第18話 魔物使いの試練①

 開けて翌日、職場オフィスにて。


「おい天海、なにチンタラやってんだ! ンなもんとっとと片付けちまえよ!!」

「ひっ、ひゃい! 今やってますぅ!」


 今日も今日とて、岡田さんの怒号が飛び交っていて、私の気分はずーんと重くなる。


 あと2日耐えればゴールデンウィーク、あと2日耐えればゴールデンウィーク……。


 自分にそう言い聞かせながら、必死に耐える。


 それでも苦しいときは、ライムスのことを思い浮かべる。


 そうやって耐え忍ぶこと数時間。

 ようやくお昼休みの時間になった。


「はぁ、疲れたぁ」

「ふぅ……。天海さん、お疲れ様です。あと2日耐えれば良いだけなのは分かっているんですが、それでもやっぱりキツイですね」


 須藤さんがホットの緑茶を手渡してくれる。

 私は一口啜って、心を落ち着かせた。


「はぁ~、美味しい。それにしても本当に疲れちゃうなぁ。仕事内容はそんなに嫌いじゃないんですけど、人間関係で疲弊しちゃいますよ。岡田さん、もう少し優しくしてくれたっていいと思うんだけどなぁ~」

「気のせいかもしれないですけど、岡田さんって天海さんに対しての当たり強くないですかね?」

「え? ん~、どうかな? もしそうだとしたら結構ムッと来ちゃいますけどね」


 私は岡田さんに怒鳴られるとそれだけでいっぱいいっぱいになっちゃうから、周りに気を配る余裕がないんだよねぇ。


 だから正直言うと、他の人がどれだけ怒られてるのかあまり分かってなくて……。


「ま、あんな態度じゃその内イタイ目に遭うでしょうけどね」


 それだけ言って、須藤さんはオフィスから去っていった。




 翌日、火曜日。

 

「お前ら、今日はもう上がっていいぞ。連休明けたらまた激務だからな、少しは体力回復させとけ」


 まだ16時30分なのに、そんなことを言われた。


 岡田さんが去った後で須藤さんに聞いてみたところ、ゴールデンウィークの前日は毎年こんな感じらしい。


 そういえば去年もGW前日は早上がりしたっけな?


「この時間に上がれるのって久しぶりだなぁ」


 入社してから最初の一週間は定時で上がれてたけど、それからずーっと残業だったからね。


 なんか、ちょっと懐かしくなっちゃったよ。


「そうだ、いいこと思いついた!」


 せっかく早く上がれるなら、探索者協会でステータス・カードを更新しよう!


 明日から大型連休が始まるし、そうなったら長い時間並ぶことになるかもしれない。それなら、今日の内に更新を済ませちゃおう。


 

 というわけで私は、探索者協会東支部までやってきたよ。


 予想通り、探索者の数は少なくて、私はすぐにステータスを更新できた。


 ――――――――――――――――――――

 天海最中あまみもなか:Lv7 女 22歳

 HP50

 MP20

 攻撃力19

 防御力20

 魔法攻撃力18

 魔法防御力18

 素早さ37

 職業:無し

 ――――――――――――――――――――


「前と比べると全体的に10くらいは強くなってるんだね」


 実際に数字が上がったのを見ると嬉しくなっちゃうね。

 これからもレベル上げを頑張って、もっともっと数字を上げていこう!


#


 翌朝、水曜日。


 息苦しさとひんやり感を感じて目を覚ますと、やっぱりライムスが顔の上に乗っかっていた。


『ぴきゅぅっ!』

「うん、おはよー。すぐに朝ごはん作るから、待ってて」

『きゅぴっ!!』


 いつもと同じように布団を整えて、居間に向かう。

 カーテンを開けると太陽の光が差し込んできて、部屋の中を照らしてくれた。


「ふわ~~、今日も良い天気だねえ」

『きゅるるいっ!』

「はいはい、今作るよ」


 今日の朝食はバタートーストとジャムトースト、それからホットコーヒーにしたよ。


 ライムスの分はシリアルと牛乳、それから冷蔵庫の野菜室からみかんを持ってきて、それを食べさせてあげた。


 ライムスはみかんを食べると酸っぱそうに目を細めていたけれど、すぐに酸っぱいのに慣れて、ぱくぱくと食べていった。



 朝食を終えた私たちは、今日もお花畑のダンジョンにやってきた。


 今日の目的はゴミ掃除とレベル上げだよ。

 今の私はレベル7だから、できれば今日中にレベルを3つ上げたいところだね。


「今日は、ゴブリン・フラワーをたくさん倒しますっ!」



――――――――――――――――――――

村人B

<おはようございます! ライムスくん見たくて来ちゃいました!


ノブ

<俺もライムス見にきたでー

――――――――――――――――――――


「おっ、さっそく来てくれてありがとう!」


 ダンジョン配信を始めて約5分。

 土日に来てくれた人が今日も来てくれて、私は嬉しい気持ちになった。


 自分のペースで、少しずつでもいいから、こうやって視聴者を増やしていけたらいいな。


「ふんふんふ~ん♪」

『きゅぴぴぃ~~』


 私とライムスは、お花畑をてくてくと歩いていった。


 すると。


『ゴナーッ!』

「お、さっそくゴブリン・フラワー発見だよ!」


 私は鉄の棒を構えて、ゴブリン・フラワーと対峙した。

 そして、しばらくの間は防御に徹する。



――――――――――――――――――――

村人B

<ゴブリン・フラワー倒さないの?


