第19話 戦いの果て
翌朝登校してみると、教室に踏み入るなり怪しい雰囲気を感じた。
中央近くにあるマノンの席の横にいるのはミーアだけ。
他のクラスメイトたちは取り囲むように距離を置いて、ヒソヒソ話をしてやがる。
まぁ昨日、あんなものを見せつけられちゃ、怯えられても仕方ねえよな。
「おはようございます、みなさん! 気持ちのいい朝ですねぇ。昨日の僕は肋骨を折ってしまい、ご声援にお応えできず申し訳ありませんでした。ご心配もお掛けしましたが、もう大丈夫です! 僕の偉大な回復魔法の効果で、もう完治しましたので」
誰もお前になんて声援は送ってなかったから安心しやがれ。
それに、怪我は戦ってる最中に、あっさり治してたよな?
この雰囲気の中で、よくも堂々と昨日の対決の話ができたもんだ。
空気の読めなさは相変わらずだが、今日に限ってはジーンのお陰でクラス中の淀んだ雰囲気が良い方にぶち壊された気がするぜ。
その証拠に、噂話をしてた女子の何人かは、マノンのところに行ったみたいだ。
「あの、マノンさん。以前ラドガンに酷いこと言われた時に、代わりに言い返してくれてありがとう。昨日もスカッとしたよ」
「あの時、私が、腹を立てただけ。お礼、いらない」
「女の子なのに、マノンちゃん強いね。カッコ良かったよ」
「女も、強い、大事」
ラドガンに不満を持ってた女が結構いたのか。
数人とはいえ、親しくなれたみたいで良かったな。
ん? ミーアが俺に何の用だ?
「アークくん、昨日はマノンの獣化を解いてくれて本当にありがとうね」
「ふん! 感謝するなら、おっぱいぐらい揉ませろってんだ」
「ちょ、ちょっと、何言ってんの。調子に乗らないでよ!」
「ばーか、冗談だ」
顔を赤くして顔を背けるとかツンデレかよ。
嫌いじゃないけどな。
ひょっとしたら、もう一押しで揉ませてくれたりすんのか?
「ふぇぇええん。今度はオデキが出来ちゃったよぉ」
ちっ、邪魔が入りやがった。
またリリアナのお出ましかよ。ミーアも大変だな。
「ジーンくぅん。お願い、治療してちょうだーい」
えっ? ジーンのところへ直接だと?
くっそ、あいつは情けなく負けたくせに、なんでこうなるんだよ。
リリアナにとっちゃ、回復してくれる奴が一番なのか? やってられねえぜ。
「おや、リリアナさん、ようこそ僕のところへ。いついらしていただけるのかと、首を長くしてお待ちしておりました。なんでもオデキが出来てしまったとか。治療して差し上げますので、どうぞ患部をお出しください!」
「うんっ!」
しっかりと聞き耳立ててやがったのか。抜け目ないな、ジーンのやつ。
だけど、これで治療も3回目か。
となると、だいぶ過激になっても良さそうだよな。
「えーっとね、ちょっと恥ずかしいんだけど……」
恥ずかしいって言いながら、躊躇なくブラウスのボタンを外し始めたぞ。
クラス中の男どもが、マノンの噂なんてそっちのけでこっちに注目してやがる。
ジーンのお陰でおこぼれを頂戴してるとはいえ、あいつが目を血走らせてやがるとなんだかムカつくな。
「はっ、恥ずかしがることはありませんよ。これは治療なのです、ええ治療なのですから。むふーっ、僕が患部に触れるのは、エッチなことをするためじゃないのはご理解くださいね」
「どうしよう……。私、こんな恥ずかしいところを触られたら、また変な気分になっちゃうかも……」
おお……リリアナのやつ、ピンクのブラジャーを曝け出しやがった。
胸の大きさが今一つなのは俺にとっちゃ残念だが、あのブラジャーの浮いた隙間にはロマンを感じるな。
「ちょっとリリアナ、またあなたって子は! 早くしまいなさい!」
「でも今日はこうしないと、治療できないから。だって、オデキの場所が……」
ミーアの耳元で内緒話かよ。
どこにあんだよ、オデキはよ!
くそっ、気になってイラっとするな。
「えっ、そんなところに!? だからって、こんなところじゃダメ! ほら、マノンもリリアナに何か言ってあげて」
「リリアナ、いいなら、別に」
「えっ、どうしたの? マノン。今日はなんか変じゃない?」
ミーアとマノンが話し始めたお陰で、リリアナがそっちのけになったぞ。
リリアナのやつ、背中に手を回して……まさか!?
「ああっ、そ、そんなエッチなことは! で、ですが、治療のためならば仕方ありません。リリアナさんの、その柔らかな胸の膨らみに触れないわけには参りませんね! これはエッチな行為ではありません、治療なのですから!」
おい、ジーン! なんだよ、そのグネグネとした卑猥な手の動きは!
エッチな行為じゃないって言いながら、揉む気満々じゃねえか!
くそっ、羨ましい奴め。
だけどこいつのお陰で、リリアナの胸を見られるんだから感謝するべきか。
あーっ、なんかムカつく。だけどサンキュー!
「あんまり見ないでね……」
リリアナが、背中に回した腕をゴソゴソ動かしてる。
次の瞬間、張り詰めていたブラジャーがフッと緩んだ。
スルリと落下する、ピンクのブラジャー……。
って、おい、なんだよこれ! 黒い羽根扇子で見えねえぞ!?
