第3話 始動、ダンジョンのお掃除屋さん!

 その日の晩。

 私はダンジョン攻略に必要な最低限のアイテムを買い揃えた。


「初めてのダンジョン。ちょっと不安だけど、モンスターと戦わなければ大丈夫だよね……」


 ダンジョンに必要なものは、ダンジョンショップで購入できる。

 

 私は手ごろな金属の棒と体力回復ポーションの5本セットを購入した。


 いくらゴミが気になると言っても、私には探索者としての経験なんてまったくないからね。まずは低難易度ダンジョンをきれいにしようと思った。


 低難易度ダンジョンに出るモンスターは弱くて、金属の棒で殴るだけでも倒せちゃう。

 だから金属の棒を購入したよ。

 体力回復ポーションは念のためだね。


「ライムス、明日は頑張ろうねっ!」

『きゅぅ~~!』



 翌日、12時。


「えー、ではこちらの書類に記載をお願いしまーす」


 私は自宅近くの川辺のホールまで、ライムスと一緒に来ていた。

 SNSによると、このホールは数日前に出現したらしい。


 川辺には規制線が張られていた。

 そして周辺にはスーツを着た男の人たちがいる。

 スーツの人は探索者協会の人で、いろいろな手続きをしてくれるよ。


 出現したこのダンジョンはF難度。

 ランクというのはFが一番低くて、その次にE、D、C……と上がっていく。


 ここはF難度で一番弱い。

 そんなわけだから私みたいな初心者でも入れもらえるんだけど……。


 私は書類に視線を落とす。

 するとそこには、日常では聞かないような文字が並んでいた。


 怪我をしたり事故に巻き込まれても自己責任とする。

 死亡しても、その責は本人に帰結する。

 トラウマ等の発症により日常生活に支障を来したとしても、国は一切の責任を負わないものとする。


 とまぁこんな感じでして。

 おっかない言葉がたくさん並べられているものだから、正直いうとちょっぴり怖かったり……。


 ちなみに多くの探索者は探索者保険っていうのに加入しているから、一々こんな書類にサインしたりはしないらしいね。


「天海最中――はい、書けました」

「えーと、そっちのスライムは?」

「あ、この子はペットスライムのライムスです。確か、ダンジョンにはペットも連れて行けるんですよね?」

「ええ。ですがその場合は、ペットの名前も記載して貰わねばなりません」

「そうなんですね。分かりました」

「お手数をお掛けします」

「いえいえ、お気になさらず」


 私は促されるまま、自分の名前の下に天海ライムスと記載した。


「ご武運を」

「はい、行ってきますっ!」

『きゅぴきゅぴぃ~~っ!!』


 ライムスは元気いっぱいに飛び跳ねた。

 きっとたくさんのご馳走が食べられるのが楽しみなんだろうね。


 ふふ、やっぱりライムスは可愛いねぇ。


#


「うわあ~~、配信で見るのとまるで違うや。ね~、ライムス」

『きゅるるぅ~~』


 ホールの先には見晴らしのいい草原が広がっていた。

 左手側には川が流れていて、青空には雲一つ無かった。


「よぉーし、それじゃあ早速お掃除開始だ! 行くよ、ライムス!」

『きゅぴぃ~っ!』


 私とライムスは、広大な草原エリアを探索した。

 探索とはいっても、迷子になるのは嫌だから、最初は川に沿って歩いていただけなんだけどね。


 それでも、結構な数のゴミがあってビックリしたよ。


「ライムス、ここにもゴミがあるよ。はい、あ~ん」

『きゅぴぃ~~!』


 私があ~んしてあげると、ライムスは嬉しそうにぷるぷると揺れながら、ゴミを丸呑みした。


「よし、この調子でどんどん行こう!」

『きゅぴぴ~~っ!!』


 それからも、私とライムスは、ゴミを見つけては掃除をしていった。


 そしてダンジョンに入ってからしばらくが経過した頃になって、私は違和感に気が付いた。


「あれ? そういえば他の探索者に会わないね? ていうか、モンスターも全然いないよね??」


 いくらF難度のダンジョンでも、こんなにスカスカなのはおかしい。


 ダンジョン配信っていうのはレッドオーシャンだからね。


 いまこの瞬間にも才能の壁に打ちのめされて挫折する人がいる。けれどそれ以上に、配信の世界にやってくる人がいるんだ。