上ちゃん

<今北~。ちょっと苦戦してる感じ?


tomo.77

<おはよう~。2窓なうでーす。


tomo.77

<敵はゴブリン・フラワーか。レベル7なら余裕で勝てそうだけどな

――――――――――――――――――――



「ふふんっ、私にはちゃんと作戦があるんだよ!」


『オハナーーーッ!!』

「やあっ!!」


 ガキィンッ!!


 鉄の棒とこん棒が衝突し、鈍い音を響かせる。

 でも、ゴブリン・フラワーの武器は飛んでいかない。


 私は防御に徹してるだけだから、当然と言えば当然だけどね。


 そうやってしばらく守りを続けていると、ゴブリン・フラワーが2匹になったよ。


 きっとこのままじゃ倒せないと思って、仲間を呼んだんだね。


「よし、作戦通り! それじゃ1匹目のゴブリン・フラワーを倒しちゃうねっ。くらえ、えーいっ!!」

『ゴブッ!?」


 いきなり攻撃されて、ゴブリン・フラワーは完全に防御が遅れる。


 私の鉄の棒が直撃すると、


『ナグワーーーッ!!?』


 ぽふんっ!

 ゴブリン・フラワーは煙になって消えた。


「よしっ、まずは1匹目!」


 ゴブリン・フラワーを倒したら、また防御に徹する。

 そして仲間を呼ばれたら、古い順番にゴブリン・フラワーを倒していく。


 こうすれば、わざわざ探索しなくても、向こうからモンスターがやってきてくれるってわけだね。



――――――――――――――――――――

tomo.77

<ゴブハナループやん。自分で思い付いたなら凄いね


村人B

<ゴブハナループだっけ?


上ちゃん

<非攻略配信ばっか見てたからこういうの初めて見るな。みんないろいろ考えてるんだな笑


ミク@1010

<来たらゴブハナループしてて笑った

――――――――――――――――――――



「こう見えて私もダンジョン配信を見てきたからね。他の人の戦い方は積極的に取り入れていかないと!」


 このレベル上げ方法を一番最初に考え付いた人は、驚くことに、当時中学1年生だったという。


 今は影乃纏かげのまといという名前で活動していて、D・Dランキングは2位だよ。


 影乃纏さんは強さだけなら世界一って称されているけど、配信の頻度が少なかったりトークが苦手だったりっていう欠点があるから2位に落ち着いている感じだね。


 あまりにも強すぎるからそれでもお釣りが来てるみたいだけど。


「おっ、3匹目来たね! それじゃ2匹目のゴブリン・フラワーを倒すよ! えいっ!!」

『ギャガワーーーーーッ!!』


 

 …………………………

 ………………

 ……



 ぱぱぱーん!

 ぱぱぱーん!

 ぱぱぱーん!



「やったぁーー、これでレベルが10になったよ!」


 ゴブハナループを続けること丸1日。

 時刻は既に18時を回っていた。


「はぁ、はぁ。あー、さすがに疲れたぁ~~」


 ポーションも5本も使っちゃったよ。

 

 でもそのお陰でレベル10になれたから、頑張ってゴブハナループをやった甲斐があったね!


「それじゃみんな、今日の配信はここまでだよ! 明日は試練を受けるから配信はお休みだけど、金曜日からまたやっていくから、チャンネル登録と高評価よろしくねっ!」


――――――――――――――――――――

村人B

<お疲れさまでした!


tomo.77

<乙~。


通りすがりのLv.99

<乙。


上ちゃん

<お疲れぃ


ミク@1010

<お疲れさん!

――――――――――――――――――――



#


 そして翌日、木曜日。

 私はライムスを家に残し、探索者協会東支部までやってきていた。


 試練は自分一人の力で乗り越えるもの。

 そういう指針だから、ペットは連れてこれないルールなんだ。


 受付のお姉さんに要件を説明すると、すぐに担当の人が呼ばれて、私は会場まで案内してもらった。


「なんだか用意周到ですね。私が来るのが分かってたみたい」


 エレベーターの中で、スキンヘッドのお兄さんに聞いてみる。

 するとお兄さんは薄く微笑んで、事情を説明してくれた。


「この時期は試練を受けたがる探索者の数が急増しますからね。どこの支部も人員を増加して、事前に備えてあるんですよ。今日だって、まだ昼前だというのに既に20名もの探索者が試練を受けています。事前の申し込みを含めた場合ですと50名を超えますがね」

「へ、へぇ……」


 そっか。

 そんなに多くの人が試練を受けに来るんだね。


「試練会場は地下10階、到着しましたら書類を渡されますので、必要事項を記入してください。記入が終わりましたら希望の職業別に案内されるので、指示に従うように。命令違反は即退場……そうならないように気を付けてくださいね」


 うう~、そう言われると緊張しちゃうなぁ。

 命令違反なんてする気ないんだけど。


 そんな私の気持ちに構うことなく、エレベーターはぐんぐんと下がっていく。


 そして。


 ピコーン。


『地下10階です』


 機械音声が、会場への到着を告げる。


 いよいよだね。


 私は意を決して、会場に一歩踏み出した。 






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