要無いでしょう。ま、岡田さんは文句言うでしょうけど。あの人、天海さんのこと逆恨みしてますから」
「え、なんですかそれ。初耳なんですけど」
「詳しい話はその内ってことで。ところで天海さん、お昼ご飯は? 今日もお弁当ですか?」
「あ、ハイ。私はいつもお弁当です」
「それ今日の夜に回せませんか? こう見えて私、食にはこだわりがありまして。結構いいお店知ってるんですよ。騒ぎが収まるまで時間潰しません?」
そう言うと、須藤さんは今までに見せたことの無い笑顔を向けてきた。
ただでさえ整った顔立ちなのに、こんなのって反則だよ。あまりにもイケメンすぎる!
女性にイケメンっていうのはなんか違う気もするけれど……。
「分かりました。でも、予算は1000円以内でお願いしますね?」
「1000円以内……了解しました」
そして須藤さんは廊下突き当りを左に曲がると、どういうわけか階段を上りはじめたよ。
「須藤さん、なんで上に上がってるんですか?」
「この時間帯にロビーなんて通ったら、たぶん天海さん囲まれますよ? ほらこれ、ツイターの情報。もう天海さんがここに勤務してるって特定されてますから」
「ふえ? え、えええっ!??」
うそうそうそ、なんでどうして!?
なんで私の職場がSNSに!??
「っていうか答えになってなくないですか? ロビーがダメなら裏口から――」
「いえ、こっちのほうが手っ取り早いです。店にも直行できますしね」
「直、行?」
いよいよ須藤さんが何を考えてるのか分からなくなってきたよ。
あっ、もしかして私が知らないだけで、この会社には探索者協会で見た転送装置みたいのがあるのかも!?
確かにそれなら直行できるよね。
でもそれなら、ウワサくらいは聞きそうだけど。
って、あれれ?
おかしいな。
須藤さん?
このまま行ったら屋上なんですけど……?
「さてと。天海さん、覚悟が出来たらいつでも言ってくださいね」
「はぇ? 覚悟? なんのですか?」
「そんなの決まってるじゃないですか。飛ぶ覚悟ですよ」
「飛、ぶ? 飛ぶって、まさか?」
「はい、そのまさかですよ。だって、屋上から飛べばほとんどの人は追ってこれないじゃないですか」
「いや、いやいやいやいやいや、なに言ってるんですか須藤さん! 屋上から飛ぶだなんて、そんなの死んじゃいますよっ?!」
「安心してください。こう見えて私も探索者やってますから。レベルも上げてますし、屋上から飛ぶくらい平気ですよ」
「えぇ……」
確かにレベルの高い探索者の身体能力は異次元だと言われているよ。
陸上競技とかでも、探索者部門と一般部門とで分かれているしね。
人気なのは一般部門なんだけどね。
探索者が球技とかやると目で追えない人も出てきて、そのせいで楽しめなかったりするんだよ。
でも、今の私のレベルで屋上から飛べるのかな?
「あの、須藤さん。私まだレベル10なんですけど。そんな私でも飛べるんですかね?」
昨日のレイドでは、ぱぱぱーん! っていうファンファーレは聞こえなかった。
だからレベルは上がっていないよ。
たぶんだけど、あとちょっとでレベル11になれると思う。
レベル10もレベル11も大きな差は無いんだけどね。
「大丈夫ですよ。私が抱きかかえて飛びますので。ていうか、一度経験したほうが早いかもしれないですね。天海さん、空高く飛ぶっていうのは意外と気持ちが良いんですよ?」
すると須藤さんは私の腰と足に手を回して、有無を言わさずにお姫様抱っこをしてきた。
そしてそのまま、ぴょーんっと跳躍して、フェンスの上に立つと。
「ふふっ。やっぱり高い場所って最高ですね。見晴らしがいいですし。ていうか見てくださいよあそこ。会社の入口。何人か野次馬らしき人が見えますよ」
「無理無理無理、無理です! 怖くて下なんて見れません、お願いですから降ろして!」
まるで命乞いをする人みたいに、私は必死の思いで懇願した。
けれど須藤さんは私の前髪を人差し指で軽く払ってから、イジワルな笑みを浮かべて――。
「だーめ♡」
「ひぅっ! ちょ、待――ッ!? ひ、ひぃああああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!?!?? とっ、と、と、飛んでゃああああああああああああ~~~~~ッッ!?!???」
まるでジェットコースターにでも乗ったかのように、びゅうんびゅうんと青空が流れていく。
風を切る音、雑踏の音、車の音、サイレンの音。
全てが遠ざかっていく。
そしてある地点でピタリと静止したかと思うや。
次の瞬間、私たちは地上目掛けて一気に滑空する……!
「うゃぁああああああああああああああっっ!!!!!」
須藤さんが飛んでいる間、私はただただ叫ぶことしかできなかった。
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