第23話 準男爵の昼食

 数少ない楽しみの昼飯のはずなのに、すごくムシャクシャする。


 一度は上級貴族の食堂を覗きたいなんて思ってたが、見るんじゃなかったな。

 あれに比べたらこの食堂が貧相に見えちまう。格差を思い知らされただけだった。


 だけど、そっちはまぁいい。いずれあっちの世界に行くぞっていう、やる気に繋げられる。


 それよりも、だ。

 なんだよ、あれ。


 ジーンのやつ、目の前でリリアナと肩を寄せ合って座りやがって。

 リリアナは少し緊張してるみたいだが、拒む様子はねえな。

 治療ってわけでもないのに、なんであんなに親し気なんだ?

 飯が終わったなら、食堂から出てけってんだよ。


 そんな光景を見ながら昼飯を食ってたら、食堂の一番奥にある俺の専用席……なんて言えば聞こえはいいが、準男爵の隔離席になぜかミーアがやってきた。


「ここ、いいかしら?」

「こんな席に座るなんて物好きだな、おまえ」

「どこで食べようと私の勝手でしょ? それよりも、マリー様から伝言よ。カトリーヌ様がお礼を言ってらしたって」

「なんだそりゃ。伝言の伝言でお礼を言われたって、感謝の気持ちなんてこれっぽっちも感じねえぞ?」


 お礼が言いたきゃ直接言えっての。

 これだから貴族はめんどくせえ。


「なあ、お前リリアナと親しかったよな? あれはなんなんだ?」

「ん? あれって? ジーンくん?」

「今日はいつになく親し気じゃねえか」

「なんでも、お付き合いすることになったらしいわよ」

「マジか……」


 そういや、ゲームじゃ回復イベントを3回こなすと、交際フラグが立つんだった。

 ストーリー通りなのかもしれねえが、あのジーンに彼女ができたとなると、なんだか無性に腹が立つな。


「リリアナさん、僕のチュロスを一つ差し上げましょうか。ほら、その可愛いお口を開いてください。さぁ、あーん」

「えーっ……。ジーンくん、こんなところじゃ恥ずかしいよ。みんなが見てるって」

「気にすることはありませんよ。だって、僕たちはお付き合いしてるんですから」


 いや、気にしろよ。

 今、食堂中の男たちがイラっとしてることに、気付いてないのかよ。


 女たちはミーアも含めて、誰も羨ましがってないみたいだがな。


「そうだ、リリアナさん! 楽しいゲームをしませんか?」

「えっ? ゲーム? なんだか怖いな」

「ご心配なく、エッチなゲームじゃありませんから。『チュロスゲーム』と言って、度胸比べをするだけですから、恐れることなんてないですよ。僕を信じてください、やって良かったと思っていただけるはずです」


 あ、見せつけられると、イラっとするゲームな予感がする。


 リリアナの表情がなんだか強張ってるけど、本当に付き合ってるのか?

 茶髪のショートボブに今日は白いカチューシャをして、いつもよりお洒落には見えるけどな。


「それではリリアナさん、ゲームを始めましょう。このチュロスの端を、その可愛らしいお口で咥えていただけますか?」

「え? あ、うん。こう……かな?」


 チュロスの端を軽く歯で噛んだリリアナが、唇をすぼめる。


 うーん、なんだかちょっといやらしい仕草だな。

 周りの男どもも、同じような気持ちで注目してそうだ。


「それでは僕はこちら側から食べ進めますので、リリアナさんはそちらからどうぞ。だんだんと唇と唇が近付いて行って……先に口を離した方が負けというルールです、よろしいですか?」

「んっ、待っへ!?」

「行きますよ!」


 うわっ、なんだ、あのジーンの猛烈な食いっぷり。

 みるみるとリリアナの唇に迫りやがって。


 どこをどうみてもエッチなゲームじゃねえか!


