第4話 イレギュラー(初心者Dtuber伊藤視点)
俺の名前は
どこにでもいるしがない大学生だ。
小・中・高と俺はなにも考えずに生きてきた。
やりたいことも特にないし、将来の夢もない。
それが今までの俺だった。
けれど、大学に上がって俺の人生は大きく変わった。
俺は大学生になって初めて恋に落ちたのだ!
相手の名前は
いつも明るくて笑顔を絶やさない、そんな女の子だ。
ある日、俺は意を決して彼女に告白した。
しかし。
「私、弱そうな人って好きになれないんだよなぁ~。そーだ、伊藤くん探索者になりなよ! 強くなったら付き合ってあげてもいいよ?」
こうして俺に夢ができた。
探索者になって強くなる。
そして美奈ちゃんを振り向かせてみせる。
それが俺の夢だ。
探索者になりなよ!
そう言われてから一年。
俺はひたすらに準備を続けてきた。
実力系Dtuberの配信は毎日視聴したし、筋トレにも精を出した。そして一日1000回の素振りも繰り返した。
一年前は細かった腕は、目に見えて太くなっていた。腹筋だって割れた。身長も伸びて、俺の見た目はかなり厳つくなっていた。
これならF難度ダンジョンくらいは楽勝だろう。
そう思ったが、ダンジョンというのは油断大敵。
いつ何時どんな不測の事態に見舞われるか、誰にも分からない。
だから俺は入念に準備を進めた。
武器や防具は無理のない範囲で上質なモノを選んだ。
さらに、体力回復ポーションも10個購入した。
これだけあれば敗走する可能性はほとんどない。
あとは俺の雄姿を全世界に配信するだけだ。
そのためにダンジョン専用のカメラマンまで雇った。
俺はこの日、生まれて初めての散財をした。
武器、防具、ポーション、カメラマン。
その総額は50万にも上ったが、後悔はしていない。
今日、俺はDtuberとしてデビューする!
そして格好いい姿を全世界に配信し、全力で美奈ちゃんにアピールしてやるぜ!!
かくして俺はレンタルカメラマンの佐々木を引き連れて、自宅近くの川辺に出現したF難度ダンジョンへと足を踏み入れたのだった。
#
「はっ、はっ、はぁっ……」
ぐう、クソ、ちくしょう。
どうしてこんなことに……。
最初は順調だった。
俺は次々とモンスターを斬り伏せていき、どんどん奥に進んだ。
しかし探索開始から30分近くが経過した頃、異変が起きた。
なんと、モンスターの大群がこちら目掛けて走ってきているのだ。
俺はこの一年ダンジョンについて学んだ。
だから分かる。
これはイレギュラーが出現したときに生じる異常現象だ。
モンスターの群れはイレギュラーから逃げようと必死になっているのだ。
俺は近くにいた探索者と佐々木にイレギュラーの出現を伝えた。
そして俺たちは必死に走ったが、慣れない装備品で思うように走れず、体力も奪われ。
モンスターの大群はあっという間に俺たちを追い越していき、そして反対に、俺たちはあっという間にイレギュラーに追い付かれてしまった。
俺は真っ先にスマホを手に取った。
しかしそこには圏外と書かれている。
イレギュラーの中にはその圧倒的な魔力で電波を阻害してしまうヤツもいると聞く。目の前のヤツがそうなのだろう。
それはゴブリンを巨大化したかのようなモンスターだった。
全長は3~5メートルくらいはありそうだ。
しかも他のゴブリンと違って、肉体は筋骨隆々。
一番の相違点は
バーサーカー。
そんな言葉が脳裏を
「逃げるぞっ!!」
俺は佐々木と、近くにいた他の探索者に向かって叫んだ。
イレギュラーだろうがそうでなかろうが、モンスターがホールを潜ることはできない。つまり下層に続くホールに潜ることができれば、危機を逃れることができる。
他にも助かる手段はある。
休憩スペースに逃げ込むとかな。
でもここからは距離がある。
ホールのほうが近いから、まだ助かる可能性は高いだろう。
俺たちは我先にという思いで必死の形相で走った。
しかし――。
「たっ、助けてくださぁああああいいっ!!」
「さ、佐々木っ!!」
足を
一瞬、俺は迷った。
助けに行けば、俺の身が危ない。
このまま見て見ぬフリをして逃げる、それが最善手……。
けれどすぐに考えを改めた。
他人を見捨てて生き残れたとして、それでどうやって美奈ちゃんに顔を合わせるんだよッ!!!
