第3章

第20話 異邦人

 色々なことがありすぎてとんでもなく時間が経った気がするが、先週の特訓からまだ1週間しか経ってねえんだな。

 この間の2対2の対戦は勝ったものの、俺はラドガンの攻撃を耐えてただけ。


 まだまだ力不足で、何もできてねえ。もっと特訓しねえと。


「くそっ、俺はもっと強くなるぞ、ちきしょうめ!」


 この森に来るのも、もう三度目か。

 木々の中に踏み入った途端に、ブララーナが変身を解きやがった。


「本当は、おっぱいの大きなあの子に会うのが楽しみで、ここに来たんでしょぉ? 外出可能時間と同時に寮を出るなんて、いやらしいわねぇ♡」

「はぁ? ざけんな! 誰があんな女なんか。俺は早く特訓したかっただけだ!」

「んんっ? じゃぁ、あの子には会わないのぉ?」

「会わないとは言ってねえだろ。あいつからは傷薬をもらう約束だからな」


 くそっ、ブララーナのやつ、からかいやがって。イライラする。

 俺は約束の時間の前に特訓をしたかったから、早く寮を出ただけだってのに。


 ビビアンとかいうあの女、深入りしたらヤバそうだったじゃねえか。

 薬だけもらったら、今日もすぐにおさらばだってんだよ。


「ぷぷぷっ、やっぱり会うんじゃな~い。ねぇ? ねぇ? お付き合いしちゃうの? そんでエッチなことしちゃうのぉ?♡ そしたら、あーしも混ざっていい?♡」

「うるせえぞ! クソがっ!」


 なんだこいつ、しつこく冷やかしやがって。

 お陰でイライラが最高潮だぞ。特訓が捗るじゃねえか!


 そんなことよりも、まずは獲物探しだ。


「あらぁ? こんなところにゴブリンの死骸があるわよぉ?」

「本当だ。なんだこりゃ」


 ゴブリンの胸に短剣が突き刺さったまま転がってやがる。

 珍しい装飾が施された、なかなか立派な短剣だな。いただいておくか。


 それに、魔石もほじくり出してないなんてもったいねえ。道端に金が落ちてるようなもんだぜ。

 俺が倒したわけじゃねえが、落ちてる金を拾わないバカはいねえだろ。


「あーたって換金してもお金使わないわよね? 贅沢するんじゃなかったの?」

「贅沢するほどの金にならねえだろ、魔物の換金なんてよ」

「ふ~ん、両親にプレゼントでもするつもりなのかと思ったわ~」

「なに言ってやがる、この野郎! この金は――」

「待って、待って、あっちに人が倒れてるわよん」

「確かに、魔物じゃねえな、ありゃ」


 人の気配を見つけたブララーナは、素早くリスに変身して胸ポケットに滑り込む。


 ゴブリンに短剣を突き刺したのはあいつか?

 仰向けに転がってるところを見ると、相討ちだったのか?


 いや、まだ息があるぞ。

 人助けなんて俺の柄じゃねえが、目の前で死なれたら一生トラウマになりそうだ。


「おい、大丈夫かよ! しっかりしやがれ」


 サラサラでストレートの金髪。クリっとした緑の瞳。そして尖った耳!?

 こいつ、ひょっとしてエルフか?


 この世界にもいるのは知ってたが、お目にかかるのは初めてだぜ。


「こいつはお前の短剣か? あそこのゴブリンにやられたのか?」

「△×◆※□□……。▼○○□△△……」


 この低い声、遠目じゃ綺麗な女に見えたのに男かよ!


 差し出した短剣は受け取ってくれたが、言葉がさっぱりわからねえ。

 この状況で言葉が通じないのはまずいな。


 みるみる顔色が悪くなっていきやがる。

 この脇腹にある真新しい傷のせいか?


「※△、×◆□……。▼□※□○△……」

「なんだよ、この手紙は。こんなもの渡されたって、どうしろってんだよ!」


 エルフは胸元から手紙を取り出して、震える手で俺に差し出しやがった。

 そんな託され方したら、受け取るしかねえじゃねえか。

 誰かに渡して欲しいんだろうが、言葉がわからねえ。


 どうするよ、街まで背負っていくか?

 いや、待て。あいつならひょっとしたら……。


「もうちょっと辛抱してくれよ。あいつの薬なら治せるかもしれねえ」

「…………」


 返事がなくなりやがった。急がねえと。


 くそっ、瘦せてるくせに、背が高いから重いなこいつ。


 待ち合わせにはまだ2時間も早い。それまでもつのか?

 だけど、負ぶったこいつを街まで運ぶ自信はねえな。


 とりあえず、待ち合わせ場所の大きな栗の木まで運ぶか……。



「アーク様! お久しぶりでございます!」


 なんでいるんだよ、ビビアン。2時間も早いのに。

 あんなに遠くから、叫びながら手を振ってやがる。


 ずっとこっち見てたってことか?