 と思ったら、あっという間に終わりやがった。


「ああっ、私、負けちゃったー」

「ど、どうやら僕の勝ちみたいですね。勝負事となると、本気になっちゃうものですから、手加減できずに申し訳ありません。ですが、褒めてくれてもいいんですよ? 楽しいゲームだったでしょう?」


 勝ったって言いながら、ジーンは敗北者の表情を浮かべてやがる。


 リリアナはすぐに口を離したもんな。

 唇を奪う気満々なんだから、そりゃぁ逃げるわ。


 まぁ、この様子なら付き合いだしたといっても、進展しそうもないな。

 ちょっとはイライラも収まったぜ。


 心配そうに様子をうかがってたミーアも呆れ顔だ。


「リリアナったら、何をやってるのかしらね。あんな男のどこがいいんだか」

「いくら回復魔法が使えるからって、ジーンを選ばなくてもなぁ」


 あのカップル、無性にぶち壊してえ。

 ゲームの筋書き通りに進んでるのも許せねえが、あのジーンの勝ち誇ったような態度がイラっとする。


 なんか、いい方法はねえかな……。


「ねえ、アークくん。なんだか騒がしくない?」

「言われてみれば、入口の方に人だかりができてるな」


 今日は好物の肉料理だっていうのに、落ち着いて食えねえな。

 目の前じゃミーアが一緒に食ってるし、向こうじゃ相変わらずジーンとリリアナがくっついてやがる。


 そして今度は人だかりかよ。


「こんにちはー、男爵クラスの諸君! 元気にお昼食べてるー?」


 久しぶりに聞いたこの声。間違いねえぞ、これは……。


 食堂中の男どもが歓声をあげ始めやがった。


「リーン様! ご機嫌麗しゅう。どうなさったんですか? こんなところへ」

「おおっ、リーン様だ! やっぱり今日も、物凄く可愛い!」

「あのっ、あのっ、握手してくれませんか?」


 校内1番人気のリーン・シャルダンが来たなら、そりゃ騒然となるよな。


 子爵令嬢とお近づきになれるチャンスなんてそうそうないから、みんなから握手攻めに遭ってるし。

 あの女、いったい何しに来たんだか……。


「ちょっと通してくれるかな。今、人探ししてて……って、いたいた。あたしのナイトくん、やっほー!」


 えっ、俺? 訪ねて来てくれるのは嬉しいが、こいつは気まずいぞ。

 食堂内が異様な殺気で覆われてるんだが。


「リーンさん、何か用ですか? こんなところまで来るなんて」

「むぅ、用がなくちゃ、来ちゃいけないの? 最近ご無沙汰だから、せっかく会いに来てあげたのにぃ」


 俺の前にやってきたリーンが、ミーアの顔を覗き込んだ。

 えっ、それって威圧か?

 ミーアが緊張しながら、席を隣に移したんだが……。


「子爵様、気が利かずにすみません」

「食事中にごめんなさい。席を譲ってくれてありがとうね」


 目の前に着席するなり、頬杖を突いて見つめてきやがった。

 くそっ、飯が食いにくいじゃねえか。せっかくの好物なのに。


「リーンさんは、お食事はいいんですか?」

「ちょっと腕にお肉ついちゃったから、今日は我慢の日なの。時間が空いちゃったから、アークくんの様子を見に来たってわけ」

「そいつは光栄です。リーンさん以外の大勢からも様子を見られてますけどね」


 周囲から突き刺さる視線の数々。

 ミーアまでチラチラと、俺とリーンを見てやがる。


 用事があるなら済ませてもらえば終わるけど、無いって言い切りやがったからな。

 俺はどうすりゃいいんだよ。


「ねえ、アークくん。キミのこと、向こうの食堂でも話題になってたよ?」

「えっ? 俺が、どうして?」

「聞き耳を立てたわけじゃないから詳しい話はわかんないけど、カトリーヌ様やマリー様が熱心に話してらしたわよ? キミ、何かしたの?」

「ああ、ちょっと用事をこなしただけですよ、そこのミーアと一緒に」

「ふーん……」


 リーンが身を乗り出して、ミーアの顔を覗き込む。

 ああ、また威圧してやがる。ミーアの名前を出したのはまずかったな。


 顔を真っ赤にしたミーアは、すぐさま立ち上がった。


「ごっ、ごちそうさまでした。ごゆっくりどうぞ、子爵様」


 可愛いリーンを見ながら食う昼飯は格別だが、大勢に囲まれてて落ち着かねえ。

 早食いするのはもったいねえが、とっとと食い終えるしかねえな……。


 それにしても、いいこと聞いたぜ。

 普段から上級貴族の話題に、俺の名前が挙がってるとはな。


 この調子で、上級貴族たちにどんどん名前を売っていくぜ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る