第14話 初めてのダンジョン配信!

「ふへ、ふへへへ……なんとか今週も乗り切った……」


 時刻は23時20分。

 あと30分で終電だ。


「天海さん、お疲れさま。これどうぞ」

「あ、どうも。ありがとうございます」


 須藤さんが暖かい緑茶を淹れてくれたので、一礼して受け取る。一口含むと、心がホッと落ち着いた。


「明日明後日休んだらあと2日。そしたらゴールデンウィークですから、それまで頑張りましょう」

「えぇ、そうですね。須藤さんは、ゴールデンウィークはどうやって過ごすんですか?」

「私は映画巡りですね」


 そう言って須藤さんは丸眼鏡を外した。

 途端に、今まで見たこともないような超絶美人が姿を現して、私は驚きの余り声を詰まらせた。


「こう見えて私、映画が大好きなんですよ。映画自体もそうですけど、どちらかというと空気感と言いますか。ほら、ゴールデンウィークの映画館って子連れが多いでしょう? 楽しそうにしてる子供たちを見ると、心が和むんです」


 そう結んで、須藤さんは薄く微笑む。

 その姿はなんだか聖女様みたい。

 艶のある黒髪が瞼を覆って、どことなく哀愁を感じさせて……。


 なんというか、エモって感じ!


「そういう天海さんは?」

「あ、うーん。どうだろう? まだ悩んでるんですけどね。でも、早ければ明日にでもダンジョン配信やってみようかな~って思ってます」

「へぇ、天海さんがダンジョン配信ですか」

「ヘンですか?」

「ヘンというか、柄じゃないって感じですかね。探索者と言えばアグレッシブで戦うのが大好き、みたいなイメージじゃない? 天海さんはどちらかというと博愛主義的というか平和主義的というか。見るからに争いは嫌いって感じですから」

「そんな、大袈裟ですよ」


 ていうか、私ってそんなふうに思われてたんだ。

 そりゃ悪い気はしないけど、ちょっとそわそわしちゃうよ。


「大袈裟ですかね? 天海さんは知らないと思いますけど、岡田さんって女子社員からは凄い陰口言われてるんですよ」

「え、そうなんですか? まぁ、岡田さんのこと好きな人はいないでしょうね~」

「ホントですよ。でも、天海さんって人の悪口言わないじゃないですか。ていうか私、天海さんが怒ってるところ見たことないですし」

「いや、それはまぁ何というか、私なんかが怒るだなんて烏滸がましいみたいな?」

「随分と自分を卑下するんですね。でも、そんな天海さんがダンジョン配信だなんてちょっと気になっちゃいますね。もし始めたら、ぜひアカウント教えてくださいよ。フォロワー第1号の座、貰っちゃいますから。それじゃ、お疲れさまでした」

「あ、ハイ。お疲れさまです」


 なんか不思議な感じがするな〜。


 いつもはお淑やかで静かで冷静で、言い方は悪いかもしれないけど、なんだか作業マシンみたいだな〜って思うこともあったけど。


 残業はつらいけど、悪いことばっかりでもないね。


 ミステリアスな須藤さんの意外な一面を見られて、得しちゃったよ。




「ただいまぁ~~」

『きゅぴぃぃーーッ!!』


 帰宅早々、ライムスが爆速で胸に突っ込んでくる。


 私はそんなライムスを受け止めて、玄関廊下で仰向けになった。


「ふふっ、今日もおかえりしてくれてありがとうね」

『きゅいぃ~』

「あらら、もうおねむみたいだね? 先にお布団行ってていいよ、私もシャワー浴びたらすぐ行くから」

『きゅぅ~』


 私はライムスを寝室のベッドまで送ってから、シャワーを浴びて、パジャマに着替えて、それから床に就いた。


 来週はたった2日の出勤でいいんだな。

 そう思うとすごくリラックスできて、私はあっという間に眠りに落ちた。


 

 そして翌朝。

 私は息苦しさとぷにょぷにょ感を感じて目を覚ました。


「う~ん。ライムス、おはよぉ~」

『ぴきゅぃ~っ!』

「うん、分かったよ。すぐに作るから待ってて」

『ぴきゅっ!』


 私はいつも通り布団を整えて、それから居間に向かった。


 カーテンを開くと、今日も今日とて麗らかな日差しが出迎えてくれた。


 今日の朝ごはんは何にしようかな。

 歯磨きがてらそんなことを考えつつ、なんとなくバラエティ番組を見ていると。


「それでは登場して頂きましょう。本日のゲスト、いま”英雄”と話題の探索者、伊藤真一いとうしんいちさんでぇーすっ!!」


 英雄か。

 そういえば、SNSでそんな話題が流れてきてたっけな。仕事に追われて詳しい詳細は分からないけど。


「って、この人あのホールにいたの!?」


 番組を見ていると、伊藤さんについての紹介があった。

 

 どうやら伊藤さんは、私と同じあの川辺のホールに潜っていたらしい。しかも、初めての探索なのにイレギュラーを討伐して、多くの人の命を救ったのだとか。


「へぇ~。凄い人って、意外と近いところにいたりするんだねぇ」


 そんなことを思いながら、私は今日の朝食をふりかけご飯と卵焼きに決定した。


 また羨ましそうに見てくるかもしれないし、ライムスの分も作っておいてあげようね。


#


「それじゃ始めるよ、ライムス!」

『ぴ、ぴきっ!』


 この日は、私もライムスも緊張していた。


 それも無理はない。

 だって今日は、初めてのダンジョン配信だからね!


 でも、どんな機材が必要かとかそういう知識はゼロだから、まずはスマホで直撮りすることにしたよ。


 最近のスマホは音質も良いし手ブレも補正してくれる。だから、初心者でも配信ができる。


 タイトルは【ライムスのダンジョン掃除】。

 基本的にはライムスにゴミを食べさせるだけの配信だから、これでいいよね。


 で、ライムスの戦闘に関してなんだけど、これは映さないことにしたよ。


 ライムスがモンスターを捕食するシーンは、なんというか、ちょっと刺激的だからね。


 私の思い描く配信活動とは齟齬があるから、戦闘シーン……というか、モンスターの捕食シーンは映さない。


 代わりに、私の戦闘シーンは映してもオッケーにしたよ。それなら普通の攻略配信と変わらないからね。


 ただ、今はカメラマンもいないし、私が戦うところを撮影するのは無理なんだけど。


「あ、えーっと……」


 それにしても緊張するなぁ~。

 視聴者は0だけど、だからこそどんなことを喋ればいいのか思いつかないよ。


 誰も見ていないのに一人で喋るだなんて、異常者みたいで抵抗があるなぁ。


 でも、どのタイミングで人が来るか分からないし。


 まずはなんでもいいから喋ってみようか。


「えっと、今日はダンジョンのお掃除をしたいと思います! いま映ってるスライムは私のペットで、ライムスっていう名前だよ! この子にゴミを食べてもらって、ダンジョンをきれいにしていきますね~」


 ちょっと抵抗もあるし、それにすっごく緊張するけれど、できるだけのことはやってみよう!


 仮にうまくいかなくても、全力でやれば後悔はしないはずだからね!


 

 こうして、私の初めてのダンジョン配信が幕を開けた。

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