 だけど今日に限って言えば、お陰で助かったぜ。


「ビビアン、森の中でこいつが倒れてたんだ。ゴブリンにやられたらしい。お前の薬で治せねえか?」

「アーク様のお背中を占領するなんて、不逞ふていやからですね。ここに投げ捨てて、栗の木の肥やしにいたしましょう」

「おまえ、俺の話聞いてるか? こいつ死にそうなんだよ!」

「冗談でございます」


 なんだかんだ言いながら、もう背中のエルフの様子を見てんじゃねえか。

 脈を取ったり傷口を調べてるが、こいつは医学の心得もあるのか?


「アーク様、わたくしの家にお運びいただけますか?」

「助かる」

「お急ぎください」


 エルフを背負ってビビアンの後を付いて行くと、1軒の家が見えてきた。


 確かに以前言ってた通りのみすぼらしい家だ。

 身なりは悪くねえし、言葉遣いも丁寧だから謙遜してるんだと思ったんだが。


「そちらのベッドに寝かしつけていただけますか? わたくしはすぐに、お薬を調合いたしますので」

「わかった、頼む」


 俺は一番大きなベッドにエルフの身体を横たえた。


 ビビアンは戸棚から小瓶をいくつか取り出すと、薬さじで中身を乳鉢に移す。

 家の中は試験管やフラスコみたいな器具がいっぱいで、理科室みてえだな。


 あっという間に調合を終えたビビアンは、薬を持ってベッドにやってきた。


「お薬を飲ませますね。少し暴れるかもしれませんから、押さえていてください」

「わかった」


 ビビアンが試験管に入った紫色のドロッとした液体を、エルフの口に流し込む。

 すると一瞬の間があって、喉を押さえながらもだえ苦しみ出しやがった。


「おい! 大丈夫なのかよ、これ!」

「喉が焼けるように熱くなりますが、それは効いている証拠です」


 エルフが目ん玉ひん剥いて苦しがってるのに、お前はどうしてそんなにニコニコしてられんだ?


 さらに今度は、乳鉢の中から黒い物体を指先で掬い取って、脇腹にあった傷口にべっとりと塗り付けた。


 ビクンビクンと身体を弾ませるように痙攣するエルフ。


 こんなの押さえつけきれねえぞ!


 そう思った直後、ぐったりと脱力したエルフはベッドの上で静かになった。


「おい! 死んじまったんじゃねえのか!?」

「刺激が大きすぎて、気を失ってしまっただけです。その証拠に、もう安らかな顔でお眠りになられているでしょう?」


 口元に顔を寄せてみると、確かに安定した寝息を立ててやがる。

 表情も穏やかだし、ビビアンの言う通り峠は越えたのかもしれねえな。


「お前の薬はすげえな、ビビアン。さっきまであんなに苦しんでたのに、一発で治しちまうなんてよ」

「アーク様にオンブされるなどという羨ましいお方ですので、最上級のお薬を調合して差し上げました、ふふふ」


 これって、本当は苦しまない薬もあったんじゃねえのか?

 容態は落ち着いたみたいだし効き目は確かなんだろうが、ちょっと心配だな。


「それからアーク様、こちらが先日ご依頼されました傷薬でございます。丹精込めて作りましたので、きっと効能はバッチリのはずですよ」

「えっ、あっ、ああ、ありがとよ」


 このタイミングで傷薬を渡されても、不安しかないんだが……。


 一息ついたところで、ビビアンが紅茶を淹れてくれた。

 一服盛ってねえよな?


 それにしても高級品みたいないい香りだな。淹れ方が上手いんだろうな。


「それにしても、森の中にエルフがいるなんてな。初めて見たぜ」

「わたくしもです。エルフと言えば、東のミヤジラス帝国に迫害されながら、ヒッソリと暮らしてるはずですのに。どうやって、我が国に侵入したのでしょうね」

「ああ、密入国ってことか? そんなこと、考えもしなかったぜ」

「不穏ですね。最近お見かけしたダークエルフさんと、何か関係が……」

「ダークエルフ?」


 俺が尋ね返すと、ビビアンの小難しい表情が緩んだ。

 ん? なんだ? 急にモジモジし始めて、俺の隣に擦り寄ってきやがったぞ?


「そんなことより、エルフさんも寝静まって二人きりですし……。わたくしたちも、そちらのベッドで休みませんか?」


 おい、顔を赤らめて上目遣いで見つめるとか、誘ってやがんのか?

 しかも、腕組みしたところにそのデカい胸を乗せるとか、絶対に狙ってんだろ。


 顔は可愛いし、身体も魅力的。これを拒むのはもったいねえ。


 どうするよ、食っちまうか?


「アーク様、さっきついでに調合したお薬です。これを飲めば、疲れが一発で消えてなくなりますよ? さぁ、どうぞ」


 なんだ、この試験管に入った黄色い液体。

 絶対に危険な薬だろ、これ。


 やっぱりビビアンはヤベえ。

 もったいねえけど、これはお見送りだな……。


「ああ、俺はもう帰るよ。このエルフは任せてもいいかな?」

「そんな、アーク様……」

「今日は助かったぜ。またな!」


 俺は足早にビビアンの家を後にした……。

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