「ぅうォオオオオオッ!!」
俺は猛ダッシュでイレギュラーに向かっていった。
『ガァァアアアアッ!!』
ドガッッ!!!
こん棒が大地を穿ち、土が隆起し、
「クソ、なんつー威力だよ!」
でも、おかげで気は引けた。
このままヤツの注意を俺に向けて、佐々木が逃げるまでの時間を稼ぐ!!
「佐々木、急げ! 早く逃げろ!!」
『グルァアアアアッ!!』
さらにもう一撃、とてつもない威力でこん棒が振り下ろされる。
俺はギリギリのところでそれを避けた。
「ひぃえええええっ!!」
イレギュラーが俺のほうを向き、佐々木に背を向ける。
その隙を逃さず、佐々木は必死の叫びを上げながら走っていった。
「よし! ――あとは俺が逃げられるかどうかだな…………」
『グアアアアアッッ!!!』
バッゴォーーーンッ!!
イレギュラーの攻撃が再び大地を揺るがす。
飛び散る残骸、瓦礫。
俺はまたもやギリギリのところで直撃を避けた。
「おおおおおおおっ!!」
あとは全力疾走あるのみ!
なんとしてでも逃げ切る!!
俺はイレギュラーに背を向け、全力で走った。
しかしその数秒後、あり得ないくらいの衝撃を背中に受けた。
「――ッッツ!?!??」
な、んだっ!?
なにが起きた。
痛ぇ……っていうか、息、できね……。
ドン!
と強い衝撃が全身に走る。
頭から地面に衝突し、体がゴロゴロと転がって、上も下も分からなくなって……。
「はっ、はっ、はぁっ……」
ぐう、クソ、ちくしょう。
どうしてこんなことに……。
首を動かしてイレギュラーのほうを見る。
そして俺は自分の身に起きたことを理解した。
「あの、ヤロウ……」
まさか、こん棒を投げてくるだなんて。
そこまでして逃がしたくねェのかよ、クソが。
イレギュラーはこん棒を拾い上げ、キョロキョロと辺りを見渡していた。
あー、くそ。
ダメだ、体が全く動かん。
「ぜぇ、ぜぇ……」
唯一の救いは、転倒した方向に大岩があったことだ。
俺の体はその大岩の陰に潜り込むように転がったらしい。
俺からはイレギュラーの姿を視認できる。
でもアイツの目線の高さからは俺の姿は見えないみたいだ。
その証拠に、イレギュラーはこん棒を拾い上げたままそこから動かない。
キョロキョロと辺りを見渡しているのは、俺のことを探しているのだろう。
あのバカみたいな残骸に救われたな。
アレが遮蔽物となって、イレギュラーの視界をも奪ってくれた。もしそれがなければ、今頃はヤツに見つかっていただろう。
「はー、はー……」
体力回復ポーション、持ってきといて正解だったぜ。
俺はショルダーバッグの中に手を入れた。
そして次の瞬間、指先にズキンと痛みが走った。
「……え」
指先にはガラスの破片が刺さっていた。
「まさか」
ゆっくりと身を起こし、大岩に背を
ショルダーバッグの中を確認すると……。
体力回復ポーションの瓶は、全てが割れていた。
「ち、ちくしょう」
このままここに隠れてても見つかるのは時間の問題。だったら――。
周辺には、他の探索者が落としていった装備品やアイテムが散らばっていた。
もしかしたら、回復アイテムが落ちてるかもしれない。もう、それに賭けるしか……。
俺は意を決して大岩の陰から飛び出そうとして。
そしてそこで、あり得ない光景を目の当たりにした。
「な、なんだ、アレ……」
『グギャーーーーーッ!!!!』
イレギュラーの全身を、水色のゼリーみたいな液状物質が包み込んでいる。そしてイレギュラーは断末魔の叫びを上げたのだった。
あの水色は最弱モンスターのスライム。
それは間違いないだろう。
でも、そんなことってあり得るのか!?
イレギュラーが最弱モンスターのスライムに捕食される?
そんなバカな!
「ぐ、ぅう……」
ああ、ダメだ。
視界がボヤける。
あれは、本当にスライムなのか?
…………?
なんだ、他にも、誰か、いる……?
ぐうっ、く、クソ。
意識…………が……。
#
次に目覚めたとき。
俺は病院のベッドの上で、虫食いの天井をぼーっと眺めていたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます