第7章 出雲 その2 密計
「出雲に残さなくてはならないものは、スサノオノミコト(素戔嗚尊)を祖とする大国主神への信仰である。出雲の住民はスサノオノミコト(素戔嗚尊)を祖として、大国主神に連なる民なのじゃ。信仰で争う必要などなかろう、他人の信心に異を唱える者などいないのだから。
ところが、ミトラ教の信者は違う。正義という得体の知れないものを楯に他者と争い、勝利を求める。だが、そもそも誰に正義が分かるであろうか。なのに、連中がいうにはそれを決めるのは教団の幹部だというのだ。
フリネが仲間を増せば、イリネと争うことになり、それは信仰の争いになってしまうであろう。そんな厄介の芽は早いうちに摘んでおかねばならぬ」
「それはイリネ殿とフリネ殿とで腹を割って話し合えば、何とかなるのではないですか」
「既にそのような段階は過ぎておる。
ミトラの信者は武装集団と化し、自分達の耕作地を国主の支配の及ばぬ領土としようとしている。連中のいう領内では秘密の儀式が執り行われ、出雲の信仰と統治に対抗しようとしているのだ。
密儀を共有することで、集団の内部での結束は高まり、他者を廃除しようという気運が高まっている。フリネはその領地の保護者として崇められているようでいて、実は教団の幹部に利用されているのだ。
その領地内の住民は全員が兵として武器を渡され、兵としての訓練を日常的に課されている。そうしたやり方も儀式に含まれているようなのだ。
我らが出雲に凱旋すれば、兵は役目を解かれて、それぞれの耕作地に戻っていく。そうしなければ収穫に影響してしまうからな。出雲で政を行う社殿に常に勤めている兵は普段なら百名ほど。だが、今はミトラに対抗するためだが、留守役と称して五百名に増員してある。フリネの領内ですぐにも武装して兵となれる数も五百名。この数値は常に変わることがない。
凱旋して兵の任務を解いてしまえば、これが脅威となることはイサセリヒコ(五十狭芹彦)殿にもお分かり頂けよう。
凱旋して帰国した時しか機会はない。徴発した兵を解散してしまうと、逆にフリネが出雲最大の勢力になってしまうからじゃ」
「武装兵を常時抱え込んでおくことは普通なら難しいはずです」
「兵を養うには兵糧が必要になる、ということか。だが、あいつらはその領地内で普段から自給自足でやってきている。よその地域とは交流を断絶して成り立っているのじゃ。その中の人間が武装しようがしまいが変わりはない。
この兵を伴って凱旋し、それを解散させてしまえば、信者に主導権を渡すことになる。そうなる前に事を決する必要がある」
「内乱になりかねませんぞ」
「それは厳に慎みたい。出雲の住民の苦しみとなるような手段は取りたくない」
「そうなると取れる手段は限られますな」
ためらいつつもイサセリヒコ(五十狭芹彦)は放ってはおけない。
とは考えつつも、果たして自分がどこまで関わって良いのか。
あの大王がどう判断するのかを考慮しなくてはならない。
「フリネ様の身柄を拘束し、後継者をイリネ様と正式に宣言する。一気に教団の領地を包囲して教団を解散に追い込む。
こう話してしまうと、必ずしも我らが関わるらなくとも成功しそうです。凱旋した兵を解散させる前ならば、国主様の御一存でも可能でしょう」
「いや、わし自らの手で元嫡男を拉致・拘束など実行できるものではない。そのような計画に親が自ら関わるべきではない。肉親の情の目で計画を巡らせれば、目は曇り、振りには耳を貸さず、判断を間違えることになる。ずさんな計画は穴だらけになってしまうだろう。
信頼できる人間に代わりの指揮を執って欲しい。わしの目に狂いがなければ、イサセリヒコ(五十狭芹彦)殿こそ信頼に足る御方。あなたにならば全てをお任せできる」
そうまで出雲国主に言われては、引き受けない訳にはいかないではないか。
そうでなくても丹波攻めで大和は出雲に大きな借りがあるのだ。
「大王の許可」待ちという条件を付けた上でイサセリヒコ(五十狭芹彦)は了承する。
そこでヨモロズミコト(世毛呂須命)が打ち明ける。
「この案件でフリネの身を確保するにしても最大の障害はローマ兵の兄弟となる。二人は温羅(おんら)と王丹(おうに)と名乗っているが、代わる代わるフリネの護衛に当たっており、フリネが一人だけになる時間というのがない。
それだけ奴らにとってフリネが貴重な手駒だと理解しているのだ。
警護の時に二人が纏っているローマ式の鎧とかいうものは、分厚い鋼鉄で出来ており、とても出雲の剣では歯が立たぬ。それに奴らの重たい剣での攻撃は出雲や大和の兵の防具ではとても防ぐことができないであろう」
「そのような分厚い鋼鉄の鎧を身に着けて長い時間を過ごすことは無理なのでは?」
「いや、奴らの体格は、我々からすると並外れて巨大で、彼らの肉体であるならば、あの武具も身体の一部のごとしじゃ。どちらの男も一日は完全武装のままで動き続けている」
・・・・・・これは難題だ、とイサセリヒコ(五十狭芹彦)は思った。
「温羅と王丹ですか・・・・策を講ずる必要がありますな」
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