 ダンジョン・デイズで【初配信】のタグを検索すれば、数えきれないほどのダンジョン配信がヒットするほどだよ。


 そして【初配信】タグをつけている人は初心者だから、そのほとんどがF難度ダンジョンに潜っているんだ。


 それなのに未だに誰とも遭遇しない。

 それにモンスターの気配もない。

 これはいくらなんでもおかしい。

 初心者の私だけど、それくらいは分かる。


「ねぇライムス。なんかこのダンジョンおかしいよ。どうする? 一回帰る?」

『きゅぃぴ~~!』

「え? もっとお掃除したいって?」


 私は少し悩んだ。

 でもライムスがそう言うなら仕方ないよね。


「分かったよ、ライムス。それじゃ、もっともっときれいにしちゃおっか!」

『きゅぴぴぃ~っ!』


 ふふ、ライムスったら。

 はしゃいじゃってかわいいね。


 私たちはそれからもゴミを掃除しつつ、川沿いを進んでいく。


 そしてさらに時間が経過した頃になって。

 私とライムスは、ダンジョンに入って初めてのモンスターに遭遇した。


 そのモンスターは今まで配信で見たゴブリンにそっくりだった。


 少し違うのは、目が真っ赤に光っていること。

 そして普通のゴブリンより大きいこと。

 

 大きさは目算で三メートルくらいはあるかな。

 ゴブリンの中には、種族をまとめ上げるゴブリン・リーダーっていうモンスターがいるよ。きっとソレだね。

 

 ちなみに、ゴブリン・リーダーはゴブリンより少し強いだけで、ランクは最弱のFだよ。


 棍棒には血がついていて、地面にも血が飛び散った痕跡がある。


 もしかしたら誰かと戦った後なのかも?

 それにしても、アイツの後ろにあるゴミが気になるなぁ。


 同じことを思ったのか、ライムスが語り掛けてきた。


『きゅぅ! きゅぴぴぇ~~!』

「うん、そうだね。アイツの後ろのゴミの山、すごく気になるよね」


『グァァアアアアッッ!!!』


 うわぁ、すごく威嚇してきてる。

 でも見た目はゴブリンなんだよな。


  ちょっとデカいのと目が赤いのが怖いけど、ランクはF。それならきっと勝てる。


「ちょっと、掃除の邪魔なんだけど!」


 金属の棒を叩きつけながらこっちも威嚇してみた。けれどゴブリンは余計に激高するだけだった。


「もー、しょうがないなぁ。こうなったら仕方がないよね。ライムス、あいつも食べちゃって!」

『きゅぴぃ~~っ!!』


 私の指示を受けて、ライムスがゴブリンに突進していく。


 するとゴブリンは怯えたような顔つきになった。

 そして縦横無尽にこん棒を振り回す。

 それはまるで、小学生が喧嘩で繰り出すぐるぐるパンチみたいで、ちょっとかわいかった。


 スライムとゴブリンはお互いにFランク。

 けれどこっちはチームを組んでいる。

 自分が不利なのを察して、必死になっているのかもしれないね。


『グゥッ、ォォオオオオオッッ!!!!!』

『きゅいぴぃいいい~~~~ッッ!!!』


 ライムスはゴブリンに纏わりついた。

 そして全身をグニグニと広げて、ゴブリンの全身を包み込んだ。


『グギャーーーーーッ!!!!』


 ゴブリンは断末魔の雄叫びを上げて、倒れた。

 どうやらライムスのお腹に納まったみたいだね。


『きゅ、きゅぴぃ~~』

「えっ? もうお腹いっぱいになっちゃったの!?」

『きゅぴ……、ぴぃい……』


 満足したのか、ライムスはぐーぐーと眠ってしまった。


「ふふっ、しょうがない子だね。あのゴミはまた今度にしよっか」


 私はライムスを抱えたまま来た道を引き返す。

 

 帰路の途中も、他の探索者やモンスターに出会うことはなかった。


 外に出ると、探索者協会の人が慌てた様子でバタバタとしていた。


 魔力測定器の故障がどうのこうのとか言っていたけれど、私にはよく分からなかった。それにしてもすごい鬼気迫った顔だなぁ~。


 もしかして100万円とかする機械なのかも?

 もしそんな機械を壊しちゃったら、もう絶望だね……。

 想像したくもないや。


「ライムス、お家帰ろっか」

『きゅぅ~……』


 ふふっ、寝てる顔も幸せそうでかわいいね。

 おかげで明日からの仕事も頑張れそうだよ。

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