ダンジョンのお掃除屋さん〜うちのスライムが無双しすぎ!?いや、ゴミを食べてるだけなんですけど?〜

藤村

第1章 最中と偽りの英雄編

第1話 放置されたゴミの山

 ふう。今日も頑張ったな、私。

 

 時計の針は、既に23時を回っている。

 

 私は女子トイレでバシャバシャと顔を洗い、ふと顔を上げた。眼前に横長の鏡が設置されていて、そこには疲れきった表情の女が映っていた。


 首から下げられたカードには天海最中あまみもなかと表記されていて、そこに映る女の顔は晴れやかな笑顔。

 ――まるで別人だな、と自分でも思う。


 でも、こんな死人みたいな顔になるのも仕方ないよね。だってこの会社、あまりにもブラックなんだもん。


 まぁ、文句言ったところでなにも始まらないんだけどね。

 だって、仕事っていうのは生きていくうえで欠かせないから。もし仕事を辞めたら、お金が入ってこなくなる。


 最悪、私一人が飢え死にする分には問題ない。

 もちろん嫌だけど、死ぬのは怖いけど、まだ何とか許容できるラインだ。でも私には家族がいる。


 子供の頃からずーっと一緒に生きてきた、ペットのスライム・ライムス。ライムスは私にとってかけがえのない存在だ。私の四肢が捥がれようとも、胴体が真っ二つにされようとも、ライムスだけは守らなきゃならない。


 思えばこの一年近く、私はライムスのためだけに働いてきたような気がする。


「よし。明日は休みだし、来週からまた頑張ろう!」


 ライムスのためにも挫けてる暇なんてないよね。

 辛いことも大変なことも多いけど、もっともっと頑張って、美味しいモノ食べさせてあげなくちゃね!


 私はあとは退社するだけだというのに、襟を正しネクタイを直した。細かいことが気になる性分の私は、一度気になった箇所は直さないと気が済まない。そのせいで仕事が上手くいかないこともあるんだけどね……。

 

 身だしなみを整えた私は、ゆっくりと深呼吸してから女子トイレを後にした。そしてそのまま会社を出て、帰路に着いた。


 会社の窓からは、まだいくつかの光が漏れ出ていた。




 翌朝。

 息苦しさと瑞々しさを感じて目を覚ますと、私の顔の上に水色のぷよぷよとした球体が乗っかっていた。ペットスライムのライムスだ。


『きゅぴるるんっ! きゅぴぃ!』

「むにゃむにゃ。ふふ、朝から元気だねえ」

『きゅぴーーっ!!』

「うん、おはよう。ライムス」


 ライムスと私は言葉は違うけど心は通じ合っている。

 だから何となく言いたいことは分かる。

 

 私はむくりと身を起こし、布団を整えてから居間に向かった。

 カーテンを開けると陽光が差し込んできて気持ちが良い。そのままキッチンに向かって顔を洗い、歯を磨いた。


 居間に戻ったあとはテレビをつけて、ポッドの水が足りているのを確認してから湯を沸かした。その間に食器棚から丸皿、マグカップ、シリアル、4つ入りのミニパンを取り出した。


 丸皿にはシリアルと牛乳を入れて、マグカップにはインスタントのコーヒー粉末とグラニュー糖を入れた。シリアルはライムスの朝ごはん、コーヒーとパンは私の分だ。


「それじゃ、いただきます」

『きゅぴ~~』


 ライムスは嬉しそうにシリアルを食べている。

 嬉しそうなライムスはいつもより弾力があって、体全体で喜びを表現してくれる。そんな姿が可愛らしくて、ついつい頬が緩む。


 朝食を終えると、私はソファに寝転がって、配信アプリ【ダンジョン・デイズ】を起動した。通称D・Dと呼ばれているこのアプリは、老若男女問わず多くの人が利用している。


 私みたいに仕事が忙しかったり、モンスターと戦うのが怖かったり。そういう人ってのはダンジョンには潜れない。だから、その代わりに配信を見るってわけ。


 ちなみにダンジョンっていうのはホールの先に広がる不思議な空間のこと。中には目も眩むような財宝が眠っているというけれど、代わりに、危険なモンスターもいるよ。


 で、ホールっていうのは、不定期に出現したり消滅したりする渦のこと。


 いまから100年くらい前に突如としてホールが現れて、その先はダンジョンに繋がっていた。そして人類にはレベルやスキルという異能が芽生えた……というのは小学校で習う内容だね。


 ブラック企業でゴミのように消費され続けること早1年。いまの私の癒しと言えば、休みの日にダンジョン配信を見ることくらいなものだ。


 隣にライムスがいて、おいしいコーヒーが飲めて、楽しいダンジョン配信を見れる。なんてことないちっぽけな日常かもしれないけれど、私はこの生活を守るために、必死に働いている。


