第24話 紫の炎
「おらっ、ブララーナ! これでどうだ!」
「あぁんっ、もっとぉ! もっと、すごいのちょうだ~い♡」
「欲張りなやつめ、だったらもっと激しくしてやる。覚悟しやがれ! おらぁっ!」
「やっぱり、あーたのが最高よぉっ♡ もうあーたでないと、満足できな~い♡」
はぁ……。息切れするほど疲れたぜ。
ブララーナのケツを蹴るのも、結構な重労働だ。
ああ、寝る前に魔法の訓練もしとかねえと。
完全に日課になったみたいで、やらないと落ち着かねえ。
初めの内は指先に小さな炎を灯すのがやっとだったが、だいぶ俺の魔法も板についてきたんじゃねえか?
こうやって、手のひらの上にメラメラと火の玉を浮かべると強者感があるな。
「ふははははっ、この世界を我が手中に収めてくれるわ!」
あ、しまった。ブララーナが見てやがる。
「ぷぷぷっ、なにそれ。いいわよぉ、世界征服を目論むなら力貸したげるわよぉ♡」
「うるさい! 今のは物の弾みだ、忘れろ!」
なんだかブララーナは空気みたいで、存在を忘れちまうな。
まぁ、言いふらすような奴じゃねえから、別にいいけどよ。
恥ずかしい場面を見られたのも、一回や二回じゃねえし。
「毎晩毎晩一生懸命練習しちゃって。あーたって、本当に魔法好きよね?」
「好きかどうかはよくわかんねえけど、お前にもらった貴重な力だからな。上級貴族を目指すために、磨きをかけねえと」
相変わらず授業では魔法が使えないフリをしてるが、しっかりと内容は聞いてる。
この世界じゃ、魔法なんて生活を便利にする道具ぐらいにしか考えてないから、こんなに熱心に練習するやつはいないのかもしれねえな。
「それぐらい大きな炎を操れるようになったなら、さらなる力も使えそうね」
「マジかっ!? 今以上の力が使えるようになるってのか? おい、早く教えろ! いくらでも蹴ってやるから。なんなら鞭打ちだってしてやんぞ!」
「鞭打ち!? してっ! それしてっ!」
うわ、なんだこの食いつきっぷり。
ブララーナってそんなに痛い目に遭うのが好きなのか?
さすがに最近、しんどくなってきたんだが……。
「教えてくれたらって言っただろ。それまではお預けだよ」
「わかったわよぉ。それじゃぁまた週末に、あの森で教えてあ・げ・る♡ そしたら鞭打ちしてよね? 忘れちゃイヤだからねっ?♡」
「そいつがすげえ力だったら、腕が上がらなくなるまでやってやんよ」
「やった♡」
くそっ、週末が待ち遠しくなっちまったじゃねえか。
おっと、ブララーナのために鞭も用意しておかねえとな……。
◇
毎週のように来ては特訓を繰り返してる北の森。
もはやここは俺の庭だな。
「おらっ、早く教えやがれ! さらなる力ってやつをよ!」
「もぉ、せっかちねぇ。それじゃぁまずイライラを感じ取って、手の甲に紋章を浮かび上がらせてみて?」
「えっ、そりゃ無理だ。今の俺の胸の中は、期待感のワクワクしかねえよ」
てっきり魔法の新技だと思ってたから、イライラを溜めてこなかったぜ。
どうすんだよ、今の心理状態じゃイライラなんてしそうもねえぞ?
と思ったら、急激にイライラしてきた。
「あーしのイライラ貸してあげるから、紋章浮かべてみて?」
「お前はなんでイライラしてんだ?」
「早くあーたに鞭打ちしてもらいたくて、我慢ができないの! だから今晩、いっぱい鞭打ちしてよね!」
「それは約束できねえな。大した能力じゃなかったら、その話は無しだ」
「ああ、もう、イライラするわぁっ! ほらっ、受け取りなさい!」
ちょっとブララーナを煽ったら、とんでもなくイライラしてきた。
こいつ、そんなに叩かれたいのかよ。
手の甲の紋章が、いつも以上にギラギラと輝いてやがるぜ。
「これでいいだろ? 次はどうすんだ?」
「そしたら、手を広げて火の玉を出してみて?」
「おう! って、なんだこりゃ!?」
普段なら赤いメラメラとした炎なのに、どうして紫色なんだ?
これがさらなる力ってやつなのか?
