第2話 だったら私がダンジョンをきれいにしよう!

 翌週、月曜日。

 職場にて。


「おい天海、一つの書類作るのにどんだけ時間かけてんだ!」

「すっ、すみません! ちょっと細かいミスが気になっちゃって……」

「言い訳はいいから早くしろ! そんなだからお前はポンコツなんだよ、この給料泥棒が!」

「ひぅっ、す、すみません……」


 私は上司の岡田さんに怒鳴られながら、必死に業務をこなす。


 もちろん怒鳴られたらいい気分はしない。それに、時々は泣きそうになることもある。けれどその度に、私はライムスのことを思い出して頑張ってきた。


 そして17時。

 まもなく定時という頃になって、岡田さんが大量の書類を持ってきた。


「天海、これ今日中に頼むな。オイ、お前らもいま手ぇ付けてるヤツ今日中に終わらせろよ~。それといつも言ってるけど、タイムカードはちゃんと17時で切っとけな~」


 そう言って岡田さんはオフィスから出て行った。

 直後、オフィス内の緊張が一気に解れるのを感じた。

 

 火曜日、水曜日と日を重ねるにつれて耐性ができていくけれど、どうにも週初めの月曜日はキツい。たぶん岡田さんもそれを分かっているから、ワザといつもより厳しくするんだろうなぁ。


「はぁ、疲れた。今日も終電だな~」


 いつからか終電が当たり前になっている。

 そしてその当たり前に異議を唱える人はいない。

 もちろん私もその一人だ。


「ちょっとお手洗い行ってきますね」


 私は隣席の須藤さんに声を掛けて、オフィスをあとにした。


 それから女子トイレで身嗜みを整える。

 相も変わらず、鏡には死人のような顔をした女が映っていた。


「ふぅ……これでヨシ、と」


 私は大きく深呼吸してスイッチを切り替えた。

 

 ライムスのためにも、もうひと頑張りいきますか。


#


 帰宅すると、ライムスが出迎えてくれた。


『きゅぴぴ~~』

「うん、ただいま。お昼と夜はちゃんと食べた?」


 私は仕事が遅くなることが多い。

 だからお昼と夜は、一風変わったものを食べさせている。


 これが犬や猫だったらこうはいかない。

 けれどスライムは、こと捕食に関しては特別な力を持っていることで有名だ。


 なんとスライムは、どんなものでも消化できるし、どんなものからでも栄養を摂取できるのだった!


 スライムがペットとして人気なのは、こういう一面もあってのことなんだよね。


 ライムスにはお昼と夜にゴミを食べさせている・・・・・・・・・・

 人間にとってはその名のとおりゴミなんだけど、ライムスにとってはご馳走みたい。


 ま、私と一緒に食べるご飯には劣るみたいだけどね。


 とはいえスライムにも好みはある。

 みんながみんなゴミを食べるかというとそうでもないから、そこは注意が必要だね。


『きゅるぅ、きゅるぴ~~』

「ふふ、ちゃんと一人で食べられたみたいだね。じゃあナデナデしてあげよっか」

『きゅぅう!』

「あははっ、そんながっつかなくたって私は逃げないよ。ふふ、ちょっと、くすぐったいってばぁ~」


 仕事は大変だけど、ライムスとじゃれ合っているこの時間は幸せだ。短い時間だけど、この瞬間のために、明日も頑張ろうと思う。



 その週の土曜日。

 今日も私は、ライムスと一緒にアマカケの配信を見ていた。


 でも、どういうわけか先週よりもワクワクしない。なんていうか、胸に突っかかりが感じられる。


 ライムスと一緒に見るの楽しみにしてたのに。

 う~ん、なんでだろう?


 仕方がないので他の配信者を見ることにした。

 けれどそれでも、どういうわけだか、楽しめなかった。

 やがて私は、その理由に気付いた。


 アマカケだけじゃない。

 いろいろな探索者がDtuberとして配信しているけれど、その配信には必ずと言っていいほどあるモノが映り込んでいる。


 なのにそれを気にする声は一つもない。

 その場にいる探索者も、コメント欄も。

 誰一人として、放置されたゴミには触れようともしない。

 まるでそこにゴミなんてないみたいに。


『きゅるん? きゅぴぴぃ~~?』


 ライムスが心配そうに私の顔を覗き込んでくる。

 私はなんでもないよと取り繕って笑顔を見せた。


 そして翌週、また翌週と、いままでと変わらない日常が続いた。


 朝起きて、ライムスとごはんを食べる。

 ライムスに見送られながら家を出る。

 夜遅くに帰宅して、ライムスとじゃれ合う。

 そして土曜日と日曜日は、一緒にDtuberの配信を見て楽しむ――。


 なんでだろう。

 全然楽しく感じないや。

 そう感じ始めてから、二カ月近くが経とうとしていた。


 その週の土曜日。

 私はいつもと同じように、ライムスと一緒にダンジョン配信を見ていた。そして時間の経過とともに、イライラが募っていくのを感じていた。


 そしてついに私は決壊した。


「にゅやぁああ~~~、もう我慢できないよぉおッ!!」


 もうダメ限界!

 いくらなんでもゴミが気になりすぎるっっ!!


『きゅぴぇ~~!?』


 驚いたライムスがころころと転がって、ソファから落ちて、ぺちゃんと平らになった。

 私はライムスを救出して両手の上に掬い上げた。


「ねぇライムス、どうしてみんなゴミのことが気にならないんだろう?」

『きゅぴ??』

「あんなにゴミが映ってたら気になって気になって仕方がないよ! そうは思わない??」

『きゅぴぃ~~』

「えっ? ボクは全然気にならないよって? そっか、ライムスにとってはご馳走が映ってるだけだもんねぇ~」


 ……はっ!!

 そうだ! それならいい方法があるじゃない!


 ライムスとのお喋りを経て、天啓が舞い降りた。


「だったら私がダンジョンをきれいにしよう!」

 

 あまり勉強が得意ではないけれど、このときだけは自分のことを天才だと言いたくなった。


 きっとこれもライムスのおかげに違いない。

 私はライムスに頬ずりした。


「ライムスのおかげでいいこと思いついちゃったよ~」

『きゅぴぃ~~?』

「ライムス、明日は好きなだけご馳走ゴミが食べられるよっ!」


 私が笑うと、ライムスも嬉しそうにぷるぷると弾んで、喜びを表現してくれる。

 やっぱりライムスは可愛いな~。


 私はライムスを揉みくちゃにする勢いでナデナデした。するとライムスはもっともっと喜んでくれた。

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