突然現れたこの女は誰だよ!
「リリアナ。あなた、何をしているの?」
「マリー・バーケット様! どうして男爵クラスへ?」
「とりあえず、あなたは早くそのお胸をおしまいなさいな」
リリアナのやつ、マリー・バーケットって言ったか?。
マリー・バーケットは、攻略対象の伯爵令嬢だったよな。
丸顔に金髪碧眼。ウェーブの掛かったボリューミーな髪型もゲームと一緒で、いかにも上流貴族って感じだ。
そんなお嬢様が男爵クラスに来るなんて、場違いもいいところだぞ。
「リリアナを脱がせたのは、あなたの仕業ですの?」
おっとりした感じなのに、ジーンに向けられた目はなかなか冷ややかだ。
さっきまで調子に乗ってたジーンがビビりまくってて、いい気味だぜ。
「め、めっ、滅相もございません! ぼっ、僕は患部を見たいがために脱衣をお願いしたりなんてしておりません! それに、治療と称しておっぱいに触れようなんて、これっぽっちも考えておりません! エッチなのは苦手なのです!」
罪を全部白状してるじゃねえか。
だけどあいつ、マリーのデカい胸に目をくぎ付けにしやがって、全然懲りてねえ。
「まぁ、そんなことはどうでもいいですわ。わたくしが今日参ったのは、そんな用件ではございませんの。マノン・イーガンという子は、ここにいるのかしら?」
本命の用件はマノンだと? ってことは、昨日の一件か?
教室中の空気が一気に張り詰めやがった。
マノンを見つめるミーアの表情が心配そうだな。
「マノン・イーガン、です」
「あなたが獣人留学生のマノンさんですのね」
「私に、なにか、用か?」
男爵扱いとはいえ、さすがシェロー王国の第三王女様、言葉遣いがなってねえ。
堂々とした立ち振る舞いは、伯爵令嬢が相手でも普段通りだぜ。
むしろミーアの方が間に入って慌ててやがる。
確かマリーとミーアって、主従関係だったよな。
「マリー様、マノンにどのようなご用件でしょうか? 何か失礼なことがございましたら、お目付け役である私がお詫び申し上げます」
「そんな大げさな話ではないのよ。ただ、授業時間外に非公認な対戦が行われたという噂を聞きつけたので、風紀委員を務めるわたくしが参ったというわけですの」
さすが伯爵令嬢。黒い羽根扇子で口元を隠しながら、お上品な言葉遣いだ。
今の俺にとっちゃ雲の上のお方だが、そのうち絶対に肩を並べてやる。
だけど、昨日の件で来たとなると、俺もただじゃ済まねえかもしれねえな……。
「対戦の際に、マノンさんが獣化をした……と、聞いたのだけれど、それは本当?」
「本当」
「しかも、完全な獣化で、手が付けられない状況に陥った、と」
「その通り、です」
目撃者が多数いるんだし、嘘をついても仕方がねえか。
ん? ミーアのやつ、マノンをかばうつもりか?
「ですが、マリー様。それには理由がございまして――」
「あなたには聞いておりませんよ、ミーア」
「も、申し訳ございません」
結構、
まさか、退学ってことはねえと思うが……。
「完全な獣化をしたマノンさんを、止めた者がいるとも聞いて来たのだけれど……。なんでも、緑の髪に赤い瞳の準男爵の子、だとか」
そこまで特徴を言われて、視線まで向けられたら名乗り出るしかないじゃねえか。
「それは……俺のことです」
「お名前は?」
「アーク・ツリヤーヌ……です」
「なるほど、あなたがアークくんですのね」
なんだ? この女。俺のことを上から下まで舐め回すような目つきで見やがって。
上流貴族様の考えることはわからねえが、俺をどうしようってんだ?
「アークくんとマノンさんね。今日はお二人の顔を見に来ただけですの。詳しい話は審判を務めたというミーアに、のちほどゆっくりと聞かせてもらいますわね」
「はい。どうか寛大なご処置をお願い申し上げます」
「何事もなく済んだようなので、問題にするつもりはありませんわよ。ですがこのことは、カトリーヌ様の耳にもお入れせねばなりませんわね」
そのおっとりした笑顔が逆に不気味だぜ。
だけど、上級貴族に名前を覚えられたのは悪いことじゃねえよな。
問題にするつもりはねえって言ってやがるし、これはいい方に解釈しとくか。
なんだかミーアの顔が引きつってるみたいだが、どうしたんだ?
「あの、マリー様? まさか、カトリーヌ様とは……カトリーヌ・ハグマン侯爵令嬢様のことでございますか?」
「ええ、カトリーヌ様も、今回の件はご興味がおありのようですのでね」
おいおい、侯爵令嬢の名前まで出てきたのか、こいつは面白くなってきやがった。
こうなったらもっと大暴れして、もっと俺様の名前を轟かせてやるぜ!
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大井 愁です。
ここまでが第二章、次話から第三章の始まりです。
次話投稿は5/28の7:15を予定しています。どうぞお楽しみに。
ここまでお読みいただいて、面白いなと思っていただけましたら★や『いいね』でご評価いただけるとありがたいです。
当作品は『第6回ドラゴンノベルス小説コンテスト』の長編部門に応募していますので、ご声援のほどよろしくお願いいたします。
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