「イライラを感じながら火の魔法を使うことで灯せる、それが『憤怒の炎』よ」
「普通の炎と何が違うんだ?」
「そうねぇ……じゃぁ、これでどう?」
ブララーナが炎を灯した手を掴んで、自分の胸に導きやがった。
「おいっ、危ねえだろ。火傷してもしらねえぞ!」
おほぉっ、柔らけえ……すっげー心地い感触だ。
これは癖になるぞ。
「どさくさに紛れて、揉んじゃダメぇん♡」
「そんなこと言われても、こんなに気持ちいい感触は初めてだって」
「もぉ、上手いこと言っちゃってぇ」
ブララーナのやつ、頬っぺたを膨らましやがったけど、さっきよりもイライラが少し収まった気がするんだが……。
「『憤怒の炎』は、触っても熱くないわよ」
「おお、本当だ」
相変わらず手のひらの上でメラメラとしている紫色の炎。
反対の手で触ってみても全然熱くねえ。
「だけど、こんな炎に何の意味があんだよ。これじゃ攻撃にならねえじゃねえか」
「『憤怒の炎』は、なんでも焼き尽くす力。試しに、戦意を燃やしてやるーって念じながら、その炎をあそこにいるオークに投げつけてごらんなさい」
「戦意を焼き尽くす? まあ、やってみるか」
けもの道を徘徊しているオークに向かって、ボールのように炎を投げつけた。
「おりゃぁ! おまえの戦意を燃やしてやるぅっ!」
すごいスピードで、紫の火の玉がオークに向かって飛んでいく。
うぉっ、命中した途端にオークの全身が紫に燃え上がったぞ!
「ぶもぉっ?」
燃えたのはほんの一瞬で、オークのやつはキョトンとしてやがる。
どうやら何のダメージも与えてないみてえだな。
今の攻撃って、なんの意味があったんだ?
周囲を見渡し始めたオークと目が合った。
「ぶふぉぉっ!」
オークは好戦的だから、人を見たら必ず襲い掛かってくるはずなんだが。
一目散に逃げていくなんて、普通じゃ考えられねえな。
「これって、『憤怒の炎』の効果で、オークの戦意を喪失させたってことか?」
「『憤怒の炎』は念じたものを、なーんでも焼き尽くしちゃうの」
「なんでも?」
「そっ。なーんでも。感情や概念だって燃やせちゃうわよぉ。魔力さえ充分なら、この星だって燃やせちゃうかもねっ♡」
この星さえも燃やせるって、相当にヤバくねえか?
そんな魔力はどこにもねえだろうけどよ……。
すげえ力を授かったもんだぜ。やっぱりブララーナは使える悪魔だったな。
三日三晩でも、ブララーナを鞭打ちしてやりてえ気分だぜ。
疲れるからやらねえけど。
「念じたものならなんでもか……」
また手の甲には紋章が浮かんだまんまだし、もう一回試してみるか。
うん、確かに炎の色も紫だ。
あとは念じてぶつけるだけか。
服だけ燃やすなんてこともできるのか?
「よーし、ブララーナ! 食らいやがれ!」
「えっ!? ちょっとぉ!」
「あっ、すまねえ。まさか本当にできるとは思わなかったんだよ」
「もう、よくもあーしの一張羅を燃やしてくれたわねぇ」
まさか本当に服だけ燃やせるなんてな。
着る物をなくしたブララーナはリスに化けちまったけど、いいモノ拝ませてもらったぜ。
ピンクなのは髪の毛だけじゃなかったんだな。
「なぁ、ブララーナ。後で街に行って、新しいのを買ってやるから許してくれよ」
「…………」
「おい、ブララーナ。怒ったのか? 機嫌直してくれって」
返事がない。さすがに今回ばっかりは、本気で怒らせちまったか?
茂みに逃げ込みやがって、面倒臭せえな。
突然背後の低木が、ガサガサと音を立てた。
「ブララーナとはどなたですか? 女性ですか?」
うわっ、この声って、まさか……。
背筋にゾクッとした悪寒を感じながら振り返ると、やっぱりビビアンがいた。
こいつに気づいたから、ブララーナは黙ってるのかもしれねえな。
「ブララーナってのは、リスの名前だよ、うん。飼ってるんだ」
「そうでしたか。それよりもアーク様、今日もお待ちしておりました!」
「いや、なんで待ってるんだよ。約束なんてしてないだろ?」
「なんでと申されましても、ここは二人の出会いの森じゃないですか」
いや、全然説明になってねえだろ。
お前は普段から、この森の中で俺を探し回ってやがんのか?
あ、でもちょうどいいところで会ったかもしれねえな。
「なぁ、ビビアン。あの傷薬またもらえねえかな? もう使い切っちまってよ」
「あら、もうですか? それでは家から取ってまいりますね!」
もちろん傷薬はまだ使い切っちゃいねえが、別な使い道を思い付いた。
ビビアンには今度、何かプレゼントぐらいしてやるかな……。
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