 そしてそのことに、誇りを感じてもいる。


『きゅるるぅ、きゅぴぃ~』

「え、今日はアマカケの配信が見たいって? ふふ、気が合うね~。私もアマカケの気分だったんだ」


 アマカケはD・Dランキング10位のDtuber。

 細身長身のイケメンで、チャンネル登録者数は500万人を超えている。


 探索者としてはCランクだけど、そのルックスとトークの上手さでここまで人気になった。アマカケがボケを担当して、他のメンバー2人が突っ込む。それがすごく面白いんだよね~。


 ダンジョン配信は大きく分けると2つのジャンルがある。

 

 モンスターを討伐して未踏区域に挑む攻略配信、反対に、なるべく戦闘を避けてやりたいことだけをやる非攻略配信。


 非攻略配信は、かわいいモンスターを紹介したり飼育したりするのが人気だね。

 で、他にも同じくらい人気なのがダンジョン飯配信。ダンジョンってのは常識が通じないけれど、だからこその利点もある。


 それは、普通じゃ味わえないスリルを味わえること。そして、普通では見られない景色を見れること。

 

 ダンジョンで食べるご飯は、普通の何十倍も美味しくなるって言われてるくらいだよ。


 アマカケは前者。

 持ち前のパワーとスピードを生かした攻略配信が人気を博していて、もちろん私とライムスもこの人の配信が大好きだ。


#


剣銃放射ソード・レイザー!」


 銀色に煌めく長刀を銃のように構えると、先端から細くて長い熱線が発射され、飛翔していたワイバーンの脳天を貫いた!


 ワイバーンは断末魔の雄叫びを上げながら落下し、地面に激突した。そして数秒後、ぽふんっ! と消えた。

 

 モンスターは死ぬと煙になって消える。

 そして煙が晴れると、そこにはお金やアイテムがドロップしていることがあるよ。このドロップ品も大事なお宝の一つだね。


「やったー、アマカケがワイバーンを倒したよ! やったねえ、ライムス!」

『きゅきゅぴぃ~~』


 私とライムスはぴょんぴょんと大喜びした。

 画面には満面の笑みを向けるアマカケの姿。

 親指を立てて、すごく嬉しそう。

 ワイバーンはCランクだけど、種族は龍だ。

 龍種はモンスターのなかでも最強クラス。

 それを倒せたっていうんだから、そりゃ嬉しいよね。


 アマカケは他に二人のメンバーを連れて、三人組のパーティで活動している。タンクのボリードとヒーラーのシュウラ。

 ボリードはBランク、シュウラはCランク。


「よしっ、それじゃあ今日はこの辺で終わっとくか。明日はこの続きから配信するから、ぜひ見に来てくれよなっ!」


 カメラにピースを向けながら、楔を地面に突き刺すアマカケ。この楔があれば、次に配信を開始するときに、入口から一気にワープできる。


 逆に言うと、楔を刺すということはそこで配信が終わりということでもあるので、ちょっぴり寂しい光景でもあるね。


「この配信が面白いと思ったら、画面左下のグッドボタンを押してくれ! それから、右下のボタンを押せばチャンネル登録もできるから、忘れずに頼むぜ、このとおりだ!」

「いや、どのとおりだよ!」


 配信終了間近のお約束の光景が液晶の向こう側で展開される――その時。ふいに画面が斜めに傾き、ガチャガチャと機材の倒れる音が聞こえた。


「うおっ、ビックリした!」

「サーセン、カメラ倒しちゃいました」


 どうやらスタッフがカメラを倒してしまったらしい。

 こんなこと今まで一度も無かった。

 もしかしたらドラゴンモンスターを倒した喜びで気が緩んでいるのかも?


 いろいろと気になることはあるけれど、私は、それら全てがどうでもよくなるほどの衝撃を受けていた。


 倒れたカメラが映し出したのは、放置されたゴミの山だった。きっとアマカケの前にここを通った探索者がいたのだろう。


 割り箸やストロー、スプーンにフォーク。

 ビールの空き缶にエナドリの空き瓶、カップ麺の残骸にカセットガス。


 それは見るからに悍ましい光景で……。

 何より一番ショックだったのは、それらを認識しておきながら、まるで気にもしていないアマカケの姿だった。


 配信が終わる頃には、既に12時に差し掛かっていた。


「……お昼ご飯作ろっか」

『きゅぴぃ~~』


 私は何とも言えないモヤモヤを感じつつ、ソファから降りて、キッチンに向かった。


 

 

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